第34話 美人魔多し?

「須田っち、この前はごめんなー。でもまた仕事誘ってやー」


 翌日の朝、図々しく何様のつもりかも知らないが雪女が部屋に来た。


「俺との関係は金なんだろ。だったら金持ちのとこいけよ」

「まあそう言わんと。うちも忙しかってん」

「知らん。俺は誰も信用しない」


 とまあ、俺は。

 

 拗ねていた。


 たぬきを探す手伝いすらろくにしてくれないと、軽い人間不信ならぬ半妖不審に陥っていたのである。


「そんなん言うてたら枕返しに変な夢みさされるでー」

「次の妖怪のフラグを立てるな。もう懲り懲りだよ全く」

「またまたー、そんなあまのじゃくなことをー」

「だからフラグを立てるな!」


 枕返しやあまのじゃくなんて厄介な妖怪の相手、絶対したくねえよ。


「で、何の用だ。金ならないぞ」

「つれへんなー。須田っちにな、紹介したい女の子おってんけど」

「女? いや、どうせ仕事だろ?」

「それがプライベートやねん。まあ、半妖に変わりはないけどごっつべっぴんさんやで」

「何だと? ……いや、どうせお前の時みたいに変な目的があるんだろ」

「あらへんあらへん。須田っちの話したらめっちゃ興味あるって。しかもその子な、面食いちゃうねん。ええと思わへん?」

「なんかその理由で選ばれるのはどうかと思うけど……ち、ちなみにどんな子だ」

「写真あるから見てみいや。ほれ、可愛いやろ?」

「どれどれ……なんと!」


 つららの持つスマホに写る女性。

 それはこの世のものとは思えないくらい綺麗な、ギャル。


 しかもメイクが濃いやつではなくナチュラルな。

 それでいてホットパンツからのびる足の長いこと、細いこと、綺麗なことといえばまあすんごい。


 顔も好みだ。すっげ―好み。

 

「え、この子を? 俺に?」

「見た目はギャルやけどええ子やでー。多分おうたら一目惚れやで」

「で、でもこの子は何の妖怪なんだ?」

「川姫、ちゅうたら須田っちならわかるやろ」


 川姫。

 それは主に高知県や福岡県などの九州北部から四国南部に伝わる妖怪。

 

 川に住む綺麗な女性で、見た目は本当にただの人のような姿だそう。

 しかし川で佇む彼女を見ると、誰もがときめいてしまい、次の瞬間、魂を吸い取られてしまうという。


 伊豆諸島に伝わる海難法師なんかも似たようなものか。

 見ると死ぬ。なんともおそろしい妖怪だ。


「……いや、ダメじゃん!」

「でもこの子は魂食ったりせえへんから。ちょっと見蕩れてしまうくらいで、命の危険はあらへんで」

「う、ううむ。しかしなあ」

「須田っちなんか半妖やないと相手してくれへんのやから、腹くくらな。それに、この子まだ処女やで」

「そ、そうなのか?」

「もちや。こんなかわいい彼女隣に置いて、しかもその子の初めてまでいただくなんて経験、須田っちには二度とあらへんのちゃう? あーあ、他の男に紹介するんもったいない思たけどしゃーないかー」

「ま、待て! あ、会うくらいなら、いいぞ?」

「お、乗り気になってるやん。よっしゃ、ほな早速今晩誘っとくから三人で飲みに行こ」

「お、おう」


 ほなね、と。つららは去った。

 しかし、よく考えるまでもなく怪しい。

 つららが急に女の子を紹介してくる時点でかなり怪しいのだが、それ以上にあんなかわいい子が俺に興味あるだと? あり得ない。自分で言うのもなんだがあり得ない。


 大学生活でそれくらいのことは理解した。

 俺はモテない。ひどいくらいにモテない。


 だからこれは罠だとわかっている。

 でも、どうしても体が言うことを聞かない。


 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 その言葉だけがなぜか、俺の頭を支配する。


 危険上等。

 俺は命よりも美女との宴を所望する。



 というわけで夜。

 つららとの待ち合わせに決めていたいつもの居酒屋に到着。

 

 すると、


「お待たせ須田っち」


 手をふるつららがむこうからやってきた。

 そして隣には、絶世の美女が。


「初めまして須田さん。私、つららの友人で川野美姫かわのみきっていいます」

「あ、どうも。あの、須田春彦です」

「春彦さんですか。いい名前ですね。とても誠実そう」

「そ、そうかな?」

「あの、春彦さんって呼んでも、いいですか?」

「え、う、うん」


 なんともまあ、いい子そうだ。

 俺は彼女の美しい顔面から目をそらすことができない。


「ほな立ち話もなんやし入ろか」

「あ、ああ」


 というわけで三人で店の中へ。

 いつもの賑わう店内で、一応個室を用意してそこに入ると、なぜか川姫はつららではなく俺の隣に座る。


「あ、あの?」

「私、あまり人の視界に入るといけないんです。だからここで。その方が、春彦さんの体温も感じられますし……」

「あ、あの……」

「こらこら。あんまイチャイチャしなやー。盛り上がるんはこれからやで」


 というわけで。

 当たり前のようにビールを頼むつらら。

 そして川姫もビールを注文する。


「え、飲めるんですか?」

「お恥ずかしい話ですが、私、今年で二十一歳なので。もう、成人ですよ」

「と、年上?」

「年上の女なんて、やはり嫌いですか?」

「そ、そんなわけないですよ! むしろ年上女房は金のわらじを履いて云々なんて言葉もあるくらいですし、あはは」

「まあ、女房なんて……」


 おいおいおい。

 これ、須田史上一番いい展開じゃね?

 なんだよこの雰囲気。合コンならもう「二人で抜けてくるね」ってパターンじゃねえか。


「ほなかんぱいー」


 と。嬉しそうに酒を飲むつららには感謝しかない。

 そして同時に、早く帰れとも思ってしまう。


 早く二人っきりになりたい。

 これはいける。須田、いけるぞ!


「あの、春彦さんは半妖をお助けするお仕事をされていると、伺ってますが」

「え、ええ。まあ一応、悩み相談所みたいな感じですかね?」

「素敵。そうやって人のために尽くすお仕事をされてる方、心から尊敬します」

「い、いや、そんないいもんじゃないよ。それに顧客は人じゃないし」

「そのような謙虚なお姿も。私、春彦さんのこと、ちょっと気になっちゃうなあ」

「……」


 待て。待て待て春彦君。

 どうなってんだこれ? ついに俺にも春が来たのか?

 いや、来ただろ。桜満開だろ。


 横から感じる涼しげな空気、ほのかに香る女性のいい匂い、そして可愛らしくも澄んだ声。

 さらに見た目は人類史上最上級となれば文句はない。

 あ、これはダメな奴だ。この子の為に死ねるやつだ。


「つらら、二人っきりになりたいんだけど、いいか?」

「お、須田っちも気に入ったか。ええでー、関西人は空気を読むんが仕事やからな」

「恩に着る。あと、ありがとう」

「ほな、あとは若いもんでごゆっくりー」


 つららは去った。

 そして俺の隣には、美女が一人。


「春彦さん、この後お時間はありますか?」

「あ、ああ。もちろん。暇だもん、おれ」

「よかった。今日は春彦さんの事、もっと知りたいなって」

「……」


 ひゃっほー!

 と、心の中の俺は飛び跳ねた。


 今日は最高の夜になりそうだ。

 ああ、俺の頑張りは今日、報われるんだ。


 




 

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