第24話 誘惑は突然に
「須田っち、今日うちに付き合ってくれへん?」
麒麟の引っ越しに絶望する俺の元に、雪女から電話がかかる。
要件はひとつ。
男ものの服を買いたいからついてきてほしいとのこと。
つららはどうやら男にプレゼントを送りたいそうだ。
それが誰なのか、一応気にはなるので俺もその誘いを受けることに。
待ち合わせは大学前。
皆、勉強に部活にサークルにと忙しそうにしている中で、俺だけまだ一度も大学の授業を受けれていないのはどういうわけか。
しかし、まあ役得というのもあるわけで。
「おまたせ須田っち。ほないこか」
美人とお買い物ができるのだから、授業どころではない。
ほれみろ、真面目に学校に行ってるやつらが俺のことを羨ましそうに見ている。
つららクラスの美人を連れて歩けるなんて、役得以外の何者でもない。
うーん、ようやく大学生活を満喫してる感じになってきたかー?
「そういえばどこいくんだ?また廃ビルとかはごめんだぞ」
「あはは、もうええっちゅうねんそれは。今日はちょっとプレゼント送りたい男の子がおってな、その人向けに服買おうと思って」
「ほー。恋多き女だなお前。ちなみに相手はどんなやつだ?」
「同じ学年の社会学部におる菅野っていうてな。イケメンなんやこれがまた」
「ふーん、イケメンねえ」
どうしてイケメンって、ただ顔のバランスがちょっと人よりいいだけで女の子にモテるんだろう。
結局歳取ったら一緒だし、なんならそいつ禿げるかもしれないってのに。
「いいよなーイケメンって。俺も彼女ほしいよ」
「なんや須田っちってあの狐と付き合ってへんの?てっきりデキとるとばっかりおもとったわ」
「な、なんで俺が妖子さんと……んなわけないだろ。お前殺されるぞ」
「あはは、言い過ぎやて。でも、それならそんな回りくどいのはいらんか」
「ん、何の話?」
「こっちの話。やっぱり服はええわ。腹減ったから飯でもいこ」
「お、おう」
なんかよくわからんが、結局買い物デートから飯デートになった。
いや、デートと呼ぶのはいささか図々しいが、俺に取っては美女との同伴はもはやデート。
たとえこいつに好きな奴がいたとしても、一瞬の隙をついて……
って昨日これで躓いたんだよな。
うん、反省して自重しよ。
「さーて何食おうかなー。須田っちは食べたいもんある?」
「今日はあっさりしたものがいいな。最近肉ばっかで」
「贅沢しとるなー。どうせあの狐に付き合わされとんやろ?」
「まあそうだな。あの人は俺のことをなんだと思ってんのかねえ」
「さあ。須田っちにはわからんやろなあ」
「なんだよその意味深な言い方」
「さーねー。それより、パスタにしよっか」
ちょうど駅裏にうまい店ができたんだと、雪女にそう言われてついて行くと、住宅街の中に綺麗な喫茶店が一軒できていた。
「へえ、こんなところがあるなんてな」
「ほんま昨日オープンしたばっかやで。はよいかな混むし、ちゃちゃっと食べてまお」
評判の店だという割に、まだ昼前とはいえ店内には誰もいない。
テーブルが五つある小さな店の店内はとても静かで、BGMも何も流れていない。
少し不気味だな。
「おい、あいてるのか?」
「おっかしいなあ。すんませーん」
つららが大きな声で呼ぶと、店の奥から人の姿が。
「あら、いらっしゃい。カップルかしら?」
なんともセクシーな女の人が、ビリビリに破れたジーンズとへそ丸出しの短いタンクトップ、というかもはやスポーツブラみたいな恰好で出てきた。
「え、あ、あの、あなたは?」
「え、ここの店のものだけど。それより飯食べにきたんじゃないの?」
「は、はい。ええと」
「どこでも座りなよ。ガラガラだし」
そう言われて手前の席についたが、俺は彼女から目をそらすことができない。
なぜかって?そりゃあもちろん。
美人だから。
茶髪に少し浅黒い肌。大きなたれ目にぷりんぷりんの唇。
そしてあまりに抜群のスタイルだ。
妖子さんははっきりいってツルペタって感じ。
帯を巻いてるからかもしれないが、多分あれはあってもBだ。
カミラも同じく。
細いというのはいいのだけど出るところが出てないとやはり色気がない。
つららはというと、確かにバランスがいいし出るところはしっかり出てる。
男が一番好きそうな体型とも言えそうだが、しかしインパクトという面では少々足りない。顔で補ってる感が否めない。
それに比べてこの人はどうだ。
はち切れんばかりの凸に極限まで絞ったようなウエスト、それに長くもありムチムチ感もあるあの足。蹴られてみたい。
男の理想、というかこの世の理想みたいな姿だ。
それに加えて美人だというならもう彼女こそが理想郷。
俺は郷に帰りたい。
「須田っち見過ぎ」
「え、ああすまん……いや、でもあの人すっごい美人だな」
「女の前でそれ、失礼やで」
「ご、ごめん。でも、なんだろう。なんであんな美人がやってて旨いって評判の店なのにこんなに誰もいないんだ?」
「さあ。それはうちにもわからへんけど、まあ空いてる方がええやん」
「そんなもんかな」
しかしいくら待てども、さっき頼んだパスタが出てこない。
暇なはずなのにどうしてだろうと、少しイライラしながら水を何度も飲んでいると、そのうちグラスも空になる。
「すみません、お水ください」
振り返って、誰もいない店内に響くくらいの声で呼んでみた。
しかし反応がない。
「……ったく。なんだよこの店。つらら、もう出よう……っておい、つらら?」
「……すー、すー」
「寝てる?」
つららは、椅子に座ったまま気持ちよさそうに寝息を立てている。
こんな真昼間から店で寝るなよと、呆れていたその時に足音が聞こえた。
いい匂いもしてきた。
ようやく料理がきたんだ。
「おいつらら、飯ができたみたいだぞ、起きろよ」
「……」
「おい、どんだけ熟睡して」
「起きないわよ、その子」
「へ?」
後ろから声がして、振り返るとそこにはさっきのお姉さんが。
お姉さんが、さっきよりも一段とセクシーな、ボンテージ姿でそこにいた。
「え、あの、その恰好……」
「その子には眠ってもらったの。それより、なんであなたには通用しないのかしらね、私の色香が」
「な、なんのことですか?眠ってもらった?なんで」
「あなたをいただくのよ。ここはそういう場所。獲物にしか見えない特別な場所なの」
「え、獲物?」
そこまで話したところで察した。
この人、普通じゃないと。
そしてこの店もまた、普通ではない。
「あ、あの俺、帰ります」
「そんなことしたらこの雪女、消すわよ」
「え、なんでつららが雪女だって」
「あら。だって」
だって。
その後の言葉はなんとなく想像がついていたけど、やっぱり訊いて驚いた。
「私、サキュバスなの」
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