第19話 人の幸せはただ妬ましい

「あれ、なんか人が集まってるな」


 まだお昼ではないというのに、食堂の前に大勢の男が群がっていた。


「君可愛いね、高校生?え、大学見に来たの?」

「お兄さんが案内してあげるよ。ねえ、そこでお茶していかない?」

「え、ええと……ま、待ち合わせ、してまして……」


 どうやら女の子がナンパされているようだ。

 どんな子だろうと覗き込むと、そこには小柄で、肩口まである少しパーマの白い髪の毛がよく似合う美少女の姿が。


「か、かわいい……妖子さんあの子めっちゃ可愛いっすね」

「あの子が私の後輩よ。バカ言ってないで迎えにいくわ」

「え、あの子が?」


 ということは、あの子も半妖?

 え、妖怪って美人しかいないのか?


雪花せつか、こっちよ」

「あ、妖子ちゃん!」


 テケテケと、目を輝かしながらこちらに駆け寄ってくる女の子。

 その子は妖子さんの胸に飛び込んで、その再会を喜んでいた。


「こわかったよ……いっぱい人がいるもん」

「鳴人は何してるのかしら。全く困ったものね」

「鳴人は、トイレに行ってくるって。もうすぐ来るとおもう、けど」


 少し言葉に詰まりながら、怯えるように話す彼女の姿はまるでお人形。

 色が白く、大きくはっきりした目鼻は作り物のようにバランスがとれていてまるでアニメの世界から飛び出してきたのではないかというほどの可愛さだ。


 妖子さんが結構背が高いせいもあってか余計に小柄に見える彼女は、俺の方を見ると低い位置からさらにぺこりと頭を下げる。


「あ、あの……氷堂雪花ひょうどうせつか、っていいます……ええと、その、私」

「ああ、いいのよこのゴミは妖怪に慣れてるから大丈夫」

「あ、うん。私、雪女の半妖、なんです」

「雪女?」


 なんと。人生で二人目の雪女と出会ってしまった。

 なるほど、同種族の妖怪は一人ではないというわけ、か。


「あ、うん。俺は」

「よろしくお願いします、ゴミさん」

「ゴミじゃねえよ!」

「ご、ごめんなさい……」


 思わず怒鳴ってしまった。

 そして怯える彼女を包むように庇いながら妖子さんが、「JK相手にその態度、マジであんたゴミね」とも。


 はい、すみませんでした……


「え、ええと。それで待ち合わせってどういう用事で?」

「この子が彼氏と遊びにくるってことで大学を案内する予定なのよ。それに、つららにちょっと会わせてやりたくて」

「つららに?まあ、同じ雪女同士気が合うかもだけど」


 そんな話の途中。

 むこうから「おーい」と声をかけながら向かってくる男が。


「妖子さん久しぶりです」

「どこ行ってたのよ。あなたの大事な彼女が男にまわされてたわよ」

「どんな物騒な大学ですか!あ、いやすみません広くて迷っちゃって」


 随分と妖子さんと仲良さそうに話すその男は、どうやら高校生のようだ。

 ……霊気も感じないから、こいつは人間か?


「紹介するわ。彼は私の後輩で雪花の彼氏であって、以前住んでたアパートの管理人をしていた甲斐鳴人かいめいとよ。ゴミ、挨拶しなさい」

「は、はじめまして。俺は妖子さんと今一緒に仕事させてもらってる」

「あ、聞いてますよ。ゴミカスクズさんですよね」

「どんな紹介しとんねん!」


 早速高校生相手に悪口を言われた。

 え、俺ってもしかして舐められてる?


「まあまあ落ち着きなさいよどうしたの」

「お前のせいだ」

「なんのことかしらね。それより、鳴人はすごいのよ。初恋の幼馴染が天狗になって、やけのやんぱちで付き合った雪女で童貞捨てて、ろくろ首の世話までしてるっていう強者で」

「なんかすげえわ!ていうか童貞じゃないの?めっちゃ羨ましいな!」


 え、こいつがこのかわいい女の子と毎日あんなことやこんなことを?

