第18話 大人って懐が大きいなあ

「大将、生ビール」

「あいよー、ナマいっちょう!」

「だからナチュラルに酒を頼むな!」


 気が付けばいつもの居酒屋に来ていた。


 つららは、もう夜遅いからと言って先に帰ってしまったので今は妖子さんと二人。

 正直言えば来たくなかった。

 だってここの店の人、俺のことを浮気男だと勘違いしてるんだもん。


「あいよー生ビールお待たせ」


 元気のいい掛け声とともに妖子さんの手にビールが渡る。

 そして大将が俺の方をチラッとみて、謎のウインク。


 だからー、俺と彼女はそういう関係じゃないんですってー。


「ぷっはー!あー、仕事終わりの一杯は体中に沁みるわね」

「妖子さん、ちょっと聞きたかったんですけど」

「なあに?仕事のことなら明日にして」

「……つららを騙してた男ですが、あいつって本当にただの人間なのか?」


 疑問に思うことは数点あった。

 つららが雪女であることを知って、だまそうとしていたこともそうだし、妖子さんを見てすぐにその正体を理解していたみたいだし。


 俺以外にも霊能力をもった人間がいる、ということなのか?


「ああ、それね。まあ大した理由じゃないわ」

「どういうことだよ」

「妖怪を目視できるやつなんてたくさんいるってことよ。私の後輩だってそうだったし、何もあなただけが特別ってわけではないの」

「そ、そうなのか?」

「ええ。まああなたには別の力が備わってるみたいだけどそれは話すと長くなるからパス」

「お、おい気になる言い方すんなよ」

「パスよ。それより今日は朝まで行くわよ。大将、おかわり」

「あいよー、ナマおかわりいっちょう!」


 結局その後、妖子さんは仕事がらみの話は一切せず、ひたすらビールを飲み干したあと、どこかに電話をかけてから眠りに落ちた。


 そして、すぐに人がやってきた。


「おお、やっとるなあ」

「しげぴ……有栖川教授」

「妖子ちゃんはもう潰れてるのか。まあ、仕方ないな」


 そう言って。

 彼はすぐさま財布からお金を出してその場にパサリと三万円を置く。


「これで払っておきたまえ」

「え、いやいや受け取れませんよ!それにずっと思ってたんですけど、どうしてあなたはそこまで妖子さんに尽くすんですか?」


 もっともな疑問だ。

 いくら好きとはいえ、歳の差は親子ほどだし妖子さんに一切その気はないし、いいように使われているだけというのは見え見えどころの話ではない。


 それなのにこんなに尽くすのには、それなりの理由があるんじゃないか?


「ふむ。その話を君にする時がきたようだな。少し隣、失礼するよ」


 そう言って腰かけてから、生ビールを注文した彼は俺に向かって、いつになく真剣な表情を向ける。


「やっぱり、何か理由があるんですね」

「ああ。聞いて驚かないでくれよ」

「ええ」

「実は私は、妖子ちゃんが好きなのだ」

「……で?」

「で?いや、それだけだが」

「……いやいやそんなのみてたらわかるわ!他に理由は?」

「あるもんか!私は妖子ちゃんに振り向いてもらいたい一心で頑張っとるんだよ!」


 糞みたいな理由だった。


「え、そこまでやれます普通?もう財布じゃん!いや、奴隷だよあんた!」

「妖子ちゃんの奴隷……ほほう、甘美な響きだ」

「ダメだこいつ、早くなんとかしないと……」

 

 奴隷と呼ばれてうっとりする教授はもはや病気だった。

 キャバ嬢に入れ込んで散財して破産する、典型例みたいなダメな大人がそこにはいた。


「はあ。もういいです好きにしてください」

「うむ。しかし君は羨ましいよ。妖子ちゃんがここまで心許している相手なんて、久々じゃから」

「俺に?どこがですか。まるでおもちゃですよ、まったく」

「はは。そんな君を信用しているからこうして眠るまで酒を飲んでるんじゃないか。いいパートナー関係だな、二人は」

「……」


 信用、か。

 まあ、俺だってなんだかんだ言いながら最後まで仕事をして、困ったら助けに来てくれる彼女のことを信用してないわけではないけど。


 なんか、そう言われるとちょっとむず痒いな。


「も、もちろん責任をもって彼女は連れて帰りますよ」

「ああ、頼んだよ。こう見えて彼女は寂しがり屋なんだ。仲良くしてやってくれたまえ」

 

