第20話 雪女の惚気

「鳴人、あ、あーん」

「う、うん。あーん」


 今、学食で見せられているのは高校三年生の人間と半妖カップルのイチャコラ現場である。


 売店で買ったアイスクリームを交互にあーんする二人を正面から見ながら、俺と妖子さんの貧乏ゆすりは激しさを増す一方。


「ねえあなた、二人を止めなさいよ」

「あんたの後輩だろ。どうにかしろ」

「無理よ。雪花って怒るとすごいんだから」

「そ、そうなの?でも妖子さんより強いってことは」

「ここにいる人間、全員瞬殺されるわよ」

「え、マジか……」


 どうも妖子さんをもってしても、後輩雪女には手が出せない様子。

 彼女にはそれだけの魔力というか妖力が備わっているそうで、暴走したらそれこそ大学中が氷山になってしまうんだとか。


 なんで呼んだんだそんな危険人物を……。


「……雪花、そろそろいいかしら」

「あ、ごめんなさい。う、うん」

「ええと、今日あなたには会ってもらいたい人がいるのよ。あなたと同じ雪女のハーフなんだけど、つららって子、知らない?」

「し、知らないかな。雪女って結構いるから」


 結構いるんだ、と思ったのが最初の感想。

 この世界大丈夫なのか?


「まあいいわ。あなたには今から言うことをつららって子に伝えてほしいの。たとえ半妖であっても、雪女であっても幸せはつかめると。あなたと鳴人の惚気話でもいいわよ。今幸せですって存分にアピールなさい」

「わ、わかった……やって、みる」


 ようやく話を切り出すことができ、妖子さんは電話でつららを呼んだ。

 ほどなくして、俺の人生で初めてあった雪女、つららが登場。


 もう一人の雪女である雪花ちゃんとご対面となった。


「え、この子も雪女なん?めっちゃかわいいー!うちつらら言うねん、名前は?」

「え、ええと。雪花で、す」

「せつかちゃんかー。かわええわー」


 どうやら気に入ったようだ。

 まあ、同族嫌悪なんて言葉もあったので少し心配したがその不安は見事に外れた。


「で、今日はどしたん?うちに雪女の後輩ちゃんを紹介したかったってこと?」

「ええ、そうね。彼女は内気で、人見知りで窓際で本を読む薄幸の少女キャラだったわ。でも、今はどうかしら。彼氏ができて、食堂で座っているだけなのにずっと手をつないでて、もう既に同棲とか画策してて、なんなら一緒の大学に進学したら一緒の部屋に住むとか言い出しちゃって、毎日毎日飽きもせずにイチャイチャしてるスーパーリア充なのよ……くそっ!!」

「おーい心の声が出てるぞ……」


 しかし確かに訊けば訊くほどリア充である。

 ただ、つららと違い、確かに内気そうに見える彼女は、可愛いというだけで彼氏ができるタイプには見えない。


 どうやってここまでに至ったのかは俺も気になる。


「へー、ちゅうことはうちが雪女のまんまでせつかちゃんみたいに幸せになれるっちゅうことなんか?」

「そういうことよ。じゃあ雪花、あなたのなれそめを、レッツトークアバウトイット!」


 あってるのかどうかも怪しい英語でそう切り出した妖子さんの掛け声の後、雪花ちゃんは顔をほんのり赤くしながら、小さな声で話を始める。


「ええと、私、毎日お弁当、作ったりしてね。それで、あと、手もね。私に触れると冷たいのに、いいよっていってくれるからキュッて握って、ね。あ、あと、体調悪い時にはね、添い寝してくれたりして。そ、そんなことを毎日毎日しててもね。うん、ええと、大好きなんだあ」


 と、ここまで照れに照れまくりながら話す雪女の話を聞いて俺たちは口をそろえた。


「かわいいなあ」


 もう、それしかなかった。

 なんだこのかわいい生き物は?彼氏が横にいなかったら完全に惚れてたぞ?


