第37話 仲間って、いいな

「……というわけで川姫のところに行くわよ」

「その前にこれどうすんだよ! アパート全壊じゃねえか!」


 アパートが崩れ去ったすぐ後、気まずそうにする麒麟は「ちょっと授業行ってきます」と言って逃げた。


 妖狐もまた気まずそうに「寿命かしらね」なんて言って誤魔化していたが、原因はお前らだろ!


「おい、どうするんだよ。川姫どころじゃねえぞ」

「仕方ないわね。しげぴーに今日中に直すように」

「無理だろ!」


 別に愛着があったわけではない。

 でも、住む場所を失ったという衝撃は、かなりのもの。

 今日からどうするんだこれ……


「とりあえず、大学にいくわよ。まずは目の前の問題を解決していくのが先ね」

「目の前で倒壊したアパートの方が大問題だろ!」

「うるさいわねゴミ。あなたは川姫のこと心配じゃないの?」

「ぐっ……わかったよ、いくよ」


 とりあえず、問題は先送りとなった。

 帰る家を失った俺たちは教授室へ。


 カミラはというと「ちょっと買い物いってきます」とか。

 いや、買い物しても帰る場所ねえぞ?


 どうして半妖たちは平気な顔をしてるのか。

 妖怪の住処とやらが別にあるのか?


