第17話 早く人間に、いや友達に
「……で、これはどこに向かってるんだ?」
「イズナにつららのあとをつけさせているから、そこまでいくわよ。あのメス、どこのどんなイケメンと遊ぶつもりかしら」
「ていうかイズナっていつもこんなことさせられてんの?」
「ええ、あの子は二十四時間三百六十五日、働いてもらってるわ」
「妖怪でも死ぬだろ普通……」
かわいそうに。
としか言えねえよ。
「そろそろ着くから準備なさい」
「準備って、なんだよ?」
「今から私とあなたはカップルよ。恋人のフリをしてあの子が男と行く店に行って、尾行するってわけ」
「なるほど、そういう……はあ?」
カップル?恋人?
俺と、妖子さんが?
おいおい、それ、まじかよ。
フリとはいえ、それらしく見せるために恋人っぽいことをするってこと、だよな?
ということは、俺が妖子さんと……
「……え、なんかやだ、それ」
「はあ?私よ?この私と、フリとはいえ恋人になれるのよ?それを嫌って、あんた脳みそ腐ってんじゃないの?」
「どんだけ自意識過剰だよお前!いやだよどうせろくな目に合わないの確定してるから!俺は帰る!」
「あ、そう。だったら明日から実名であなたを主人公にした小説「スーパーレイパー須田」を全世界に発信するわ」
「なに書いてんだよお前!ていうか世界!?大学から随分飛躍しすぎだろ!」
「私、全国にネットワークがあるからあなたなんて明日の間には全世界からそう呼ばれるでしょうね。あることないこと、全部言いふらしてやる」
「ないことはやめろ!いや、あることもやめろ!」
結局、俺は彼女の脅しを覆す方法など持ち合わせておらず、渋々付き合うこととなった。
ただ、そのままの姿であれば二人ともつららと面識があるのでバレるからと、少々変装をすることに。
「私、こう見えて変身したり変身させる能力を持ってるのよ。すごいでしょ」
「どう見られてるつもりかしらんが、まあ妖狐といえば変身って定番だろ」
「まあ見てなさい。ふんっ」
俺に向けて彼女が手をかざすと、ボンっと体が爆発したように煙をあげた。
「な、何がおきた?」
「自分の姿、見てみなさい。ちょっとはマシになったでしょ」
言われて、彼女に差し出された手鏡を覗くとそこには見たこともない男の姿が。
「え、これが俺?めっちゃイケメンじゃん!」
「私の隣を歩くのだから少しはマシな姿でないと。じゃあいくわよ」
「ま、まてまて!お前は変身しないの?どっちかといえばその銀髪の方が目立つだろ」
「え、嫌よなんで私が化けないといけないのよ。これ以上綺麗になるなんて不可能よ」
「……お前って相当自分好きだよな」
結局意味不明に俺だけが爽やかイケメンに変装。
妖子さんは、一応伊達メガネをかけるという雑な変装だけで、二人して朧車を降りた。
「ええと。あ、いたわあそこに」
「つららのやつ、誰かと話してるようだな」
降り立ったのは人の少ない駅裏。
大学の最寄り駅とあって、昼間はものすごい数の人で溢れかえるこの場所も、夜になると随分寂しいもの。
そんなところでつららが、誰かと待ち合わせて会話をしていた。
「……男ね。でも、おじさんかしら」
「よく見えるな。俺なんてつららの髪の色が白くなかったらそれすらわかんないよ」
「妖狐の千里眼はありとあらゆるものを見渡す力を持っているわ。だからあなたも下手な真似はしないことね」
「へえ。ていうかそれならイズナを働かす必要あるのか?」
「あるわよ」
「どういう?」
「あの子がひーひー言ってると私が楽しいから」
「お前は人の上に立っちゃダメだよ……」
まあこいつの千里眼とやらも多分ろくなものじゃないのだろうけど。
などと喋っているとつららと男がどこかに向けて歩き出した。
「つけるわよ」
「あ、ああ」
二人でしばらく尾行。
どんどんと暗い路地の方へ向かっていくつららと男は、やがてある建物の前で足を止めた。
「おい、あそこって」
「ええ、ラブホね」
「まじか……これってまさか」
「エンジョイ交際ね」
