第22話 神に嘘は通用しない
妖狐に麒麟の相手を押し付けられて、今二人で大学前を歩いているところ。
「ま、まずは何をしたらいいんだ?」
「男女が互いをよく知るためにはまず、お食事に行くのが作法であるとあるお方の本で読んだことがあります」
「ほー。なんて本だよそれ」
「確か『妖狐が教える男を惑わす百の方法』だったかと」
「それ絶対あいつの本だろ!え、あいつ執筆とかしてんのか?」
しかも、処女のくせにそんな本出してんのか?
「まあしかし飯はいいかもな。ええと、何か好きな食べ物とかは」
「私は基本的になんでも。何かおすすめはありますか?」
そう聞かれて、うーんと悩んでいるところにフラフラと。
目の前に管狐が現れた。
「イズナ?」
「おう。妖子からこれを渡すようにとな」
「……ポイントカード?」
先日行った焼肉屋のポイントカードを渡された。
そこには『玉藻妖子』と書かれている。
「あと一回で貯まるからここに行けとのことじゃ」
「まじで勝手なやつだな……わかったよ、いくよ」
「あ、それとの。麒麟との仲はあくまで仮。お試しじゃから変な気はくれぐれもおこすなと。したら、神罰ならぬ妖罰がくだるとのことじゃ。ではの」
と言って。イズナは消えた。
「……なんだったんだよ一体」
「須田君、あれは」
「ああ、妖子さんの、まあ、使いだ。それより飯は焼肉屋にしよう」
というわけで二人で焼肉屋に入る。
すると、店内の客が少しざわつく。
それはそうだ。
こんな安い焼肉屋になど似合わない美人のりんさんを、こんな安っぽい見た目の俺が連れてるんだから。
でもまあ、悪い気はしない。
というより、これは考え方によってはチャンス?
そうだ。これはまたとないビッグチャンス。
なぜって?だってこの麒麟は俺と交際する前提で遊んでるわけだし。
今日意気投合して、仮にも付き合おうとなれば人生で初めて彼女ができる。
それに、神罰がどうのこうの言ってたけど、要するに別れなければいい話。
おいおい、今日俺は彼女どころか生涯の伴侶まで見つけちまうってか?
「なんか騒がしい店ね。いつもこんなところに来るの?」
「まあ、安いし。妖子さんはよく食べるから食べ放題じゃないと財布がもたないんだよ」
「ふーん」
そういやここで散々宴会してからボウリングとかやったなー。
うーん、りんさんもそういうノリ好きなのかな?
「さて、何食べる?」
「私はこの野菜盛り合わせで」
「え、肉は?」
「私、ベジタリアンなので肉は食べないの。でも遠慮しないで。人が食べてるのまで文句は言わないし」
「……じゃあ焼肉屋じゃないほうがよかったよな」
「私に合わせる必要はないわ。これでも空気は読める方だし、一応男に尽くすタイプの人間だと自負してるから」
「あ、そう」
なんかやりにくい。
というより居心地が悪い。
なんだろう、最近自由奔放なやつらとばかりつるんでいたせいか、こう真面目なタイプといると肩が凝る。
「じゃあ俺は盛り合わせで。さてと、気が早いけど食べたらこの後どうする?」
「セックス、します?」
「ぶふぉっ!」
突然の流れに飲んでいた水を思いっきり吐いた。
え、今なんと?
「え、あ、あの?」
「だって、そういうのって相性が大事と聞くし、付き合ってからいざ行為に及んで幻滅なんてことの方が傷つくだろうからさっさと済ませておいた方がよくないかなと」
「い、いやいやそういうのには流れというものが……ん? 待て待て、じゃあお前は俺と寝てもいいって言うのか?」
「継続するかは別として、一度するのは交際を望むものとして当然の義務かと」
「……」
おい。
何こんなところで呑気に飯食ってんだ俺!
もっとやるべきことが、見つかったぞ!
「そ、それじゃあさっさと食べて、お、俺の部屋に行こうか。うん、それがいい。そうじゃなきゃダメだよな、あはは」
「嘘ですよ試してみただけですあなたはやっぱり下衆なので絶対に触れないでくださいね」
「……はい」
試された。
そして嵌められた。
ハメようと考えて沼に嵌った。
「はあ……どうして男の人ってそういうことをしたがる連中ばかりなのか。もっと、そんなの無しにでも以心伝心できるような、心のつながりを大切にしたパートナーというものを求めて欲しいものね」
「……お言葉だけど、そりゃ気になったりいいなと思う相手とはそういうことしたいって普通に思うだろ。俺の場合はまあ可愛いなら誰でも嬉しいけど、それもまあ若い男ならあるあるだろうし」
「ではあなたに質問。私とあの狐と、どちらと寝たい?」
「え?」
突然の質問に困る。
いや、これは困る。
どっちを選ぶべき、なのか。
仮に麒麟を選んだら、妖子さんにあとでなんと言われるかだし、逆だとすれば彼女を傷つけるかもしれない。
「な、なんでそうなる?別に俺は」
「どっちも、なんてクソみたいな答えはいらない。私だというのなら、まあ特別に抱かせてあげてもいいかと思ったけど」
「りんさんです、はい絶対りんさんです」
目の前の欲に負けた男子大学生の姿が、そこにはあった。
まあ、俺のことだ。
「そ、そう?でも、それはなんで」
「抱けない芸能人より抱ける一般人というのが俺の持論なので。いただけるものは素直にいただく主義なので」
「……なんか素直ね、あなたって」
「あ、いや。まあ、俺なんてどうせ拗らせ童貞だから本音を隠しても仕方ないかなって。したいことはしたい、っていうのが一番かなと」
「ふふっ、なんか変。でも、面白い人」
「ま、まあ」
おろろ?
