第41話 朝蜘蛛は倒してよかったっけ?

 絡新婦。


 この書き方は漢名を当てた熟字訓であり、別表記は女郎蜘蛛。


 どの伝承でも美しい女性の姿で現れると言われ、その美貌や操る糸で男を誘惑すると言われているが、必ずしも人を殺すというわけではないそうで。


 危険性が少ないように思えるのは俺の感覚がもうずいぶんとマヒしている証拠なのだろう。


「で、その絡新婦とやらが一体なんの勝負に出るのよ」

「それが、今晩先輩の家で宅飲みするって」

「ほほう。それは随分大勝負ね。まさか二人っきり?」

「そうなのよ。先輩はあの蜘蛛女にご執心だし、どうしたらいいのかさっぱり」

「あなたほどの力があれば蜘蛛ぐらい払いのけたらいいでしょ」

「恋愛に暴力を混ぜたくないわ。私は純粋に先輩に好きになってもらいたいの」


 そんな半妖二名の会話を訊きながら。

 ほんと、ただの恋愛相談だなあと。


「あのー、俺は帰っていいかな。ただの女子トークだろ、それ」

「何言ってるのよゴミ。この話の流れであなたの仕事を察することもできないなんて脳みそまで腐ったの?」

「そうですよゴスミダさん。あなたにはあなたの役割があります。どうかお願いします」

「人にお願い事するならまず名前をちゃんと呼べ!」


 なんだよゴスミダさんって。

 ゴミと混ざっちゃったよ。


「で、なにすればいいんだよ」

「絡新婦の先輩とやらを、あなたの力で誘惑するのよ。そいつにだけ効果があるように、力を限定解除するから」

「俺の力? ああ、あったなそんなの」


 封印されていると知ってから一切興味をなくしていたが。

 そんなこともできるんだ。


「でも、そんな使ったこともない力で何かできるのか?」

「問題ないわ。あなたはただいつものように下衆に卑猥に醜悪に女を部屋に誘い込んでやりたいことをすればいいの。作戦名は『ねっとり須田のNTR』ね。」

「言いたいことだらけだわ! 俺をなんだと思ってるんだよ」

「変態」

「おう……」


 否定できない。

 変態、だよなあ俺ってよう。


「とにかく、明日の十時にあなたの部屋に絡新婦が訪れるように今から私とスズカは相談に入るから。あなたは部屋で寝てなさい」

「本当に大丈夫なのか?」

「私を信じなさい。今までの私たちの仕事をおもいだしたら安心でしょ」

「不安しかねえわ! 毎回死にかけとんじゃ!」


 どうせ今回もだろ、という覚悟はもう持ってるけど。

 それに、俺に拒否権なんてないし。


「じゃあ、帰る。おやすみ」

「ええ、ゆっくり眠りなさい」


 いつまでも会話が終わりそうになかったので先にアパートに帰ることに。


 そして新しいアパートに着くと、玄関先にりんの姿が。


「あら、須田君。遅かったですね」

「ええ、妖子さんがちょっと」

「またですか。でも、先に帰ってきたので褒めてあげます。えらいです」

「……で、りんさんは何を?」

「このアパートに近づく女を排除しようと。住人以外は立ち入ることを禁じます」

「いや、別にそこまでしなくても」

「いいえ、もし須田君の部屋に入ろうとする輩がいたらその場で消滅するレベルの神罰を仕掛けておきますので」

「こわいわ! いやいや俺も男だからさ、そういうこともあるかもじゃん?」

「ありません。あったらぶっ殺す」

「……」


 もう、この人がよくわからない。

 メンヘラな神様ってなんだよ。


「あの、寝ます」

「ええ、おやすみなさい」


 なんか疲れた。

 川姫ショックの時に、ちょっとだけみんなのありがたさってものを感じたけどさ。

 でも、やっぱり扱いが雑だよ。


 なんだよ明日の絡新婦の相手って。

 限定解除? 何かの免許か俺は。


 ああくそ。

 もう寝よう。


 今日はゆっくり、寝よう。



「……朝か」


 なんかぐっすり眠れてしまった。

 なので目が覚めた時には既に朝というより昼前。


 でも、何か忘れてるような……


「あ! 絡新婦は?」


 そういえば今日の十時に家にくるとか言ってたけど。

 来てないのか。妖子さんたちも交渉に失敗したのかな。


 まあ、来ないものをどうこう言っても仕方ないかと。

