第31話 鬼の悩み

「で、相談とは」

「ええいなんだその雑な言葉遣いは!わらわを誰だと思っておるのじゃ」

「もうめんどくさいからそれやめろ!」


 近くの喫茶店に入って、すぐのこと。

 中二病前回の彼女に怒鳴ると、すぐに大人しくなった。


「……ちょっといい感じだったのになあ」

「紅葉、初対面でそれはやめた方がいいって」

「初対面だからいいのに。ねえ須田さん、でしたっけ?私、女王様に見えました?」

「……ああ」

「そっか、やったー」


 まあ、見えるわけがない。

 何やってんだこの痛い女子高生は、としか思ってなかったが、こういう時は傷つけずにうまく同調するのが一番だ。


 うん、俺って大人だなあ。


「で、早速だけど、相談って?」

「あ、そうですね。でもその前に自己紹介。私は戸隠紅葉とがくれもみじ、鬼のハーフです。妖子お姉ちゃんとは親戚なんですよ」

「お姉ちゃん?」

「はい、私はお姉ちゃんって呼んでるんですけど、向こうは気安く呼ぶなって怒られてて」

「ふーん、お姉ちゃんねえ」

 

 あの人がそんな呼ばれ方するのはちょっと意外。

 でも、ということはこの子も妖子さんを慕ってるのか。

 うーん、あの人には何があるんだ一体。


「で、今日の本題。私、最近すっごく体が重くて、なんか吐き気もして、でも食欲があって、ちょっと変なんです。それで変なものに取り憑かれてないかとか調べてもらったんですが何も見つからなくて。この体調不良の原因を教えてもらいたくて」

「……ちなみに紅葉ちゃん、彼氏はいるんだよね?」

「はい!阿倍野正義あべのせいぎって言って、すっごく有名な陰陽師の末裔なんですよ。しかもイケメンで、もう事務所も立ち上げて、すっごいんです」

「……ちなみにこれ、セクハラになるかもだけど最近彼氏と……エッチした?」

「それ、すっごくセクハラですよ。それに相談のことと関係あるんですか?」

「ある。一応言えるなら訊きたいんだけど」

「仕方ないですね。まあ、一緒に住んでるので毎日してますけど」

「ちなみに、ちゃんとゴムしてる?」

「なんですかその質問は。須田さんって変態なんですか?」

「いいから。教えてくれ」

「してません。ありのまま、自然のままというのが私たちの方針ですから」

「……ああ、そういうことか」

「何かわかったんですか?私、どうしたらいいんですか?」

「とりあえず……産婦人科に行け!」


 妊娠してるだろお前!

 いや、どう考えても症状がそれしかないだろ。

 なんだこの茶番は!?


「え、産婦人科? なんでですか?」

「わかるだろ!これ以上言わせんな一応セクハラかなあって自覚あるんだよ俺にも」

「え、それって……須田さんが私を想像妊娠させたと?」

「なんでそうなるんだ! そんな力ねえよ!」


 そしてバカなのかこの女は。


「紅葉、もしかしておめでたかもってことだよ」

「え、ほんと!? じゃあ私、赤ちゃんできたの?」

「あららー、いいじゃんいいじゃん! めでたいねー」

「わーい、ありがとう須田さん、私病院行ってきまーす」

「……」


 鬼は去った。

 でもあの子、ナナちゃんと同級生ってことは高校生なんだよな?

 色々大丈夫なのか? いや、未成年で酒飲みまくってるやつもいるしなんとも言えないけど。


「で、これで終わり?」

「いやー、私もそうかなあって思ってたんだけど言いにくくて。須田さんのおかげです、ありがとうございます」

「俺は何もしてないけど……で、妖子さんに報告しておいた方がいいかな?」

「そうですねえ。電話してみてください」


 今回はやけにあっさりと仕事が終わったもんだなと、何気なく妖子さんに電話をかける。


「もしもし、何よゴミ」

「妖子さん、紅葉ちゃんの相談終わりましたよ」

「あ、そ。で、なんだったのよ原因は。須田ゴミの神に取り憑かれてたとかそんなオチ?」

「悪口を挟むなよ……いえ、多分あれ、妊娠してましたね」


 そう告げると、妖子さんが黙り込む。


「……」

「妖子さん?聞こえてますか?」

「……す」

「え?」

「殺す。あのガキ、殺す」

「……へ?」

「須田、あの女どこに行った?」

「え、いや、病院に向かったのかなと」

「病院ごと燃やしてやる!おのれ!」

「おーい……」


 ブチっと電話が切れた。

 どうやら妖子さんはご立腹の様子だ。


「……めっちゃ怒ってた」

「あはは、妖子ちゃんらしいなあ。でも大丈夫、ほんとに殺したりしないから」

「まあ、それはわかってるけど。で、ナナちゃんはこれからどうするの?」

「妖子ちゃんがあの調子なんで帰ります。今度は彼氏連れてまた改めて」

「そっか。じゃあ駅まで送るよ」


 怒っていた妖子さんを放置して、ナナちゃんを駅まで送る。

 別れ際にナナちゃんは、「頑張ってくださいねー」と、元気よく俺に声をかけてから改札の向こうに消えていった。


 うーん、いい子だ。

 ろくろ首だというのに結局一回も首が伸びなかったけど。いい子だ。


 俺の周りにもあんな子ばっかなら平和なのに。


 ふう。嘆いても現状は何もかわらない、か。


 とりあえず、今日は妖子さんの機嫌も悪そうだから、大人しく家に帰って引き籠っておこう。


 触らぬ妖狐に祟りなし、だな。


 俺はさっさとアパートに帰る。

 ご立腹な妖子さんに遭遇しないように慎重に。気配を殺すようにそっと部屋の中へ。


「おかえり、須田君」

「ああ、ただいま。疲れたよ……って、え?」

「お引越し、やっと終わったんだよ。でね、今日はご挨拶兼ねて夕食を振る舞おうかなって」

「……」


 帰ったら人がいた。

 否。麒麟がいた。


 可愛い女の子の姿をした。麒麟だ。


「りんさん、どうやって入ったんだ?」

「え、鍵なんて神の前では……いえ、愛の前ではそんなもの無力ですよ」

「愛の力で無力になるセキュリティってなんだよ!」

「まあまあ。それより、ご飯作るんで食べてくださいね」

「待て。引っ越しは何号室だ?」

「え、ここの管理人になったので。だから合鍵使い放題なんですよ」

「はあ!?」


 麒麟が来た。

 アパートに来た。


 否。

 麒麟にアパートを乗っ取られた。

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