第38話 やつがくる
「……ここは?」
少し二日酔いの頭痛がする。
目が覚めたようだけど、目の前が真っ白だ。
なんだろう、ふわふわする。
「須田君、目が覚めましたか?」
「その声は……りんさん? あの、ここは」
「ここは天界です。あなたは今から、神になります」
そっか。神様かー。なんか体がふわふわする。
ああ、気持ちいいなあ。
……
「って、なんていった?」
「だから神になると。もう須田君は神様として私と天界で暮らすのです」
「え、やだよそれ! 待って、何の話?」
「あなたは私の純潔を奪いました。ゆえに責任をとっていただきます」
「な、なんのこと?」
まてよ、このパターンは……
「お前、昨日酒飲んで頭痛いとかそういうやつだろ!」
「何を言ってるのです。私が目覚めた時に須田君の布団で寝てたんです。確かに床で眠ったはずなのに。連れ込まれたに違いありません」
「寝相が悪いだけだろ! 服は着てたのか?」
「靴下が脱がされてました」
「自分で脱いだだけだろ絶対!」
頼むから俺の部屋で寝て起きるたびに俺を性犯罪者扱いするのをやめてくれ!
「もういいか? 俺は潔白だ」
「なんだ、股のあたりが痛くないからおかしいと思ってたんですよ。じゃあ、戻りましょう」
今回はあやうくゴートゥーヘブンだった。
さて、次はどこへ連れていかれるのやら。
「……あ、戻ってきた」
意識が戻ると、部屋にいた。
そして既に散らかった新居には誰もおらず。
みんな、帰ったようだ。
「……片付けよう」
うんざりしながら、一人で空き缶とかをゴミ袋に。
散らかった部屋を綺麗にして、ゴミ袋を持って外にでると下に妖子さんの姿が見える。
「おはようございます。何してるんですか?」
「あら、随分遅い目覚めね。早くきなさい」
「行くってどこに?」
「新居を堪能したいところだったけど、そうもいかなくなったのよ」
いつになく神妙な面持ちで話す妖子さんをみて、ただ事ではないと理解した。
「何かあったんですか?」
「……天狗がくるわ」
「てん、ぐ?」
天狗。
語源としては書いて字の如く天の
一般的に伝えられる、鼻が長く赤い顔に山伏の恰好というイメージは、密教が伝わった頃に、山地などで起きる怪異現象を「天狗の仕業」などと表現し始めたあたりから。
その辺で山の神=天狗という傾向が生まれ、徐々にその姿が形作られていったそう。
一説によると、外国から漂流したり、布教のために日本にたどり着いた白人が日焼けで顔を真っ赤にした姿が、高い鼻と大柄な体と相まって異形のものに見えたという説もある(鬼なんかもその類。あの角は、海賊の角つき兜をかぶった外国人の姿をみて、そう見えたという説も)。
まあ、とにかくだ。
天狗ってのはすごい伝承をたくさん持っている。
「いよいよ大戦争が始まるわね。須田君、覚悟しておきなさい」
「人柱は嫌だぞ」
「じゃあ肉の壁になりなさい」
「もっと嫌だよ! 俺は人間だから、闘いたくない」
「何言ってるのよ。今回の依頼主が、天狗なの」
「……へ?」
そういえば、最近仕事から脱線した案件ばかりで忘れてたけど、そもそも妖怪の悩みを解決するのが俺の仕事だったっけ。
「……ええと、じゃあその天狗は」
「しげぴーの娘。
◇
なぜか今、俺は一人で喫茶店にいる。
ここに、依頼主である天狗とやらがくるとか。
ちなみに妖子さんはこない。
なぜかって? 顔を合わせたらその瞬間、妖怪大戦争が勃発するからだとか。
じゃあそんな依頼受けるなよといいたいが、今回は依頼主が実の娘とあって、しげぴーから特別報酬が出るんだとか。
ううむ、いくらもらえるのかは確かに期待してしまう。
「あの、須田さんですか?」
「え、君は?」
声をかけてきたのは、多分年下なのだろうが随分大人っぽくも見える、丸でギャルゲーの世界から飛び出してきたような美少女。
まあ見事なまでに綺麗な顔で、ユルフワパーマが似合う。
体のラインは折れそうなくらい細いし、なんか彼女だけ別世界から来たような、そんな雰囲気だ。
「私、有栖川優です。父がいつもお世話になってます」
「君がしげぴ……教授の娘さん? え、嘘でしょ?」
一体DNAがどこまで忖度をしたらこんな美人が生まれてくるのか。
いや、本当にあのスケベ教授の娘かと心配になるレベルできれいだ。
今までのナンバーワンが川姫かと思っていたが、いやいやまだ上がいたもんだ。
これは妖子さんと喧嘩になるはずだな。
「今回は相談を受けてくださってありがとうございます。私、ちょっと悩みがあって」
「い、いやあ。教授の娘さんの頼みとあればなんでも。しかし綺麗ですね、ほんと」
「あら、お上手ですね。でも、こう見えて私、まだ失恋のショックから立ち直れてないんです。だから、妖子ちゃんと喧嘩して発散してるんですけどね」
「……」
喧嘩って、妖怪大戦争のことなのか。
そう思うとこの子も、やはり妖怪……
「私のことは、妖子ちゃんから聞いてます?」
「ええと、天狗がどうとか」
「そうですね。私は天狗です。そして妖子ちゃんとは今、抗争の真っただ中です」
「そ、そんな君がどうして俺に相談を?」
「……いいですか?私は、天狗なんてなりたくなかったんです。それに、こうなった原因は明確。失恋によるものです」
「で、それを治すために俺に? いや、そんな力はないですよ?」
「須田さんにはすごい力が秘められてるって、父から聞きました。あの、よかったらですけど、私と正式にお付き合いしてくれませんか?」
「……え?」
「ですから、私の彼氏になってください。別にフェイクとか、そんなつもりはありません。ちゃんと付き合って、ちゃんとしてくれたらいいので」
「……と、いいますと?」
「くどいですよ。なんなら私、手も繋ぎますし、そのままよければその先だって……私、本気です」
「……ふぁ?」
変な声が出た。
今まで、お試し彼女とか偽装恋愛とか、なんなら俺の壮大な勘違いとか、そんなものはたくさんあったけど。
正式にお付き合いだなんて、初めて言われたぞ?
「え、嘘!? これ、またトラップじゃないよね?」
「今までどんな女性に騙されてきたのか知りませんけど、私は嘘はいいません」
「え、じゃあ俺と君は恋人になって、あんなことやこんなことをするって、そういうこと?」
「まあ、仲が深まれば普通です」
「待て、その代わりに俺の命を奪うとか、そんなオチは」
「ありません。天狗は人間の命なんて必要ありませんから」
「ふぉー!」
喫茶店で絶叫してしまった。
こんな美少女と、彼氏彼女の関係になれるなんて夢のようだ。
今回は嘘じゃない。
それは彼女の目を見ればわかる。
いや、見なくてもわかってるけどー!
「じゃあ須田さん、私とお付き合いするということでいいんですね」
「も、もちろん……といいたいところだけど、一応条件的なことがないか最後に確認したい」
「ほんと、ひどい仕打ちをうけてきたんですね。でも、私が出す条件はただ一つです。あなたの身に危険が及ぶようなものではありません」
「……なんだよそれは」
「それは」
それは。
少し間が空いてから、教授の娘は言う。
「妖子ちゃんたちと、縁を切ってください」
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