 一度コンビニにでも行こうと下に降りると、アパートの前でりんさんが立っていた。


「おはよう、りんさん」

「あら、おはようございます須田君。昨日はよく眠れて?」

「ああ。それより何してるんだ?」

「いえ、今朝須田君の部屋に訪問者がいたので拷問を」

「え……あ!」


 ふとりんさんの視線の先をみると。


 そこには磔にされた美人が。

 服もぼろぼろ。息も絶え絶え。


「これ、もしかして絡新婦!?」

「やっぱり知り合いだ。朝から堂々と、不潔ね」

「いや、これは違うんだよ。ええと、仕事というか」

「仕事なら学校でやりなさい。ここは私のアパートです」


 すっかり管理人になった麒麟は、そう話すと磔にされた女を鞭でしばく。


「この、おまえが、須田君を、惑わす、害虫か! うら!」

「や、やめて……須田って、誰なのよ……」

「しらじらしい! この、この!」


 鬼気迫る麒麟の表情に、さすがにまずいと止めに入ったが、もう絡新婦の心は完全に折れていた。


「山に帰ります……もう、人間社会、ヤダ……」

「ええ、そうしてください。あなたのような貞操観念の欠如した女性が最近は多すぎます。しっかり身も心も清めてから下山してきてくださいね」

「は、はい……」


 絡新婦はようやく解放されると、フッとその場から姿を消した。


「さてと。悪い女は片付けました。須田君、あの子はなんだったのか説明してください」

「いや、だからあの人はだな、昨日妖子さんたちから頼まれた仕事で……」


 事情を話すこと一時間。

 立ち話を続けてようやく麒麟が納得してくれた。


 ほっと。

 胸をなでおろした時にふと、俺の力の限定解除たるものを思い出した。


 結局、使う場面すら来なかったなあ。

 あの絡新婦、美人だったしちょっとくらい話してみたかったなあ。


 そんなことを考えていると麒麟が。

 俺を睨みながら言う。


「でも、一人暮らしというのはやはり遊びにつながってしまいますね」

「遊んでいいじゃないか。何が言いたい」

「いえ、新しい管理人室って家族用として3LDKなんですよね」

「広くていいじゃないか。羨ましいよ」

「でも、一人であまり広い部屋を使うのも好きじゃないんですよね」

「まあ、わからなくもないけど」

「なので一緒に住みましょう」

「ああ、それは名案……なんだと?」

「いえ、結婚しましょうと」

「さっきと言ってることかわってんじゃねえか!」


 しかし、一緒に住むだと?

 麒麟と? 俺が?


「須田君はモテます。だから今のうちに囲っておかないといけないなあって。さて、一緒に住むか一緒になるか選んでください」

「どっちも一緒じゃねえか! 選択肢増やせ」

「では一緒に死ぬか」

「余計重くなったわ!」


 そう話しながらも、麒麟は距離を縮めてくる。


「……どうなのですか?」

「いや、待て待て。話が飛躍しすぎだ」

「いいえ、普通です。あ、いいこと思いつきました。一緒に住むのが恥ずかしいのであれば同じ屋根の下で同棲というのは?」

「全く意味が一緒だよ! 言い方の問題じゃねえよ」

「では、なぜ嫌なのかその理由を述べてください」

「え。いや、それは……」


 さらに近くに寄る麒麟は、俺を睨みつけながら言う。

 

「さあ、さあさあさあさあさあ」

「半沢か! ま、待て。少し時間をくれ」

「何分?」

「せめて一日単位にしてくれ……」

「じゃあ明日までに、結論を出しておいてください。それまでは引き続きここの監視を続けますので」


 といって、麒麟は部屋に戻っていく。


 いや、同棲って。

 急に何を言いだすかと思ったら……


 いや、待てよ?

 これが、限定解除の力?


 いや、そうに違いない。

 ほほう、俺の力はそこまでの域に達しているのか。


 なんか、勇気が出てきた。

 それに、麒麟の提案を断る理由も見つけないと。


 よーし、今日は大学に行って。


 ちょっといい女ひっかけてやろうかな!

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