第49話 夢は夢 ゆめゆめ、思う

「須田、あーん」

「あーん」

「おいしい?」

「うん、おいひい」

「ふふっ。須田っておもしろいわね」

「う、うん」


 夢のような時間だ。

 今、大学のベンチにて、妖子さんにお弁当をあーんしてもらっている。


 今日の妖子さんはよく笑う。

 それに距離も近いし、なにより優しい。


「須田、昔は色々喧嘩とかしてたね」

「そ、そうだっけ?」

「うん。色々言ってたけど、でも私も自分の気持ちに気づけてよかった」

「ごくっ……」


 妖子さんは元々超がつく美人だ。

 見るものすべてを魅了する力を持つ、圧倒的美人。

 それが、俺だけをみて俺だけに笑って俺だけを好きだと。


 そんな状況に、興奮しないわけがない。


「妖子さん、このあとはもう家に帰る?」

「そうね。一緒に帰りましょうか」

「あ、ああ」


 どうやら俺は、既に彼女と経験済みだとか。

 でも、記憶がないので童貞卒業をした自覚はなく。

 やっぱり覚えてる状況で、体験したい。


 だから、まだ明るいけど関係ない。

 さっさと部屋に戻って……


「ええと、こっちね」

「あれ、アパートは?」

「ああ、そこはもう用事ないわ。麒麟や吸血鬼が住んでるところなんて、危険だもの」

「そ、そうか。そういえば、つららは俺たちが付き合ってること知ってるのか?」

「いいえ。あの雪女と関わる理由なんてないもの。そんなことより、早く行きましょ」

「う、うん」


 なんだろう。

 これから妖子さんと嬉しい時間が待っているはずなのに。

 どこか寂しいのは、なぜだろう。


 ……。


「妖子さん。俺のこと、好きですか?」

「何言ってるの。好きよ、須田のこと」

「……ああ、やっぱりダメだな、俺」

「何言ってるの?」

「……お前は、妖子さんじゃない」


 そうだ。

 これはやっぱり夢だ。

 こうあってほしいと、俺が願った夢だ。


 妖子さんはなあ。

 俺のことを滅多に須田とは呼ばない。

 シラフの時はいつもゴミと呼ぶ。

 それに、べたべたなんかしてくれない。

 寄っていったらそれこそ狐火で燃やされるんだ。

 手作り弁当? 作るわけがない。

 稼いだ金を浪費して、外食三昧だ。

 資本経済を回す云々とか言うやつが、スーパーで食材なんか買うわけがない。

 まして、俺に弁当なんか作るわけないんだよ。


 ああ、そうだ。

 そんなクズみたいな狐だけど。


 ツンデレどころかツンツンしすぎてその鋭利さでいつも俺が傷ついてばっかりだけど。


 それでも。


「それでもなあ。俺はあんなクソみたいな妖子さんがいいなって思ってんだよー!」


 だから返してほしかった。

 現実を。日常を。


 こんな妄想はいらない。

 俺は、めちゃくちゃな日々でも、それが楽しいのだ。


「……ふーん、もの好きなんだね、あんた」


 妖子さんの声が変わった。

 そして、ふっと姿を変える。


 小柄な美少女だ。

 こいつが、この夢を見させていたやつか。


「おまえが枕返しか」

「そうね。私は悪戯が好きなだけの低級妖怪だけど、せめて妖狐のはずかしい姿とやらをあなたに見せてやりたかったのに。通用しないなんて、とんだ童貞ね」

「お前、もしかして天狗の側の妖怪か。悪戯にしてもやりすぎだ」

「だって、私にできることなんてこれくらいだもん。でも、夢から覚めたら仕方ないわ。私は帰るから。じゃね」

「あ、待て」


 さっさと枕返しはどこかへ消えた。

 そして、俺の意識はまた、朦朧とする。


「……須田!」

「はっ!? 妖子さん?」

「目が覚めたみたいね。ほんと、枕返しの標的にされるなんて、つくづくあんたはゴミね」

「はは、間違いない妖子さんだ。俺、戻ってきたんだ」


 もう、いつもの着物姿に戻っている妖子さんを見て俺はホッとする。

 ゴミと言われてもなぜか落ち着く。

 あーあ、相当飼いならされたなあ俺も。


「……あれ、足が痛くない?」

「さっき麒麟がクスリを塗ったからもう全快よ。さて、帰るわ」

「ま、待って。俺も一緒に」


 変な夢だった。

 居心地の悪い夢だった。

 やっぱり妖子さんは、


「ほんと、いい加減にしなさいよねゴミ」


 こうでなくっちゃな。


「でも、足が折れたのは妖子さんが原因だし」

「あんたが勝手に飛び出すからでしょ」

「いやいや、またアパートが吹っ飛んだらどうすんだよ」

「しげぴーに新しいアパートを買わすだけよ」

「そんなの繰り返してたらあの人死ぬだろ」

「私の為に死ねるのよ? 本望よ」

「……でしょうね」


 ちなみに今のアパート。

 しげぴーがどこぞで借金して即金で購入したそうだ。

 無理してるなああの人も。


「で、帰ってから何するんだ。また飲みに行くとか」

「いいえ。あなたが入院してるこの一日で大きく戦況が変わったの。いよいよ決戦よ」

「え、それじゃあ」

「ええ。東西で合同コンパよ」

「……コンパ?」


 コンパ。

 それは多分新種の妖怪の名前などではない。

 実はこの言葉、和製英語で。由来はcompanyとかだそう。

 略さずいえば合同コンパニー。聞きなれないけどそういうことらしい。


 つまり、飲み会だ。

 え、なんで飲み会?


「いよいよね。優と決着をつける時がやってきたわ」

「待て待て、合コンでなんの決着がつくっていうんだよ」

「え、知らないの? 酒の飲み比べよ」

「飲み比べ?」

「ええ、だから肝臓を鍛えるために毎日居酒屋に通ってたでしょ? それに酒呑童子はこっちの味方。もう、勝つ未来しか見えないわ」

「……」


 俺はどうやら、壮大な勘違いをしていたらしい。


 東西の妖怪が覇権を争う一大戦争とは。

 何も超能力バトルが繰り広げられるわけでもなんでもなく。


 合コンだった。


 飲み会だった。


 ……え、飲み会なの?

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