これは俗に言ういいムードというやつでは?
なんか勢いとヤケクソでベラベラ喋りまくってたのが功を奏したか?
いや、そうに違いない。
……ってこれ何回目だよ。
もう勘違いしないぞ。うん、これは罠だ。
「ま、まあそういうことだから。食べようぜ」
「……須田君」
「はい?」
「部屋、行ってもいいかな?」
◇
焼肉屋で何を食べたかなんて覚えていない。
すぐに肉を食べ終えてお金を払ってから、俺は無心でアパートに帰宅した。
そして、俺の部屋の風呂場には、さっき知り合ったばかりの美人な半妖が。
部屋に残された俺は一人考える。
今度こそ間違いない。
今から俺は、エッチをするんだ。
思えば、お試しとはいえ俺とりんさんは恋人(仮)みたいな感じだ。
そして俺が彼女の伴侶になれば彼女の悩み事は解決なわけで、俺には人生初の彼女ができて童貞は捨てられて。
あの妖狐も出し抜いて、一石で何匹の鳥を落とせるのかというほどに俺にとってはいい事尽くめ。
キタ。キタコレ。
じいちゃん、俺を大学に行かせてくれてありがとう。
「須田君、いる?」
「はい、いますよ」
風呂場からりんさんの声が。
俺は正座して部屋の中央にてスタンバイ。
「須田君、覚悟はできた?」
「も、もちろんです!もう、身も心も捧げる覚悟です!」
「その言葉に嘘はない?」
「う、嘘はないです!」
「ならよかった。もうすぐ出るから、待っててね」
「は、はひ!」
もう限界だ。
この高揚感はやばい。
でも、最初くらいは節操のない感じではなく、まったりと初々しい感じで迎えたい。
落ち着け須田。お前はやれる子だ。
ふー。よし、いける。
これから俺は、チェリーボーイではなくな……
「あ、あれ……なんか体が……」
動かない。
しかし部屋には誰もいないし、これは一体?
キュッとシャワーが止まる音がした。
そして風呂場から、りんさんの声がまた。
「須田君、体は動く?」
「え、いや、それがなぜか動かなくなって」
「……そう。あなた、嘘をついたのね」
「へ?」
風呂場からりんさんが出てくる気配がする。
そして部屋に入ってきたのは、なんと大きな一角を頭につけた、鬼のような半妖。
「あ、あれ……りん、さん?」
「あなた、神に嘘をつくなんてなんと罰当たりなことを。死をもって償いなさい」
「う、嘘なんて言ってない!俺は、俺はただ」
ただ、やりたかった。
それだけなのに……
「須田君。あなた以外の他の人もそうだったけど、みんな最初は私のことをいいと言って近づいてくるの。でもね、私と添い遂げる覚悟があるかと聞くと、口ではいいことを言うくせに本音では何の覚悟もできてない連中ばっかり。結局やりたいだけ。それが男。それが人間よ。そんな愚かな連中は死ねばいい。私が直々に天罰を」
「い、いやいや嘘は言ってない!」
「嘘よ!だって、あなたは私とこれからエッチをするというのに別の人のことを考えていた。神の前で嘘は通じない。あなたが言うことが嘘でなければ、その体は動くはず」
「ほ、他の人のことなんて……」
考えていない、つもりだった。
でも、しっかり考えてはいた。
ここで彼女とエッチをしたら、妖子さんとはこれからどんな関係になるのかなあとか、彼女いるのに妖子さんと二人で一緒に仕事とかって許されるのかなあとか、俺のせいでやけくそになってしげぴーに抱かれたりしないかなあとか。
妖子さんのことばかり考えていた。
「……すみません」
「謝っても無駄です。あなたはもう死ぬのです。でも、これだけは言わせてください。あなたみたいな人のこと、ちょっといいなって思ったのは本音です。私、素直な人は嫌いじゃない」
「り、りんさん?」
「なのに。せっかくいい人と出会えたと思ったのに!悔しい!死ねー!」
「なんか最後おかしいってー!」
彼女の角から稲妻が。
それが俺に向かってくるのを見て、流石に死を覚悟した。
ああ。どうして俺は妖子さんのことなんか考えちまったんだろう。
あんな女のことなんて忘れて、欲望に身を任せてたらよかったのに。
あーくそっ、最後まであの人のことを考えて死ぬなんて。
ほんと、迷惑なやつだ……
稲妻が俺の目の前で広がる。
これで俺は本当に、あの世行きだと覚悟した。
しかし。
「あ、あれ?なんとも、ない?」
「バ、バカな……どうして神の与える罰が効かない?」
俺の前で彼女の力が消えた。
どういうことだと、俺も彼女も戸惑っていると、玄関が。
飛んできた。
「わー!」
「ふふっ、こんなこともあろうかと、あなたに呪いをかけておいて正解だったわね」
「よ、妖子さん?」
玄関の先には。
なぜか葉っぱを咥えてドヤ顔の妖子さんがいた。
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