第44話 まさかのハメ技

 ……ここは?


 なんか、ぼんやりとした場所だ。


 でも、きたことがあるような。


 あ、三途の川の中だ。

 しかも、前と違って随分と対岸に近い。


 これを渡り切ったら死ぬ、のか。

 でも、足が止まらない。


 ああ、そっか。


 俺、童貞のまま死ぬのか。

 はあ。せめて一回くらいは誰かのぬくもりに包まれてみたかったなあ。


 悔やむことはあれど。

 でも引き返す気力もない。

 これが死、なのか。

 もう、楽になりたい……


「須田!」

「……へ?」


 俺を呼ぶ声と共にグイッと誰かに引っ張られるような感覚が。

 そして目が覚めると。


 教授の部屋にいた。


「……あれ?」

「おお、よかった須田君。息を吹き返したのじゃな」

「あ、しげぴー……あの、俺は?」

「酒呑童子に魂を抜かれてもう死んでおったのだが、反魂の術でなんとか蘇ったようだ」

「教授が、それを?」

「バカ言うな。私にそんな力はない。妖子ちゃんのおかげだよ」

「妖子さん……あの、妖子さんはどこに?」

「今、飲み物を買いに行っておる。相当心配しておったから、ちゃんと礼を言っておくんだぞ」

 

 まだ、夢から覚めていないようなふわふわした感覚だったが、しっかり足が地面についていた。

 生きてるんだと、そう実感した時にがたんと扉があく。


 そして、ペットボトルをもった妖子さんが入ってくる。


「あら、目が覚めたんだ」

「妖子さん、あの、俺……」

「いい加減にしなさい」

「……すみません」

「あのね。あんたの下心でどれだけの人間が迷惑してると思ってるのよ。次死にかけても私は絶対に助けないわよ。いい? 二度とこんなことはしないと誓いなさい。さもなくば今から私が殺すわよ」