 嘘だろ、世の中不平等すぎるだろ……


「ちょっと妖子さん変な紹介はやめてくださいよ。でも、今日は案内をしていただけるとのことでよろしくお願いします」

「お、おう。任せとけ」


 というわけで、早速二人を連れて大学巡り。

 といっても俺たちだってまだ詳しくはない。

 パンフレットを見ながら一緒に回るといった感じだ。


 先に行く妖狐と雪女の後ろを歩く俺に、さっきの甲斐君とやらが少し不思議そうな顔で話しかけてくる。


「須田さん、でしたよね。妖子さんとはどういう仲なんですか?」

「ええと。なんか半妖のお手伝いをする仕事ってのを有栖川教授って人に押し付けられて、今は二人でそれをこなしてるって感じだな」

「もしかしてしげぴー、ですか?」

「え、知ってるの?」

「知ってるも何も俺の幼馴染の親父さんですよ。ろくでもない人ですけどね」

「ううむ、君もなんか知らんが苦労してきたんだな……」


 なんだろう。初めてあったはずなのだけどこいつとはすごく波長が合う。

 同じ人間に苦しめられて、同じ悩みを持った同志、という感じか。


「それで、君はどうやって雪女と付き合ったんだ?」

「いや、向こうがすごく一途に尽くしてくれて。それで俺もそんな彼女に惹かれてって感じです。可愛いし、いい子だし、ずっと一緒にいたいですね」

「ふーん。でも、妖怪ってことに偏見はなかったのか?見るところ、君は特殊な力も持ってないただの人間のようだが」

「そんなの関係ないですよ。いいやつに人間も妖怪もありませんって。それとも、須田さんは妖子さんのこと、苦手ですか?」


 真っすぐな瞳に見つめられながらそう聞かれて、少し考えた。


 確かに、妖怪だからといって悪いやつらばかりではないことを俺はここ数日の命がけのミッションで知った。

 妖子さんは陽気で気さくで、口が悪くて俺のことなんてミジンコ以下くらいにしか思ってないけど、それでも相手のことをちゃんと……しげぴーは例外だけどちゃんとしてるし、カミラだって吸血衝動さえなければ普通にいい子だし、つららも純粋に誰かと結ばれたいという思いをもってるやつだし。


「何ボーっとしてるのよゴミクズ、早く来なさいよその足は臭いだけじゃなくて歩く機能まで低下してるのかしら。ゴミ」

「……ごめん、苦手だわやっぱ」

「すみません、質問が悪かったです……」


 先を急ぐ二人について行きながら甲斐君には妖子さんの高校時代について詳しく訊いた。


 高校の頃からあんな調子で、エロ本やエロゲーばかりを集めて奇行に走り、悪戯ばかりをして散々周りを引っ掻き回した後でトンズラするというとんでもないやつだったとか。


 しかし、最後には仲間を助けてくれる頼れる先輩でもあったそうで、そんな彼女のことはみんな好きだったとか。


「……周りのみんなが大人すぎんじゃねえかそれ?」

「かもですね。でも、あの人には不思議な魅力があります。それに、妖子さんが誰かと仲良くしてるのって正直意外でした。須田さんはあの人に信用されてるんですね」


 また。

 しげぴーに昨晩言われたのと同じことを言われた。


 どうも周りから見れば俺は妖子さんの信用を得ているように見えるそうだけど。

 そんなにあの人、友達がいないのか……。


「ま、まあ成り行きだけどな」

「でも気を付けてくださいね。あの人、秋葉原に用事がある時はどんな大切な予定もすっ飛ばすので」

「ううむ、気を付けておくよ」


 なんかそれがフラグにならない?と不安になったのは俺だけじゃあないはず。

 まあ、考えたところでアキバのイベントなんて俺は知らないから意味ねえけど。


 そんなこんなで四人でまず向かったのは大学の生協。

 ここではお土産や大学のロゴが入ったジャージなんかも売っていて、学生がちらほら買い物をしていた。


「それで妖子さん、そちらの雪花ちゃんとつららを会わせる目的っていうのは?」

「まあ、雪女でも相手見つけて幸せに暮らしてるっていう生きた見本である彼女を見たら、つららも人間になりたいなんてくだらない発想をやめるかなってね」

「へえ。そこまで考えてたんだ。やっぱりなんだかんだいいながら面倒見がいいんだな」

「仕事よ仕事。それに新たな依頼を受けないと金にならないんだからいつまでもあの子にかまってはいられないし」


 そっけなく話す彼女だが、しかしやっぱり相手の事をしっかり考えられる、いいやつなんだなと少しだけ見直していた。


「他人の幸せというものを願う心は、妖怪の長として大切なことよ。私のそういう器量の大きさを見越してしげぴーもこんな仕事を任せてきたのかもね」

「はは、だったら自分より先に恋人とうまくいきそうになる相手に対しても寛容であれるようにしろよな」

「寛容よ。だって見てごらんなさい、あの二人のやりとりをずっと見てきて殺さずにいたのよ、私」

「ん?」


 妖子さんの視線の先を見ると、そこでさっきの雪女の雪花ちゃんと甲斐君が、イチャイチャしていた。


「鳴人……あの、手、つなご?」

「う、うん。なんか人多いから恥ずかしいな」

「さっき、いっぱい人がいて怖かった。ずっと握っててね」

「も、もちろんだよ。ごめんな、怖い思いさせて」

「だい、じょうぶ。鳴人がいるから」

「雪花……」

「鳴人……」


 人が大勢いるこの場所で真昼間からおっぱじめるつもりかといわんくらいにいちゃついていた。


 それを見て思った。


 ……死ね!


「ねえ妖子さん。俺、トラックでここに突っ込んでもバチあたらないでしょうか」

「いい心がけね。私はここを燃やしてしまおうかと思ってたところよ」

「へー、気が合いますね。雪女って、火が苦手なんですよね」

「そうね。でも、これ以上見てると本当に人として大切な一線を越えてしまいそうだから、先におりてお茶でもしましょうか、ねえ須田君」

「そうですねえ、俺もちょうど喉が渇いて仕方ないんですよ、あはは」

「おほほ」


 初めてこの人と意見が合った。


 他人の幸せは確かに見ていて微笑ましい。


 しかし。


 自分が幸せでない人間にとっては。


 ただ妬ましいのであった。


 

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