第36話 我が家

「で、何をすればいいんだ?」

「あの子の川姫としての血はおそらく薄いわ。でも、体に残るわずかな力でそうなっているみたい。というわけで居酒屋に行くわよ」

「おい、真面目な話の流れで飲みに行くな」

「しげぴーを呼んでるのよ。彼はああ見えて妖怪の専門家だから」


 夜。


 妖子さんと二人でいつもの居酒屋に。

 すると先にしげぴーがテーブル席に一人で座って待っていた。


「おお、妖子ちゃん。こんな夜中にどうしたんだ」

「しげぴー、この学校に通う川姫について教えてちょうだい」

「ふむ。美姫君のことか。しかし彼女は正確には川姫じゃないぞ?」

「え?」


 しげぴーはビール片手にまず、意外なことを言った。

 そして妖子さんもまた、飲みかけのビールを置いて前のめりになる。


「どういうことよ。あの子からは確かに川姫の妖気を感じたわ」

「転生だな。あの子の前世が川姫、ということだな。そして前世の記憶と力に引っ張られて、あの子は困っているわけだ」


 転生。

 まあ、最近よく聞く言葉だけど彼女は前世の川姫から人間に転生したということ、だそうだ。


「なるほど……ということは前世の記憶を消せばいいのね」

「さすが妖子ちゃん。というわけで明日美姫君を教授室に呼んでおくから、あとは頼むぞい」

「ええ。ところでしげぴー、ワイン飲んでいいかしら」

「おお、いいともいいとも」

「大将、ワインボトルで!」

「あいよー、ボトル一丁ありがとうございまーす!」


 横で話を聞いていると、しげぴーが案外ちゃんとしていることに驚いた。

 妖怪の専門家。なんかかっこいいなそれ。


「あの、教授。教授は専門家として結構稼いでるんですか?」

「ふむ、稼ぎなんていいもんじゃないよ。それに、こんなのは慈善事業だよ」

「まあ、そうなんでしょうけど。でも、なんでやろうと思ったんですか?」

「はは、その話はまた後程。それより乾杯しようじゃないか」


 妖子さんは運ばれてきたワインをドボドボとグラスに注いで、しげぴーは焼酎のロックグラスを持って、俺はウーロン茶で乾杯。


 そしてしばらく談笑していると、妖子さんがいつものように酔いつぶれた。


「あー、ゴミ、もう一本もってきなさい……」

「潰れましたね。しかしよくやるよこいつも」

「須田君、さっきの件だがね。君は今の仕事をどう思っている?」


 寝言を言う妖子さんを見ていると、向かいのしげぴーがいつになく真剣な表情で聞いてくる。


「そうですね、正直言えば危ない仕事ですけど。でも、感謝されるのは悪くないかなって」

「そうだな、皆君には感謝している。先日私のところに謝礼を持ってきた乙姫なんて、君に惚れているようだったし」

「乙姫……ああ、惜しいことしましたねほんと。でも、楽しいですししばらく続けてもいいかなって」

「ふむ。君には専門家になる素養があるのかもしれんな。まあ、しばらく続けながら進路を決めたらいい。それに、妖子ちゃんとの信頼も深まっているようだし」

「信頼、ねえ……まあ、いつも助けてくれるのはこいつだけですよ」


 ほんと、危ない仕事だ。

 いつも死にかけるし、女に騙されるし、罵倒されるし。

 でも、おかげで仲間が増えた。

 それもこれも妖子さんのおかげ、なのかな。


「おい須田……死ね……」

「夢の中でも言ってるよこいつ」

「はは、須田くんのことばかりだな、妖子ちゃんは。よし、今日はお開きだな。明日の十時に教授室でまた会おう」


 さっさと会計を済ませてくれて、しげぴーは去る。

 そして妖子さんを担いで、俺はアパートへ戻った。


 すると、


「須田君、今から狐をお持ち帰りですか?」


 アパートの前に麒麟が立っていた。


「あ、これは、その……」

「私が許しません。その子は私が預かります」

「いや、それは……」

「心配しなくても、寝込みを襲うような卑劣な真似、私がするわけないでしょ。一応神なので」

「そ、そうか。ならお願いするよ」


 正直な話、妖子さんを部屋に連れて帰るのは嫌だなあと思っていたところ。

 明日こそは本当に地獄で目が覚めそうだと覚悟していたので、助かった。


「ところで須田君、狐と何を企むのです?」

「え、いや、企むってほどのことは……明日、川姫の子のことで少し」

「無理はしないでくださいね。何事も命あっての物種ということです」

「うん、心配してくれてありがとう、りんさん」


 というわけで、麒麟に妖狐を預けてから帰宅。

 疲れていたのかすぐに眠りについた。



 朝。

 

 地震が起きて目が覚めた。


「うわー、揺れてる揺れてる!」


 ぼろ小屋みたいなアパートなので今にも崩れそうだと、慌てて外に飛び出すと。


 アパートの前で妖子さんとりんさんが向かい合っていた。


「おのれ麒麟め、寝首をかこうとは随分と落ちたものね」

「話を聞けといってるでしょうが、このバカ狐。あなたこそ、酔ったふりして須田君に取り入ろうだなんて、そうはさせないわ」

「何言ってるのかしらこのメンヘラ神獣は。神罰を下しすぎて頭おかしくなったんじゃない?」

「神を侮辱するとはいい度胸ね。いいわ、ぶっ潰してやる」

「望むところよ」

「うらー!」

「やめろー!」


 俺の制止もむなしく、二人は力を解放した。

 すると、一帯が激しく揺れ、やがてアパートはガタガタと、傾き始める。


「わー、地震ー!」


 慌ててカミラも飛び出してきた。


 そして俺と一緒にアパートを離れ、そして。


 ガラガラと、倒壊するアパートを見つめた。


「……あ」


 その時ようやく、麒麟と妖狐が冷静になる。


 俺たちは。


 住処を失った。

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