「わ、わかってます……もう、知らない人についていきません」

「子供かって怒鳴りたくなるような弁明ね。ほんと、今回だけよ」

「はい……」


 この後も、めちゃくちゃ怒られた。


 鬼気迫る表情で、ずっと罵倒され続けた俺だけどそれでも助けてくれたことには変わりなく、ずっと反省しっぱなしだった。


「……はあ。怒り疲れたわ。もう帰る」

「あの、酒呑童子はどうなりました?」

「あの子? まだ酒飲んでるわよ」

「え、うそでしょ……」

「あんな化物と酒比べなんて、バカがやることよ。あの子の求めるような人間なんていない。悩み事も解決できないレベルのものだってあるってことを知りなさい」

「……」


 こんな時に思い出したらダメなのだろうけど。

 俺が酒を呑みほした時の酒呑童子の嬉しそうな笑顔が目に焼き付いている。


 あの子も、結局は酒を対等に飲める人間が欲しいだけなのかもしれない。

 そう思うと少し、悲しくなる。


「妖子さん、俺」

「ダメよ、あの子を救おうなんて考えないことね」

「……はい」

「まあ、私たちでなんとかするからあなたは今日は帰って寝てなさい。魂と肉体が分離してたんだから、まだ体に負担はあるはずよ」

「わかりました」


 今日ばかりは、素直に妖子さんのいうことを聞くしかなく。

 黙ってアパートに戻り、まだ明るいうちから布団に入る。


 さっきまで死んでたんだよな、俺。

 ほんと、こんなことを続けてなんになるんだよ。

 死ぬぞ? もう、冗談抜きに死がそこまで迫ってる。


 妖子さんの言う通り、無難な案件だけこなして。

 それで小銭稼ぎして遊んで。

 いいんじゃないか、そんなので。

 そろそろ真面目に学校にもいかないと、だし。


 ……。


 いや、違うな。


 あの子は俺を頼ってきたんだ。

 理由はどうあれ、俺を必要としてくれたんだ。


 だから……。


 気が付けば、部屋を飛び出していた。

 向かった先はもちろん、酒呑童子と飲み交わした居酒屋。


 まだ、あいつが酒を一人寂しく飲んでるのだとすれば。

 俺はもう一度あの席に座って……



「あっははははは! そう、須田の奴ったら相当バカな顔してたわよ」

「妖子ちゃん、仮にも死にかけてた人を侮辱するのはどうかと」

「せやで。でもなんぼ伊吹ちゃんなりのアプローチのつもりやからって、それで死にかける須田っちもどうか思うわー」

「すみません……私、あの人ならお酒飲めるかなって思ったので」


 なんか楽し気な会話がする。

 俺の名前も聞こえた。


 そして大将が、俺の顔を見るなり「奥の部屋だよ。お連れさん入りまーす」と。

 大きな声で案内してくれた。


 奥の部屋の扉を開けると、そこには。


「あら、ゴミ。寝てろって言ったでしょ」

「須田君、今日は私ノンアルだから」

「須田っち、死んどった当日に飲みに来るとか元気やなー」

「あ、先ほどはどうも」


 妖狐、吸血鬼、雪女がいるのはまあいい。

 しかし、なぜかその席に溶け込んでいる、鬼がいた。


「え、酒呑童子が何でいるの!?」

「あら、私たちは知り合いよ? ねえ、伊吹」

「そうね。幼馴染ってところかな。いいませんでしたっけ?」

「……」


 まあ、言いたいことはたくさんありすぎて困ったが。

 まず最初に言いたいのは。


「じゃあ止めろや!」


 だった。


 知り合いが俺を殺しそうになってんなら止めろよ。

 いや、ほんとそれだけだよ。


「行くなといってもあなたはどうせ汚い鼻の下をダルンダルンに伸ばしてひょこひょこついて行くでしょ? だから身をもって教えてあげたってわけよ」

「だとしてもだよ。ていうか、友達いるのかよ伊吹」

「まあ、います」

「……」


 心配した俺がバカだった。

 まあ、そんなシリアスになるわけがないもんな。


「俺、帰る」

「まちいや須田っち。せっかく来たんやから飲んでいき」

「……まあ、一杯だけなら」


 俺は雪女と鬼に挟まれる形で座る。

 ううむ、美女に挟まれての晩酌なんて、確かに夢のようではあるが。


「さあ、飲みなさい。乾杯」

「……乾杯」


 なんか思ってたのと違うというか。

 別に飲み会に参加したかったわけじゃないというか。


 でも、せっかくだから楽しもう。

 そう思って、また酒を呑む。


 すると鬼が「やっぱりいい飲みっぷりですね須田さんは」と。

 嬉しそうに言う。


「ま、まあ。これくらいちびちびとなら飲めるかな」

「いえ、その量でも普通の人ならなかなか飲めませんよ」

「そんなことないって。普通にお酒強い人はたくさん」

「でもそれ、神酒ですよ?」

「……ん?」


 御神酒とかいて「おみき」と読むそれがよく知られていると思うけど。

 この場合は「しんしゅ」と読んだ方がいいのかもしれない。


 かつて酒呑童子は、鬼の神通力を失わせる霊力の備わった神酒を呑まされて、酔ったところを討伐されたと訊く。


 しかしそんなものをただの人間が飲んで大丈夫なわけがない。


「あ、あれ……力が……」

「利いてきたわね。伊吹、ないすぅ」

「なにを、したんだ」

「訊きなさいゴミ。あなたのその霊力とやらはね、少々厄介だからこの神酒をもって完全に葬り去ったわ。これであなたは半妖ハーレムなんてものは一生作れない、ただの廃れた霊能力者になったわ。あ、0能力者の方がいいかしら」

「な、なんだと」

「まあ、悪く思わないでね。あなたの力を不正に使おうとする輩がいる以上、仕方ない処置よ」

「ま、待て。ということは、俺は妖怪たちからは」

「モテない」

「そ、それに半妖美女達とのハーレム生活は」

「できない」

「じゃ、じゃあ俺の能力を駆使しての半妖美女たちを片っ端から口説き落とすって夢は」

「ありえない」

「おうふ……」


 俺の夢

 半妖美女たち

 侍らせて

 酒池肉林の

 毒に溺れる


 ああ、これを一度でいいから達成したかった。

 死んでもいいから、やってみたかったのに。


 終わった。


 そう思った瞬間。


 意識を失った。

 

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