第23話 男と女なんて

「狐……お前須田君に何をした」

「呪いをかけたのよ。あなたに欲情したら発動する呪いを。私の呪いが先に発動してるから、後から他の力を加えるのは無理よ。例えそれが神の力だとしても、ね」


 プッと葉っぱを捨てて、妖子さんはドヤ顔のままりんさんの方へ。


「よ、妖子さん助けにきてくれたのか?」

「いいえ殺しにきたわ。あとで野槌の胃の中でドロドロにしてやるから覚悟なさい」

「い、いや、あの、これはだな」

「どうせ仮とはいえ付き合おうとしてるわけだからお互いを知るためにエッチをしてもそれは許されるんじゃないかって安易に思って彼女の本心に気づかずにラッキーくらいに思ってたんでしょこのドスケベが」

「返す言葉もございません……」


 でも、さっき言ってた呪いって、なんだ?


「お前、俺を呪ったのか?」

「失礼ね。こういう呪術とかってのは先にかけた方が有効だからそうしてあげたのよ。あなたのことだからどうせこの女にホイホイついていくに決まってると予想しての私の頭脳プレイよ」

「そ、そうなのか……で、呪われたらどうなるんだ?」

「私が呪いを解かないとあと数分で死ぬ」

「こええよ!もっと他になかったのか?」

「別にあるけど一番強烈なやつにしておいてあげたわ。ていうか死ね。この変態」

「うぐっ……」


 なんか怒ってる。

 また、俺がハニートラップにかかったから怒ってる。


 なんかいつもこうだよな……

 でも、怒ってる割に助けにきてくれるのもこの人らしいところだけど。


「邪魔しないで。須田君は神を欺いた。だから殺すのよ」

「欺いてはないわよ。あなたと本気でエッチしたいと思ってたに決まってるわ」

「そ、そんなことは」

「あるのよ。男ってのはね、ほら、昔のラブコメアニメの歌にでもあるでしょ?いくつも愛を持つ生き物なのよ。浮気願望なんて消えないし、好きな人がいても可愛い手軽な子がいたらそっちにいっちゃうし、こんにゃくみたいな意思しかないのよ。でもね、それも全部嘘じゃない。好きな人を好きと思う気持ちも、可愛い子と遊びたいという邪念も、結局全部本音なのよ。わかるかしら?」


 妖子さんの言葉は男の俺にはとってもよくわかる。


 ていうか、俺の意思なんてこんにゃくどころの騒ぎではない。

 可愛い子なら誰でもいいなんて、そんなことばかり思って過ごしてるから誰にも本気で相手してもらえないんだろうなきっと……


「き、詭弁よ!そんなの私は認めない」

「あなたが認めるか認めないかじゃなくてそれが事実。今まで男関係で散々痛い目にあったのならわかるでしょ?それよりも、あなたがその事実に目を伏せて天罰と称して人を傷つけるなんて、それこそ神の力を使った横暴よ。あなたたち神様みたいに清廉潔白ではいられないのよ、私たちは」


 そうだそうだと、俺は心の中で妖子さんを応援した。

 すると、なぜか息が苦しくなる。


「うぐっ……よ、妖子さん、息が……」

「あら、そろそろ呪いの力が全身をめぐるころね。どうかしら、反省した?」

「し、しました……しましたから……」

「もう二度と、私以外の女を見ても可愛いと思わないと誓う?」

「ち、ちかいま、す……」

「じゃあ他の女子には挨拶代わりに「ブス、死ね」と言える?」

「い、いえ……言えるか!」

「じゃあ死ね」

「言います言います!言いますから許して!」


 もう涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 死にたくない一心で妖子さんに謝り続けてようやく、俺の呼吸が止まる寸前で呪いから解放された。


