第21話 麒麟だって恋がしたい

 麒麟とは。


 もちろん首の長ーい動物園にいるキリンとは違う。


 麒麟は獣類の長と称され、鳥類の長たる鳳凰と対になるほどの存在である。


 なんなら伝承によれば、かの四神と称される青龍、朱雀、白虎、玄武の長とも呼ばれ、神の使いとされる神聖な生き物である。


「な、なんでそんな大物が?」

「知らないわよ。ていうかあれはもう妖怪の域を超えてるわよ。麒麟を傷つけると天罰が下るとも聞くし、絡みたくないのよね」

「で、でも教授に任せてたって埒があかないだろ」

「はあ。気が乗らないわ。私って、小者をいたぶるのが好きなのに」

「最悪だなお前」


 もう嫌すぎて帰りたいと顔に書いている妖子さんをなんとか説得して大学に戻り、一度教授の部屋へ。


 ちなみにつららはバイトがあるからと言って帰った。


「おお、二人とも早かったな。今から麒麟の子がやってくるんだが、いやはや私では手に負える相手ではないからな」


 しげぴーは部屋の椅子に腰かけながらコーヒーを飲んでいた。

 そういや人のこと言えないけどこの人も授業とかどうしてるんだ?


「しげぴー、相手は選んでって言ったでしょ」

「すまん妖子ちゃん。しかしどうしてもと言われてな。頼むから話を聞いてやってほしい」

「だそうよゴミ。あなたが話を聞きなさい」

「お前も来いよ。聞くだけだったら楽なもんじゃないか」


 俺たちは早速その麒麟と会うことにした。

 会うのはいつもの食堂。


 待っている間も妖子さんはイライラが止まらない。


「あー、人を待たせるとか神を名乗る割に大したやつじゃないわねー」

「神罰が下るぞお前」

「いいのよ、神様なんて結局ろくなもんじゃないでしょうし」

「あら、随分な言い草ね」

「……出たわね」


 俺の背後から声がした。

 振り返ると、そこには黒い髪を腰くらいまで伸ばした和風な女子が。


「き、君は?」

「私、五神ごのかみりんといいます。これでも麒麟の血を受け継いだ半妖、半獣ともいうべきかしら」

「き、君が麒麟?」


 今回の依頼者、麒麟の血を持つ半妖。


 その見た目はまるで実写の日本人形。

 大きな瞳に低い鼻、赤い唇に和服。

 特徴的な黒髪はどうやって手入れしたらそうなるのかというほどにつやっつやで真っすぐ伸びている。


 綺麗。というのが最初の感想だが、妖子さんとはまた違った美を持っているといえよう。


「で、相談相手が妖狐とは私も落ちたものね」

「神様が妖怪の王たる私に相談とはね。もう格付けは済んだのかしら」

「へえ。それじゃあ昔のように神々対妖怪で果し合いと行こうかしら」

「先祖の敵をとってやるわ。行くわよ」

「待て待て!ここ食堂だぞ!」


 大学の敷地内で妖怪大戦争なんて始まったら死人が出るどころの騒ぎじゃねえよ。


「妖子さん一回落ち着いて。話を聞くんでしょ」

「そ、そうね。ふん、いいわ座りなさい」

「言われなくても座ってるわよ。命令しないで」

「あなたが遅いからよ、グズ」

「目が見えてないのかしら、カス」

「何を」

「やるか」

「待てって!」


 ダメだ、この二人相当なまでに相性が悪い。

 ここは俺がなんとかするしかない。


「えっと、りんさん、だっけ?よかったらコーヒーでも飲まない?俺、奢るからさ」

「あら。あなたは人間?それなのに私が麒麟だと知っても驚かないのね」

「うーん、過酷な状況のおかげで免疫ができたんですかね」

「そっか。ふーん。あなたみたいな人、いたんだ」


 その瞬間、彼女の大きな目が俺を真っすぐ見つめていた。

 

 こ、これは?

 ……今度こそ惚れたか?


 いや、そうと断定するのはいささか時期尚早だが、しかし妖怪に偏見を持たない俺に対して、なんて優しい人なの!ってくらいにはなってるはずだ。

 よし、第一印象はばっちり。こっから更なる飛躍を遂げてやるぜ。


「コホンっ。おれは妖怪なんてもので差別したりしない。どうあっても同じ生き物に違いないだろ」

「私をあなた達のような下等生物と同じにしないで。天罰を下すわよ」

「え、あ、ごめんなさい……」


 怒られた。

 なんか知らんけど神様に怒られた。


 え、明日目が覚めたら存在消されてたりしないよね?大丈夫かな……


「まあいいわ。それより相談というのは他でもなく、私の伴侶についてよ」

「伴侶?随分大袈裟な言い方だろうけど、それって恋人を探してるってこと?」

「そんなものじゃない。私の運命の人よ」

「運命の、ひと?」


 真面目そうな顔で、真剣にそう語る麒麟。

 しかし俺は思った。


 何言ってんのこいつ?