 一人でブツブツ愚痴をこぼしていると、妖子さんに「うるさいゴミ」と怒られた。

 そして気が付くと教授室に到着。


「しげぴー、入るわよ」

「おお、早かったな。川姫の美姫君も奥におるぞ」

「教授、すみませんアパートが……崩れたんですけどどうしたらいいですか?」

「なんと? まあ古かったからなあ。よし、住まいは手配する。だからまず、川姫のことをよろしく頼む」

「そんなにすぐ住めるところあるんですか?」

「私に任せなさい。君たち半妖のことは全て私がなんとかする」


 ……俺、人間なんだけどね。

 いや、自分が人である自信が今は持てない。なぜだろうか……。


「それよりゴミ、早く川姫のこと終わらせるわよ」

「ああ、そうだった」


 教授室の奥に行くと、そこには美しい女の姿が。


「ミキさん……」

「春彦さん……私、あなたにひどいことを」

「いいんですよ。わざとじゃないって知ってます。ミキさんはそんな悪い人じゃありませんから」

「……優しいですね。そういうところも私……」


 まるでロミオとジュリエットのような雰囲気。

 立ちはだかる壁に引き裂かれそうになりながらも互いを愛そうとするその姿勢。

 なんと儚い恋なのか。


「ミキさん」

「春彦さん」

「いつまでくだらないことやってんの。川姫、さっさと背中見せなさい」


 俺たちの間に妖子さんが割って入る。

 そこでようやく意識が戻る。

 また、川姫に惑わされていたようだ……


「あ、すみません。はい、どうぞ」

「守護霊の交代、ね。はあ、なんで妖怪の王たる私がこんな霊媒師みたいなことを」


 こっちに向いた川姫の背中を、ため息交じりに妖子さんがお札でぺしぺし。

 すると、もやもやしたものが川姫の背中から出てきた。


「……なんじゃ妖狐か」

「久しぶりね川姫。あんた、死んでるんだからさっさと成仏なさいよ」

「なんと、わたしゃ死んだのかえ?」

「ええ、随分昔にね。私の前世の記憶で、貴方と闘ったのは覚えてるわ。ほら、この女の子に体を明け渡しなさい」

「ふむ、迷惑かけたのう。ではな」


 なんか昔綺麗だったんだろうなってわかるような、でも今は結構歳とってるなあっておもうようなおばちゃんの幽霊がふわりと消えていった。


「これでもういいわ。守護霊は適当なものを付け替えておいたから」

「じゃあ、これでミキさんは人に無害になったんですね?」

「ええ。川姫ですらなくなったわ。ただの人よ」


 そう聞いて、俺はドキドキした。

 振り返ったその瞬間、彼女の愛があふれてくるんじゃないかって。

 俺と、この場で結ばれるんじゃないかって。


 あんなにも俺のことを好意的に見てくれた彼女が、普通の人間になったなんて、夢のようだ。


「ミキさん!」


 俺は呼んだ。

 この胸に飛び込んでこいと。


 すると、


「……え、誰? キモ」


 鋭いナイフのような言葉が俺をえぐる。


「……え?」

「え、ていうかここどこ? うわ、くっさ。おっさんくさいわー。ていうかあんたら誰? ちょっと邪魔なんだけど」

「あ、あの? ミキさん?」

「なんで名前しってんの? こっわ。まじないわー。ていうか帰るから、追っかけてこないでねキモいから」

「……」


 ギャルな見た目の彼女は、心底うざそうな目で俺を見ながら、そしてさっさと部屋を出て行った。


「あら、うまくいったみたいね」

「え、なにあれ!? 同一人物だよね!?」

「どうやら記憶と人格まで乗っ取られてたみたいね。あなたがさっきまで話していたのは霊体の川姫の方で、あの子じゃなかったみたい」

「え、じゃあ、あの子は」

「当然、あんたみたいなうじ虫に興味なんて持たないわよ。残念ね、人間からモテようなんて須田の分際で甚だ図々しいわ」

「……」

「というわけで帰るわよ。しげぴーお金」

「……」

「なにやってんのよゴミ。まさか本気で恋してたわけじゃないでしょ? 飲みにいくわよ」

「……うおー!」


 俺は叫びながら教授室を飛び出した。

 

 なんだこの感情は?

 悲しい? いや、悔しい? くちおしい?


 よくわからないが、傷ついた。

 告白してもないのにフラれた気分だった。


 いや、そんなことはよくある話だったが、それ以上に俺の心はえぐられた。


 泣きながら大学内を走って逃げて、家に帰る。


 そして、アパートに到着すると、そこに家がないことを思い出す。


「あ、そうだった……あはは、家、ないんだ俺……」


 笑えてきた。

 自分の不幸さに笑いが込み上げてくる。


 唯一うまくいくはずだった女子からこっぴどくふられ、家はなくなり仕事の度に命を失いそうになって。


 もうやだ。

 もうやだよ。


「もうやだよー!」

「何さけんでるのようるさいわね」

「……妖子さん? なんで」


 振り返ると妖子さんがいた。

 走って逃げてきたはずなのに……


「あんたが泣きながらどこか行くからでしょ」

「え、心配で追いかけて」

「ない。しげぴーから預かってるものよ」


 渡されたのは鍵だった。

 新しい家のもの、か。


「……俺、田舎に帰りたい」

「田舎に帰ってどうなるのよ。逃げても結果は同じよ」

「わかってます。でも、こんなのあんまりですよ。美姫さんは、俺のことを好意的にみてくれてたのに。なのに記憶失くしてはいさよならって。それは辛すぎますって」

「あんな女一人にフラれたくらいでなさけないわね。いいから来なさい。みんな待ってるわよ」

「え?」


 妖子さんにいわれるままついて行くと、崩れたアパートから銭湯の方へ向かい始める。


 そしてその手前に、前より少し綺麗なアパートが。


「ここが新しい家よ。さ、入りなさい」

「……前より綺麗にはなったけど。でも」

「いいからいけ、ゴミ」

「わかりましたよ」


 もう、この人に散々エラそうにされるのもうんざりだと。

 でも、まあ新しい部屋を見るくらいはして。

 寝て起きたら実家にでも帰ろうと。


 玄関を開ける。


「お、須田っちおつかれさーん。お引越し祝いしよでー」

「須田君、今日はノンアルコールにするので安心してください」

「ここの管理人もこの麒麟が担当しますので。よろしくね」

「みんな……」


 間取りは少し広めの1LDK。

 その部屋の中でみんなが宴会を始めていた。


「妖子さん、これは?」

「今日はみんなの引っ越し祝いよ。あなたもメンバーに入ってるわ」

「で、でも俺は」

「みんな、あなたのことが好きなのね。どこの学生が、こんな美人を部屋に呼んで宅飲みなんてできるもんですか。あなたはまごうことなきリア充よ」

「リア充……」

「さっ、いつまでもうじうじしていないであなたも加わりなさい」

「……はい! 行ってきます!」


 なんかさっきまでのモヤモヤしていたものが一気に晴れた。

 みんな、普段は厳しいように見えて実は優しい奴らばっかりなんだ。


 俺のことも、きっとみんな好きなんだ。

 そうだ。俺は人気者だ!


「よーし、飲むぞー」

「ええでー須田っ地!グーっと!」

「よっしゃー!」


 その辺にあったよくわからないものをたくさん飲んだ。

 なんの酒を飲んだかもわからないくらいに。


 そして、楽しい宴は朝まで続く。


 やがて、俺の意識は飛んでいた。


 


 

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