第35話 大きな川をどんぶらこ

 早々に二人で店を出た。

 別にやましい理由からではない。

 なんか嫌な予感がしたのだ。


 妖子さんもここをよく使うし、バッティングしたら嫌だなあとかそんな感じ。

 どうせ邪魔されるのがオチだ。でも、そうはさせない。


「春彦さん、次はどちらに?」

「ええと、この辺は何でもあるけど、行きたいとこあります?」

「……それなら、春彦さんのおうち、行きませんか?」

「え、いや、いいけど」

「はしたない年上の女と、罵っていただいても結構です。でも、私はできれば今日、春彦さんと一緒にいたいので」

「ぜ、全然! じゃあ何かコンビニで買って帰りましょう」


 あー、最高だ。

 これ確定のやつだ。パチンコならレインボーだ。

 もう、未来が輝いて見える。前途洋々だ。


 早速コンビニで飲み物とお菓子を買って。

 そしてすぐに部屋に戻る。


 ここにこうして女の人が来るのは何度目か。

 などといえば随分手慣れたチャラ男に思われるかもしれないが。


 しかし、何一つ成就しなかった俺が。

 今日は成し遂げる。


「あの、狭いけど適当に座ってください」

「はい。それよりここ、随分と妖気が濃いですね」

「この建物、半妖が結構住んでるんです。だからですかね」

「では、他の半妖の女性たちもここに来られたことが?」

「いや、仕事のことでたまに来る程度ですよ」


 こうやって心配されるのもまた、川姫が俺に好意を寄せている証拠か。

 うむ、この際メンヘラでもいいや。

 こんな美女、どこにもいないだろうし。


「あの、川野さん」

「ミキでいいですよ。春彦さん」

「じゃあ。ミキさん、これからどうします?」

「春彦さんは、どうしたいですか?」

「え、俺は……あの、そっちに行っても、いいですか?」

「はい。私もお隣失礼します」


 ベッドに座り、隣り合わせで肩が触れ合う。

 時々感じる彼女のサラッとした髪の感触に俺は酔う。


 そして横目で彼女を見ると、少し微笑みながらこっちを見ていた。

 その美しさに俺は、衝動を抑えきれなくなる。


「ミキさん!」


 もう、理性などなかった。

 飛び込んだ。美女という名の海に。


 ああ、もう何もわからない。

 何も感じない。何も見えない。何も……何も??


 あれ?


「あれ?」


 目をあけると、見知らぬ場所にいた。

 目の前には川がある。そしてその傍で子供が、石を積みながら遊んでいる。


 どういうことだ。

 俺は今、自室で美女と戯れているはずなのに。


「おい、そこのお前。石積をさぼるな」


 どこからともなく、野太い声がする。

 俺に言ってるのだろうか。

 しかし半信半疑なまま、俺はしゃがみこんで石を積もうとすると、「子供に言ったのだ」と。怒られた。


 そして、「さっさと川を渡れ」といわれ、俺は無意識に川に足をつける。

 冷たい。それはわかる。

 でも、足はどんどんと川の中心に向けて歩を進める。


 ああ、なんか気分が楽になってきたなあ。

 冷たいはずなのにあったかいというか。ぼんやりしてきたよ。


「……だ」

「ん?」

「……須田」

「須田?」


 ああ、そういえば俺、須田って名前だっけ。

 ゴミじゃなかったっけ。でも、よくわからないや。


「須田!目を覚ませ!」

「……あれ?」


 妖子さん?

 

「あれ、ここは……」

「あなた、三途の川を渡りかけてたわよ」

「え? な、なんで」

「死にかけてたからに決まってるでしょ。何してるのよ」


 川を渡ろうとする俺を無理やり岸辺に引っ張ってくれた妖子さんが、やはり機嫌悪そうに俺を見てくる。


「え、ええと。じゃあ、ここは」

「あの世とこの世の境ね。何やってんのよゴミ」

「あの、川姫は……」

「聞きなさい。川姫は魂を吸い取ってしまうの。それは意識的ではなく無意識に。だからあんたみたいなゴミがそんなのとずっと一緒にいたら魂が抜けてしまうに決まってるでしょ」

「そ、そんな……」

「というわけで、元の世界に戻りなさい」

「どうやって?」

「戻りたいと、強くイメージすれば簡単よ。私も幽体離脱なんて初めてだからふわふわしてるわ。はい、行くわよ」

「……はい」


 妖子さんの冷たい手をとって、俺は現世をイメージした。 

 すると吸い込まれるような感覚と共に、また意識が覚醒したような、そんな気分になった。


「はっ!?」

「春彦さん、無事でした?」

「え……うわっ!」


 目をあけると自室に戻っていた。

 そして目の前には川姫の姿が。

 思わず飛び退く。


「あ、あの……春彦さん、私」

「く、くるな妖怪! お前も俺を殺そうとしてたのか!」

「ち、違うんです。私は、ただ春彦さんが心配で」

「嘘をつけ! もういい、来るな! 寄るなよ!」


 今こうして現世に戻ってくると、さっきいた川がこの世のものでないと、はっきりわかる。

 それくらい冷たくて、静かで、怖い場所だった。


 ……死ぬってあんな感じなのかな。


「……春彦さん」

「気安く呼ぶな。もう出て行け」

「はい、わかりました……私はやっぱり、ダメなのですね。どうしても愛する人を危機に晒してしまう、そんな女なんですね……」

「ミキ……?」

「短い間でしたが、ありがとうございました。もう、二度と会うことはないでしょう。では、さようなら」

「あ、あの……」


 川姫は大人しく部屋を出て行った。


 あれ、あの子は俺を殺そうとしてたんじゃないのか?


「やれやれ、とんだ迷惑ね」


 入れ替わるように妖子さんが部屋に。


「妖子さん、さっきはどうも」

「須田。あんた、あの子について少し誤解してるわ。あの川姫が魂を吸い取るのは無意識に、よ。別にあなたを殺そうとしてたわけじゃない」

「え……じゃあ、あの子は」

「急に意識のなくなったあなたを心配して、私の部屋にきたわ。泣きながら、助けてくださいって。ほんと、いい子なのにもったいないわね」

「……それって、どうにかならないのか?」

「さあ。原因不明だけど確かなのは、好きだと思った相手の魂をより欲する傾向があるわね。だからあの子に関わっても、好意を持ってもらうほどリスクが高い。関わらないのが一番ね」

「……そんなの、悲しすぎるだろ」


 好きな相手ほど殺してしまう。

 そんな辛い運命が、あってたまるか……


「俺、あの子の力になりたいんだけど」

「それは親心? それとも下心? どちらにしてもろくなことはないわ」

「どっちでもあるしどっちも違う。俺のわがままだ。でも、手伝ってくれるか?」

「あら、急にシリアスな展開になってドキドキしてるところよ。いいわ、やってあげるわよ」


 ちょっとだけ後悔があった。

 勢いとはいえ、実際に死にかけたとはいえ、あの子にひどいことをいったなと。


 だから何とか助けたい。

 俺を好きにならなくてもいいから、あの子を救いたい。


 これは下心なしの、俺の大真面目な願望だ。

 

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