「あんた何言ってんの?」


 妖子さんは口に出してしまった。


「運命の人なんているわけないじゃない。そんなものを期待してるといつまでも相手が見つからずに行き遅れてそのうち周りにも先を越されていい男がいなくなっていって、三十を超えたあたりでどうしようって焦って変な男につかまるのがオチ……うっ、胸が」

「なんで自滅してんだよお前」


 勝手に自爆した妖狐は机に突っ伏した。

 そんな彼女の話を聞いて麒麟は、


「正論ね。でも、私にはそれしか方法がないのよ。一度付き合った相手とは別れられないの。それにもし浮気とかされても大問題だし、私を死ぬほど愛してくれて私も死ぬほど愛して離れたくないと思うような相手でないと、交際なんてできないの」


 そんなことを大真面目に言う。


 もちろんその話を聞いて思ったことといえば、


「あなた、メンヘラ?」


 そう訊き返す妖子さんと同じだった。


「メ、メンヘラとはなによ。そんなに私は相手に執着しないわ」

「してるじゃないがっつりと。なによ死ぬほど愛されて死ぬほど愛するって。訊いてるこっちが死にたくなるわ」

「だって……私、麒麟だから」

「だから?」

「わ、私を傷つけた相手には、もれなく神罰が下るの。そして、その人は人生がめちゃくちゃになるか最悪命を落とすか、そんなことになるわけ」

「……つまり付き合ったはいいけど別れることがあれば、あなたが傷つく結果になるから相手の男に神罰が下ると」

「そうよ。そんなリスクを背負わせてまで付き合うのって嫌じゃない?だから私を溺愛してくれるような人なら別れる心配もないかなって」


 なるほど物騒な理由だ。

 この子と付き合って、もし別れたら神罰が下るというのだから物騒以外の何ものでもない。


 うーん、俺はパスだな。

 今回ばかりはパス、というかもともと相手にされてなくてよかった。

 しかしまあ、そんなに都合のいい相手がいるもんかよ。

 

「あなたの悩みはわかったわ。私、一人そういう人に心当たりがあるのだけど」

「ほんと?私が麒麟だと知って、それでもいいと思ってくれるような男性が?」

「ええ、そこにいるわ」

「……俺?」


 妖子さんの指さす先には俺。

 何度振り返ってもその線上には俺しかいない。


「い、いやいや俺は」

「この男は妖怪に偏見もなく神罰よりも目の前の女子を優先するような奴で中身も見た目もはっきり言ってゴミだけどまあそれでも」

「いやいやお前は俺のことどう思ってんだよ!」

「……それでも、一応筋は通す男よ。どうかしら」

「妖子さん……」


 なんか知らんが、一応今のは誉め言葉、なんだよな?

 ……なんてリアクションしたらいいんだよ。


「ふーむ。この人がそんないいものには見えないけど」

「そ、そうだよね。お、俺はそんなにいい男じゃないよ」

「でもよく見るとイケメンだしよく喋るから退屈しないし童貞だから浮気もしないだろうしきっと一途だし、私もあなたに譲らなければこの男を選んだかなーって思うくらい優良物件よ。うん、そうよそうよ」

「急に絶賛だな!お前普段からそれくらいほめろよ」

「嫌よ今のでも口が腐りそうなのに」

「おい!」


 しかしまずいことになった。

 このままでは、迷える麒麟の生涯パートナーとやらに俺が押し付けられそうだ。

 頼む、断ってくれりんさん。


「……わかった。そんなにいい人なら私、この人と遊んでみる」

「遊ぶなよ!え、何それ!?」

「だって、あんたなら仮にうまくいかなくて神罰が下っても私も罪悪感ないし」

「ひどいなおい!」

「でも、一度あなたという人間をよく見させてもらいたい。それでもいい?」

「お、おう」


 こうして俺は人生で初めて、交際を前提に女子と遊ぶこととなった。


 その相手は麒麟。


 神の一人とも称されるもの。


 ……嫌な気しかしない。




 

 


 


 

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