第18話 前略 カクヨムさま
百歳に手が届いた私が、若い人たちに混ざってこのようなところに文を綴らせていただけますとは、何とも便利な世の中になったものでこざいます。
私が誕生いたしました大正九年は、日本でもスペイン風邪が流行し、私の親戚の中にも罹って亡くなる者がおりました。
それがまた一世紀経つと、このコロナでございましょう。長く生きると本当にいろんなことが起こるものでございますね。
先の戦争の時、私は二十歳代で広島県の呉市と言う、当時は日本で一番人口の多かった地方都市に嫁いでおりました。
戦争の話なんて、今さら今の方たちに申し上げても、また年寄りの長話が始まったと思われるだけでしょうから、ここではいたしません。
それよりか、私は私の故郷の九州が懐かしくてたまらないのでございます。
コロナが流行る少し前に、息子夫婦に連れられて行ったのが最後となりましたが、私が通った尋常小学校の校庭には、庭師だった私の父が植えた桜の木がまだございましてね。
ちょうど花も見頃の良い季節でございました。
古い木造校舎は、鉄筋コンクリートの立派な校舎に生まれ変わっておりました。
しみじみと年月の流れを思いながら、桜の木を見上げておりましたら、ふと浮かんだのがこの詩でございます。
村の学校のげんくわんの
向かつて右の落葉松(からまつ)は
私の子どもが植ゑたので
其の子はとうに戦死した。
あの學校がたつたとき
うちの畠にあつたのを
死んだあの子が堀取つて
かついで行つて植ゑたのだ。
あの子は十二、落葉松は
あの子のせいより低かつた
それが今では學校の
二階のまどにとゞいてる。
あの子がいくさに行く時に
學校の前でふりかへり、
「わたしの植ゑた落葉松が
あんなに高くなりました」
昨日學校で校長に、
あの木のことを話したら、
はじめて聞いた記念の木
大事にするとおつしやつた
私が尋常小学校で習った詩でございます。
不思議なものでございますね。
最近のことはちっとも覚えられませんのに、はるか遠い昔のことは、ちゃんと覚えているのでございます。
ところで、今日でございますが、コロナの緊急事態宣言も明けたようで、よろしゅうございました。
本当はもっともっとたくさん、せっかく孫に教わったカクヨム様のところに書きものをさせていただきたかったのですが、先にあちらに参りました連れ合いが、
「いつまでも未練がましくそちらにおってはいかん」
と、せっつくものですからね。
そろそろ参ろうかと思います。
はじめて知ったこのサイト、もう少し早くに知っておけばよろしかったのですが…。
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