「せつかちゃんかわいいー!なんこれめっちゃかわいいやん!」

「雪花の破壊力が以前より増してるわね……恐ろしい子」

「あー、癒されるわー。なんか俺の周りにいる妖怪もこれくらい可愛かったらいいのになあ」

「今、何かいったかしら?」

「いえ、なんでも……」


 妖子さんに睨まれて口を閉ざしたが、もちろん本音である。

 なんで俺の周りにいるやつは物騒なのとか変なのしかいないんだよ。


「え、ええと、こんなので、いいのかなあ?」

「ええ、ばっちり私たちは胸焼け状態よ。もういいわ」

「そ、そっか。なら、うん。鳴人、うまく喋れてた?」

「うん、ばっちりだよ。えらいな、雪花は」

「えへへ、うん」


 また、二人がイチャイチャし出したところで妖子さんのいるところから「ピシッ」と音がした、気がした……


 イラつくなら呼ぶなよ。

 いや、俺もイラつくけどさ。


「さてと、とにかくそういうこと。献身的な姿勢は時に種族の壁すら超えるということよ。つらら、あなたはこれから自分磨きに勤しむことね」

「なるほど、了解や。うち、ばっちりええ女になって最高の相手を見つけたるねん!」

「あ、もしよかったら俺も立候補」

「須田っち、今はそんな冗談いらんでー」

「冗談……あはは、そうだよねー」


 深く傷ついた。

 それを見て妖狐は「ざまあ」と呟いた。


 俺が自損事故で勝手に心を抉られた辺りで、この話はお開きとなる。

 雪花ちゃんと甲斐君は、これから都内を観光して帰るらしい。


「じゃあ雪花、鳴人。ナナをよろしくね」

「わかってます。最近彼氏が忙しいからってずぼらが過ぎるんですよあの人」

「ナナも久しぶりに会いたいわねえ。まあそのうち私も顔出すから。またね」


 旧友とのひと時を楽しんだ妖子さんは、二人に機嫌よく手をふっていた。

 

 何度もこっちを振り返りながら遠慮気味に手を振る雪花ちゃんの姿にホンワカする俺とつららだったが、妖子さんは彼女が前を向く度に「クソっ」とか「フ○ック」とか、汚い言葉を吐いていた。


「行ってしまったわね」

「名残惜しそうにする割に妬みがひどいぞお前」

「あの子は私の可愛い後輩よ。妬んだり恨んだりなんなら呪ってやろうかとも思ったりもするけど、まあそれでも幸せになってほしいものね」

「……いい子だったな」

「そういえば賭けは私の勝ちね。あなた、今日から毎日私の銀行口座に五万円ずつ振り込むのよ」

「無理に決まってるだろ!誰がそんなことすんだよ」

「あら、しげぴーはその昔、一年間それを続けたわ」

「何やらせてんだ!よくそんな金あったなおい」

「何言ってるの。なくなったから土地から何から売り払ったのよ」

「お前マジで地獄に行け!」


 結局俺には売る土地も権利も何もないので、ひたすら説得してこの後の食事だけで勘弁してもらうことにした。


 つららも、すっかり明るさを取り戻したようで、どうやら妖子さんの目論見は大成功といった様子だった。


 三人でしばらくなんてことない話をしながら喫茶店で飯を食べていると、妖子さんの携帯がなる。


「もしもしどうしたのよ?え、ダメよ。うん、ていうかあんたがやりなさいよそれも。はいはい、じゃあね」

「だ、誰からの電話だ?」

「しげぴーから。新しいお客が来たから適当にやっといてって」

「いやいやそれはダメだろ!仕事ならちゃんと受けないと」


 やらないと。俺たち金ねえぞ!


「わかったわよ。ったく、めんどくさいわね」

「なんだよ急に。昨日まで結構乗り気だったくせに」

「相手がね、悪いのよ。私だって得手不得手というものがあるの」

「相手?誰なんだよ今度は」


 俺も霊媒師の家系に生まれたものとして、妖怪の類はそれなりに知っているつもりだ。

 でも、九尾の狐より強い妖怪なんてそうそう聞いたことないぞ?


 一体どんなやつなんだと、記憶をたどっているところで妖子さんがなぜか決め顔で言う。


「その子。麒麟よ」

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