第42話 学校には出会いがある

 力を限定解除された俺は無敵だ。


 そんな意味不明な根拠もない自信をぶら下げて意気揚々と。


 入学してから初めて学校の講義に出ることとなった。


 これからあるのは大ホールでの心理学の講義。

 そういう勉強もまた、大学生らしくていいじゃないか。


 ぞろぞろと流れるようにホールに入っていく人の群れについて行くと、そこには大勢の学生がびっしり座っている。


 気まずさの残る中、俺は空いていた隅っこの席に座る。


 そして壇上に教授らしき人の姿が見えると、ざわつくホールが静まり返る。


「えー、今日の講義を始めます。まずは……」


 いきなり教授の話が始まった。

 しかし随分と内容は進んでいるようで、何をいってるかはちんぷんかんぷん。

 あくびが出そうだ。


 それでもせっかく授業に来たんだからと、教授の話に耳を傾けていると、一人の女性が俺の横に立つ。


「あの。お隣いいですか?」


 そう聞いてくる女性は、短髪がよく似合う可愛い女の子。

 きょとんとした表情が愛らしい、少し幼く見える女子だ。


「ええ、どうぞ」

「すみません、失礼します」


 俺の前を通り、そして隣に腰かける。

 女性特有の、いい香りがする。

 ふむ、この学校には美人が多いな。


 それに、他に席が空いているにもかかわらずわざわざ俺の隣をチョイスする辺り、やはり今の俺からは何か特別なフェロモンが出ているのか。


 無駄に自信を持っている俺はそんなことを考えていた。


 すると。


「あの、授業つまらないですし一緒にぬけません?」


 と。


 隣から悪魔のささやきが。


「え、俺と?」

「嫌、ですか? 私、授業とかつまんなくて」

「いや、俺もつまらないと思ってたから」

「じゃあ、いきましょう」


 言われるがまま、俺はその子とホールを出た。


 初めての講義はたった十分程度でおさらば。

 随分と堕落してしまったものだが、今日のこれは仕方ない。


 なにせ美少女に誘われたのだから。

 授業よりも美少女。これは大学生なら誰もが通る道だろうと、ろくに大学生活も送っていない俺が知ったようなことを呟く。


「あの、どこいくんですか?」

「そうですね……あ、まだ自己紹介してなかったですね」


 女の子は、急に立ち止まるとかしこまった様子で俺の方を見て。

 名乗る。


「私は大江伊吹おおえいぶき。酒呑童子です」


 酒呑童子。


 鈴鹿山の大嶽丸、那須野の玉藻前と並んで日本三大妖怪に数えられる稀代の大悪鬼。


 そのルーツはなんとあの八岐大蛇やまたのおろちともいわれ、幼名は外道丸として知られる。


 元々は山の神の加護を受けた人間だったが、悪行を重ねるうちに鬼となり、大江山に住み着いたとされる。


 平安京を荒らしまくったその乱暴さに加え、名称通り酒飲みとしても知られるその鬼は、しかし最後に神酒を呑まされて力を封じられ、だまし討ちにあって討伐されたという。


 その時に残した言葉、「鬼に横道なし」(鬼ですらそんな卑劣なやつはいない。恥を知れ。みたいな意味)は有名だ。


 今は酒の神様として祀られているが、しかしそんな凶悪な鬼がなぜこんな可愛らしい姿であるのか。


 不思議だ。


「……って酒呑童子!? え、うそでしょ」

「本当ですよ。私は既に大嶽丸のスズカちゃんからあなたの情報を得ています」

「ということは、君も何か相談を?」

「そうですね。相談と言えばそうですが。私の話を聞いてくれます?」

「まあ、一応。どうしたんだい?」

「……」


 何か照れくさそうに。

 もしかしてこの子も、俺とデートしてくれとか言うんじゃないだろな。


「ええと、大江さん?」

「すみません、なんか恥ずかしくて」

「いやいや、その手の誘いは慣れてるから。だから安心してよ」

「そうですか。では……一晩私と付き合ってください」

「……うん?」


 一晩付き合う。

 確かにこの子はそういった。


 そう言った!


「私、いつも一人で寂しいんです。誰かと、一緒にあたたまりたいなって思ってても誰も相手してくれなくて。そのためにテニサー入っていい人いないか探してたのに誰もいなくって。あなたならもしかしてと思って」

「わかりました行きましょう一晩でも二晩でも相手しますよ」

「え、ほんとですか?」

「はい、困ってる女の子を放っておくわけないじゃないですか」


 即決。

 これは来ましたと、即断。


 もうここまで来たら自分の秘められた力というものを信じる他ない。

 俺、やっぱモテてるんだ。


 もう、何度この勘違いをさせられたかわからないが今度は違う。

 今度は違うと思って何度裏切られたかわからないがそれでも今日は一味違う。


 俺はモテている。

 自覚あり、だ。


「じゃあ、このあとどうする?」

「ええと。まだ明るいので夜の七時に正門で待ち合わせとか」

「いいでしょう。ではまた後で」

「はい、よろしくお願いします」


 可愛い笑顔でニッコリ笑う鬼を見て。

 俺もしっかりモッコリだ。


 もう、期待しかない。

 今回は逃さない。


 まだ昼間だというのに俺は、待ち合わせに遅れないように。


 すでに正門にスタンバイしていた。

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