「楽しそうに言い換えるな!援交だろ」
よそよそしくするつららが、困った様子で男とラブホに入る様子は、どう見ても付き合っているとかそんな風には見えなかった。
やはり金が目的での行為なのか。
それとも……もしかしてつららのやつ。
「妖子さん。つららはもしかして無理やり」
「わかってるわ。行くわよ」
「い、行くって?」
「私たちも中に入るのよ」
◇
今、人生で二回目となるラブホテルの中。
ベッドに腰かけて待つのは少々心が落ち着かない。
シャワーを浴びているのは銀髪の美しい女子。
しかし俺と彼女は今から何かをおっぱじめたりしない。
……
「ってなんでお前シャワー浴びてんだよ!」
「は?覗いたらぶっ殺すから」
「目隠しして手足ぐるぐるに固定しておいてよく言うわ!さっさと出て来い!」
もはや拉致されたように布とガムテープでぐるぐる巻きにされて、妖子さんの行水を待っている。
いや、マジで何呑気なことやってんだよ。
「それよりつららは?」
「隣の部屋ね。千里眼で今確認してるところ」
「何か様子が変だったらすぐに行くぞ」
「……待って。何か話してる?」
妖子さんの声が真剣になった。
しかし俺は目隠しで真っ暗なので状況がわからない。
「……なるほど、そういうことだったのね」
「な、なにがわかったんだ?」
「説明はあとよ。行くわ」
彼女がそう声をかけると、俺の体を縛っていたものがブチブチと切れて目隠しもとれた。
鏡に映る自分の姿は元通り。
ようやく自由になったと立ち上がると、そこにはいつもの妖子さんの姿が……いつもより、真剣?
「さてと、壁をすり抜けるから私に触れなさい」
「ふ、触れるってどこを?」
「あーもうめんどくさいわね。はい、手をにぎって」
「お、おう」
そっと彼女の手を握った。
冷たいとも温かいともいえない、やはりこの世のものではない何かを感じるその体温。それでも、その手は少し柔らかかった。
「なあ、どうしてお前はつららを助けようと?仕事だからっていっても」
「仕事よ。それに彼女に先を越されるのは嫌だからよ」
「……お前、そう言いながらも面倒見がいいよな」
「買いかぶりすぎよ。さて、いくわ」
そう話すと壁に向かって突っ込んだ。
「う、うわ!」
目を瞑ったが、もちろん壁には激突せずに俺の体はするりと壁の向こう側へ。
すげえと感心しているのもつかの間。
目の前にはつららと、小汚い中年男性の姿が。
「な、なんだお前ら!」
「お、俺は」
「私は万物の長にして全生命体の美の頂点に立つ女、妖子よ」
「……」
なんだその自己紹介は。
正義の味方というより悪役っぽいぞそれ。
「な、何しに来た!?」
「あなた、その子を騙して何をするつもりかしら。もしいかがわしいことをするのなら……絶対に許さないわ!」
妖子さんが燃えている。
たとえとかではなく、実際に火で覆われている彼女だが、その様子を見ても男は驚く様子がない。
……こいつには見えてないのか、それとも。
「なるほど、妖狐か。俺はこいつの望みをかなえてやる代わりにちょっといいことをさせてもらうだけだ。外野は引っ込んでな」
望み。
つららが何かこいつに頼んだというのか?
「つらら、あなたまだ人間になりたいと思ってるわけ?」
「わ、悪い?私、もう嫌なのよこんな体で過ごすのが。夏は辛いし冬は冷気が暴走するし、好きな人にはおかしな目で見られるし……だから」
「でも残念ね。この男の言ってることは嘘。こいつ、詐欺師よ」
「な、なにを根拠に」
「だって。この人から霊力など感じないわ。あなたはいわゆるやり捨てされるところだったのよ」
「そ、そんな」
男の目的は一つ。
人間になりたいと願う彼女を騙してあんなことやこんなことをしてから、捨てるつもりだったと。
「ちっ。バレたら仕方ねえ、お前から始末してやる」
「あら、妖狐の私にたてつくとはね。いいわ、私の軍力を見せてあげる」
そう言って妖子さんは、手をかざした。
もしかして妖怪の大軍を呼び寄せるつもり、なのか?