「がはっ……はあ、はあ。死ぬかと思った……」

「なんでこんなゴミを助けないと行けないのかしらね、私って。あーあ、あんたなんかさっさとカニ女にでも騙されてナニをチョッキンされてしまえばいいのよ」

「お、俺だって大学生なんだから彼女くらい欲しいんだよ!それに今回はお前がりんさんに俺を薦めたくせによく言うよ!」

「仮だから欲情するなと伝えたはずよ?それとも何?あなたは紹介された女の子は全て自分のことを好きだとでも思ってるわけ?一回鏡で自分の顔を見て吐いてこい変態」

「自分の顔で吐くやつがいるか!お前こそ美人かどうか知らんが性格も口も最悪なくせに変な恋愛本とか出すなよこよ自意識過剰女!」

「何ですって?もう許さないわ。私のベストセラーをバカにした罰は死んだくらいじゃ足りないわよ」

「どうせ大して売れてねえんだろ」

「百万部よ」

「めっちゃ売れてんな!金持ちじゃねえかおまえ!」

「そのお金を全部株で溶かしたのだから仕方ないでしょう」

「やっぱクズはお前だよ!」


 もう息を付く間もない口論だった。

 内容は本当にどうでもいいことばかり。

 しかし。


「あー、もういいわよあんたたち。なんか白けたわ」

 

 急にりんさんが、つまらなさそうに言う。


「何よ仲良しじゃないあんたたち。さっきから聞いてたら痴話喧嘩そのものよ」

「聞き捨てならないわねそれ。この男とそんなスキャンダルが立つくらいならこいつが死んだ方がマシね」

「お前が死ねよ!」

「とにかく、妖狐の言ってることはよくわかったし、私ももうちょっと男ってものを見つめ直してみるわ」


 よくわからないけど、りんさんが何かに納得したようだ。


 そして、さっきまで長く伸びた角が消え、そのまま部屋を出ていく。


「あ、須田君。私、さっき言ったこと嘘じゃないから」

「何の話?」

「いえ、いいわ。じゃあまたね。あと狐、私に負けたくなかったら素直になることね」

「何のことかしらね。あまり御託を並べてると神であろうとやっちゃうわよ」

「はいはい。じゃあね二人とも」


 麒麟は行く。

 そしてさすがに今回も違うだろうと思いながらも一応彼女を見送ろうと

外に出ると、すでに彼女の姿はなかったので一安心。


 彼女もまた、ここの住人ではなかった。


「はあ……今回ばかりは死を覚悟したよ」

「ほんと、ゴキブリみたいな生命力ね。あ、だからゴキブリホイホイにまんまと引っかかるってわけね。このゴキブリ」

「……それより、ポイントカード。これ返すよ。貯まったから一回無料だって」

「じゃあ食べに行くわよ。一人焼肉とか寂しい女の典型みたいで嫌だもの」

「さっき食べたばっかだよ俺……」

「何よ私と行くのが嫌なのゴキブリのくせに」

「わかりましたわかりました。付き合うよ」

「そうよ、人間素直が一番よ」


 私は半妖だけれども。

 そう言って妖子さんは、カカカと高笑いしながらさっさと部屋を出ていった。



 麒麟の悩みを解決した?翌日のこと。


 今日は朝から外が騒がしい。


「うるさいなあ……引っ越しか?今の時期に誰がこんなボロアパートに……ん?」


 窓から下を見下ろすと、引っ越しのトラックのそばに見たことある人物が。


「あら、須田君。昨日はどーも」

「な、何してんだお前?」

「え、引っ越し。ここの一階に住むことにしたの」

「な、なんで?」

「ふふっ、なんででしょう。でも、私はあなたに興味ができたわ。お引越しでちょっと忙しいけど、落ち着いたら遊びにいくから。これからもよろしくね、須田君」


 またしても。

 俺の住むアパートに住人が増えた。


 それは麒麟。


 神獣と崇められる絶対的な存在にして神に等しい力を持つもの。


 そして。


「須田君のために私、頑張っちゃうぞー」


 どうやら本当に、俺のことを好きなようである……。

 お引越しとやらが永遠に落ち着かないことを願うばかりである……。

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