第32話 化かし合い、馬鹿試合

「須田君、あーん」

「……」

「過去現在未来全てからあなたの存在を消すのと、あーんどっちがいい?」

「あーん!」

「うんうん、須田君はいい子ですね」

「……」


 麒麟が来た。

 若干モデルチェンジして、ヤンデレになって再登場。

 なんか見た目も変わった。


 美人な顔立ちに変化はないが、パーマを当てて髪を茶色く染めて、服装もカジュアルなパーカー姿に。


「あのー、なんで管理人に?」

「教授にですね、何かお手伝いできることはないですかって。でも、遠慮されるからちょっとだけあの世へ続く階段に御導きしたところ、快くここの管理人を任せてもらえることとなりまして」

「あんた職権乱用しすぎだろ! あの世へ続く階段!? 死にかけてるじゃねえかそれ」

「死にかけてる、というよりは正確には一度死んでますね」

「何やってんだよ!」


 しげぴー、一回死んだんだ。

 でも生きてるってことは……あのおっさんも妖怪なんじゃねえのか?


「そういえば須田君、事務所を持つのでしょう?」

「え、いや、あれは妖子さんが勝手に言ってるだけで」

「私、いい物件を知ってるんです。よかったらご紹介しますよ」

「まあ、どうせあの人のことだからやると決めたらやるんだろうな。うーん、安いのそこ?」

「結構広くて家賃はたったの五万円です。大学裏にあるので場所もいいですし、どうです?」

「う、ううむ。明日妖子さんに訊いてみるよ」

「はい、是非。では、あーん」

「……あーん」


 麒麟は随分と好意的になった。

 俺に何で作ったのかよくわからないスープをひたすらあーんして、それが終わると自分で作ったというプリンを冷蔵庫から出してきて、またあーん。

 

 お腹がいっぱいになったとこで、彼女はさっさと片づけをして出て行こうとする。


「では須田君、また来ますね」

「え、ああ、うん」


 ヤンデレな雰囲気を醸し出していたので、てっきりこのあと「泊まっていっていいですか?」とか、「私以外の人を見ないで」なんて言って迫られる展開を予想していたが随分と拍子抜け。


 あっさり帰る彼女に少しさびしさすら感じさせるくらいに、ほんとあっさりしていた。


「では、須田さん。また」

「ああ、また」


 でも、ほっとする。

 変な期待をして、結局変なことに巻き込まれるのがオチでしかない俺にとっては、こんな平和が一番なのかもしれない。


 うん。平和万歳。普通最高。


「あ、須田さん。今日は女の子と話しないでくださいね」

「え、なんで?」

「さっきのスープ、他の女と話したら即死する呪いを込めてますので」

「……え?」

「だってー、一日の最後に会話したのが私じゃないとか嫌じゃないですかー。その日の最後の思い出はずっと私がいいなって。他の女に上書きされるとか嫌なので。ね、そうでしょ?」

「い、いや……」

「須田君の最新の記憶には常に私が上書きされるように、そう頑張ろうって思ってます。では、今日は私のことだけを考えて眠ることをお勧めしますね」

「え、あの」

「では。おやすみなさい」

「……」


 呪われました。

 今日、他の女子と話したら即死だそうです。


 というわけで俺は、布団に入って口を塞いで、震えて眠る。

 夜の十一時過ぎに妖子さんから電話がかかってきたが、もちろん無視。

 電話に出たら死ぬ。

 即死。


 いや怖すぎるだろ!



 とまあ、俺もうっかりあの世に送られそうになった昨日を乗り越えて、朝。


 早起きした俺は優雅にコーヒーを楽しもうと、お湯を沸かしていたところで妖子さんが部屋にやってきた。


「あ、おはようございます」

「あんた、昨日無視したわね」

「いや、それには色々事情があって……」

「は? ゴミの分際で無視とか。地獄に突き落としてやるから覚悟なさい」

「そ、それはご勘弁を……」

「それにこれも。なによこれ、殺すわよ」

「ん?」


 手にもっていたのは大学新聞。

 毎朝、新聞部の連中がポストに投函していくのだが、一度も目を通したことはない。


「これがなにか?」

「ここをよく見なさい。ほら、私とあなたが写ってるでしょ」

「あ、ほんとだ……ってこの記事は?」


 小さな写真に収められていたのは俺と妖子さん。

 そして記事のタイトルは、『銀髪美人と凡人の熱愛!? 美女と魔獣』。

 しかも見ると俺と妖子さんが手を繋いでいる。合成か?


「……熱愛報道? なにこれ」

「大問題よ。私とゴミが熱愛ですって? 写真まででっちあげて、ふざけるのもいい加減にしろという話よ」

「まあ、一緒にいるだけで噂する連中はいるからなあ。別にガセなんだからいいんじゃない、ほっといて」

「ダメよ。もしこの報道を訂正できなかったら私はあなたを殺すわ。殺すしかなくなるわ。ていうか今ここであなたを殺すわ」

「こわいこわい! いや、訂正って言ってもどうやって」

「この報道。妖怪が絡んでるわよ。私の地位を失墜させようとしてこんな記事を書いたに違いないわ」

「考えすぎじゃないかなあ。今時合成写真なんて誰でも」

「いいえ、間違いないわ。まあ、めぼしはついてるけど」

「……それはちなみに?」

「たぬきよ。た・ぬ・き」



 狸。


 妖怪の場合は化け狸、古狸、怪狸かいりなどと呼ばれるそれは、人間を化かしたり何かに化けたりすると、大昔から言われ続けてきた。


 むじなまみなどとも言われることもあり、しかし一貫して伝わる伝承は、化ける、化かすことを中心に記述されており、その存在はゲームやアニメなどでも度々取り上げられている。


「ふむ、狐の天敵ですね」

「狸なんて低級妖怪、相手にならないわよ。でも、人に化けるから注意することよ」

「はあ。でも見抜けるのかな」

「完コピなんてマネはできないから、どこかに本人と違う点があるはずよ。それを見抜いて、捕まえて、そして殺せ。八つ裂きにして狸鍋にしてから山に捨てなさい」

「怖いって……」


 今回は依頼とは少し違う仕事。


 狸を探せ。


 これはお金になるのか?

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