第43話 魂を吐き出して
「なにやってるのゴミ」
夕方。
通りかかった妖子さんに罵倒された。
「いえ、ちょっと」
「またろくでもないこと考えてるんでしょ」
「今日は俺の人生がかかってるんだ。ほっといてくれ」
「知らないわよ、後悔しても」
何やら不穏なことを言って、妖子さんはさっさと行ってしまった。
でも、今はあの人を気にしてる場合じゃない。
ああくそ、夜になるのが待ち遠しい。
「あら、須田さんじゃない?」
「あ、スズカさん」
「この前はどうも。あの蜘蛛をやっつけてくれたおかげで私、世界を滅ぼさなくてすんだわ」
「はは……でも、まあよかったです」
「で、今日は誰と待ち合わせ? また半妖?」
「ええ、まあ。酒呑童子の大江さんです」
同じ鬼同士、知り合いかなと思って何気なく話したのだけど。
スズカさんの顔が曇る。
「……そう、あの子か」
「どうしました? なにかあったとか」
「いえ、頑張ってねとしかいいようがないわ」
「と、いいますと?」
「あの子はね、強いのよ。そう、めちゃくちゃ強い。もう相手がヘロヘロのクタクタになるまで止まらない。そんな子よ」
ああ怖いと、少し身震いしながらスズカさんは去っていく。
その話を聞いて俺は。
たぎる。
もう、正門の前で叫びそうになるほどたぎった。
いやあ、強いってギンギンってことじゃないっすか!
そんなにムラムラしてるんなら俺、ウェルカムっす!
元々サキュバスに殺されてもいいと思ってたくらいだからそんなの平気も平気。
よっしゃー、やったるぞー!
と、意気込み充分な俺はじっと待つ。
そしてようやく日が暮れかけてきたその時。
酒呑童子が現れる。
「あ、こんばんは。待ちました?」
「いえ、全然。それより、早く行きましょう。俺もう我慢が」
「よっぽど好きなんですね。ええ、では早速」
早速。
やらせてもらうぜおねえちゃん!
もう、どっちが鬼かわからないくらいの悪い顔になっている自覚はあった。
今にもこの子を襲いそうだ。
「着きましたよ」
「お……ってここは居酒屋じゃ」
「まずここで。徐々に盛り上げていきましょう」
そう話す彼女の言葉に一度納得。
まあ、シラフじゃ恥ずかしいってのもあるよな。
俺も、酒飲んで上機嫌になった彼女が隙を見せたところで……
ぐふふ、この後が楽しみだぜ。
「いらっしゃい」
いつもの居酒屋は賑わいを見せている。
そんな中、個室に通された俺たちは向かい合って座る。
そして、
「あの、日本酒ください」
「え、大江さんも飲むの?」
「何言ってるんですか。今日はお酒を呑まないと始まらないですよ。あなたも付き合ってくれますよね?」
「え、まあ」
正直いえば、ビールすらそんなに美味しいと思っていない俺にとっては日本酒などハードルが高すぎる。
酔ったらどうしようと、不安になりながらも、あまり空気を壊すことをしたくないと思って、頷く。
「じゃあ、決まり。大将、二升お願いします」
「あいよー、二升ありがとうございまーす!」
「……二升!?」
待て。
一升って、あの一升瓶の大きさ、だよな?
それを二本? いや、二合の聞き間違いか?
そう思った瞬間。
一升瓶が二本運ばれてきた。
「……あの、なんの冗談ですか?」
「何言ってるんですか。駆け付け一本っていいません?」
「言うか! 駆け付け一杯だよそれは! こんなの来て早々に飲んだら死ぬわ!」
「えー、今日は私に付き合ってくれるって約束したのに」
「い、いや、それは……」
「もしかして、いやらしいこと考えてた?」
「え、あの、それはですね……」
「でも、無駄です。この部屋からはそのお酒を呑まない限り出ることはできませんので」
「……へ?」
その言葉に、慌てて個室の扉に手をかけるが開かない。
もう、固定されてそこはただの壁のようになっていた。
「無駄です。今日は朝まで私の晩酌に付き合っていただきます」
「あの、俺多分そんなにお酒強くないんだけど」
「私より先に潰れたら、あなたの命はないものと思ってください」
「こ、ころす、のか……」
「さて、どうだか。とにかく、乾杯です」
氷も何も入っていないグラスに、ドボドボと日本酒をついで乾杯。
口を近づけると、その匂いで既にきつい。
でも、死ぬくらいなら……
「……ぷはあー!」
「いい飲みっぷりですね。須田さんでしたっけ? あなた、いい酒飲みになれますよ」
「ほ、ほうれふか?」
「ええ、とても。お酒が飲める男子って素敵です」
すでに結構ぐらっと来ているが、まだ瓶の酒はたくさんある。
嬉しそうに笑う鬼の顔が少し歪んで見える。
「うぷっ。あの、吐きそうなんだけど」
「吐いたらダメですよ。この部屋で嘔吐したら魂ごと抜けちゃう仕組みになってますから」
「え……」
「私、わかったんです。お酒が趣味の男性を探すよりも、飲める人間を作り上げた方が早いなって。須田さんにはその素質があるなと。さあ、飲んで飲んで飲みまくってください。朝まで飲み明かしましょう!」
ほれ、ぐいっと。
そういって俺に酒を出す鬼は実に嬉しそう。
俺も、魂を吐き出さないように懸命に酒を呑みこむ。
しかし、どうあがいても限度がある。
もう、限界だ。
「うっ、おえ」
「あら、もう限界ですか? 残念です、吐いたらそこで終了なのに」
「もう、無理……」
込み上げてくるものがあった。
それをぶちまけたら楽になるのだろうと、体がわかっていた。
そして
「おえー」
吐いた。
盛大に、豪快に。
そして。
「あーあ。またダメだったかー」
そんな鬼の言葉を訊きながら俺の意識は遠くなっていく。
俺は、死んだようだ。
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