と、思ったら彼女と目が合った。
お前が行けと言わんばかりにこっちを見ている……
「え、俺?」
「もちろんよ。衛兵一号、仕事しなさい」
「お、お前がやれよ!」
「いやよめんどくさい。さっさと役にたちなさい」
「……わかったよ」
俺は渋々男の前に立つ。
苛立つ男はそんな俺を見て、にやりと笑う。
「おい兄ちゃん。俺とやり合おうってか」
「あ、あの……もうやめません?ほら、三対一だし、それに」
「うっせー」
「ぐほっ!」
腹を思いっきり蹴られて俺は吹っ飛んだ。
是非もなし、というか容赦ない。
「うぐぐ……」
「情けないわね。まあいいわ、あとは私が」
妖子さんがそう言った瞬間。
「きゃーっ!」とつららの悲鳴が。
どうしたんだと、痛みをこらえながらつららを見ると目を覆っている。
そして男が、下半身を露出させて立っているではないか。
「へへっ。まずはお前から犯してやるぜ妖狐さんよー」
「ふんっ」
「ぐへっ!」
丸腰になった男の股間に、妖子さんのケリが。
もちろんだが、男はその場に倒れた。
痛そう……
「さて、解決したわ。つらら、帰るわよ」
「……どうして、どうして助けたのよ」
「理由?ふっ、誰かを助けるのに、理由なんていらないわ」
「……妖子、さん」
つららが、妖子さんをまるで神様でも崇めるような目で見ている。
そうとうかっこつけている妖子さんは、決まったといわんばかりのポーズをとって、そして。
つららから目を逸らして俺を見る。
「な、なんだよ」
「あなた、戦闘力がゴミね」
「わ、悪いかよ。俺は人間なの」
「仕方ないわね。その辺も鍛えてあげるわ」
「ど、どうやって?」
「まあゆっくり話すわよ。とりあえず居酒屋へレッツゴーよ」
ラブホテルの中に堂々と朧車を呼びつけた彼女は、つららと俺をそれに放り込んで、さっさと窓から退散した。
「うち……やっぱり人間にはなられへんのか」
移動中につららが、泣きそうになりながらそう呟く。
相当落ち込んでいる。
何か慰めてやった方が……いいかな。
「なあつらら、お前は美人なんだし、そのままのお前を好きになってくれるやつだって絶対いるって」
「でも、うちは妖怪やで?そんなもん好きになってくれるやつなんて」
「……少なくとも、俺は嫌じゃないかな」
「須田っち……」
「つらら……」
見つめ合う二人。
目に涙を浮かべる雪女はとても美しい。
長年彼女を苦しめてきた悩みなんて、俺という一人の男によって溶かしてやる。
ああ、そうだ。俺がいる。
「つらら、俺……」
「須田っち。うち、絶対にうちのこと好きっていってくれるイケメン見つけて幸せになるな!結婚式は呼ぶさかいに、そんときはよろしゅうな!」
「ああ。もちろ……ん?」
「あー、なんかすっきりしたわ。須田っちって、ええやつなんやな。うち、自信が沸いてきたわ」
「あ、あのー。ちなみにええやつっていうのは、恋愛対象に入ったりは」
「せえへんせえへん。男女の友情アリなタイプやからうちって」
「あ、そうですか……」
「ちゅーわけでこれからも友達としてよろしく、須田っち」
「とも、だち……あは、あははは」
この日俺に女友達ができた。
名前は雪月花つらら。
雪女と人間のハーフ。
そんな俺のめでたい結末を祝福するように、横で妖狐が「あはははは」と。
ずっと笑っていたのが本当に腹立たしかった。
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