 そう言ってからビールを飲み干したしげぴーは、サッと立ち上がって店を出た。


 ……なんかそういうところは大人だな。

 

「むにゃむにゃ……もう食べれないわよ須田のゴミ……」

「こいつ、寝言でまでゴミって言いやがって」

「……いつもお疲れさん、むにゃむにゃ」

「……連れて帰ってやるか」


 情けない話だがしげぴーからもらった金で会計して、俺は妖子さんを背負って店を出た。


 見送りの時に大将が「憎いね色男」とか言ってたのは無視した。


 そして家に連れ帰って、明日の朝、また彼女にひどい目にあわされることを覚悟しながらも彼女をベッドに寝かせてから、俺も眠りについた。



 目が覚めると、そこに妖子さんはいなかった。


 ああ、今日は何もされなかったんだなと、安心して立ち上がろうとすると体が動かない。


「あ、あれ?」


 よく見ると、俺は椅子に縛られていた。

 そして、目を凝らしてベッドの上を見てみると、そこには一枚のメモが。


『そのまま失禁しろ、クズめ』


 ……え、放置プレイ?


「ま、待て待て!どうすんだよこれ!おい、妖子さん!ほどいてくれよこれ!」


 大声で隣の部屋に向かって叫んでみたがもちろん返事はなく。

 そして不安に襲われると、一気に尿意が込み上げてきた。


「も、漏れる!助けて妖子さん!俺が悪かったから!お願い漏れる!」


 この後、ひたすら下半身から零れ落ちそうなものを我慢しつつ、懸命に彼女に謝った。


 何に対してすみませんなのかもわからないまま、ひたすら謝り続けると、一時間くらいしてからようやく妖子さんが部屋に戻ってきた。


「あら、まだ漏らしてないとはすごいわね」

「お、おね、がい……もれ、る」

「反省した?したのなら三回回ってから「妖子さま万歳」と千回唱えなさい」

「その間に漏れるわ!お、お願いだから早く」

「仕方ないわね」


 朝から謎の放置プレイで妖子さんのおもちゃにされて、この歳で危うくお漏らししかけた今日この頃。


 でも、妖子さんの機嫌はよさそうだった。


「あー、死ぬかと思った……まじで変なことするなよ」

「お漏らししてたらつららとカミラも呼ぼうと思ってたのに」

「お前は俺をどうしたいんだよ!」

「え、社会から抹殺」

「いっそのこと殺せ!」


 そんなことを言いながらも妖子さんは、今日は伝えることがあるのだと言って、俺のベッドに腰かける。


「さて、本題よ」

「なんだよ。また相談に来たのか?」

「いいえ。つららの案件の延長ってとこかしら。まあ、知り合いがやってくるのよ」

「知り合い?妖子さんの?」

「ええ。後輩よ」


 そういってから彼女は俺の方を睨む。


「な、なんだよ」

「あなたって、好きそうなのよねえ、彼女の事」

「だ、誰の話だ?」

「私の後輩。すんごく可愛いの。だからって惚れちゃだめよ、彼氏いるから」

「なんだ、お前の後輩か。彼氏持ちの女に手を出す以前にお前の知り合いに欲情するかよ」

「言ったわね。じゃあその子にあなたがドキッとしたら、ペナルティよ」

「賭けってわけか。いいぜ、じゃあ俺が勝ったらお前、次の飯奢れよ」

「いいわよ。その代わり私が勝ったらあなた、一生私に飯奢りなさいよ」

「重いわ!……って一生?そ、それって」

「一生私の口座にお金振り込めってことよ勘違いすんなゴミ」

「……」


 素敵な勘違いによって罵倒されるいつもの午前中。

 そんな平和な時間だったが、彼女の監禁によって俺はまたしても授業をすっとばしてしまったことに気が付いたのはもう少ししてから。


 とりあえず二人で向かったのは大学。

 もちろん授業に出ることもなく、俺たちは妖子さんの後輩が待つという食堂にむかったのであった。

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