第16話 三者三妖
「今から須田っちは死ぬねん」
「今からあなたは死ぬわ」
「須田さん、あなたはもう死ぬしかありませんわ」
目覚めると、つい最近知り合ったばかりの半妖美女が三人並んで口々にそんなことを言っていた。
ちなみに俺は、殴られたり蹴られたりすることなく目が覚めたのだけど、代わりに椅子に縛り付けられていた。
「え、え、え?いやこれどういう状況!?」
「自分の胸に手を当てて考えなさい。この外道」
「は、はい?」
「須田さん、流石にそれはないです。もう、死んで償ってください」
「いや、なんのこと?」
「とぼけたって無駄やで。須田っち、昨日うちのこと乱暴したやろ」
「……はあー?」
いやいや、だからなんだよこれ。
どうして何もせずに寝てただけで俺が強姦魔扱いされるんだよ?
そもそも俺が変な気を起こしそうになるのだって、こんなことになるからだろ。
「待て、俺は何もしてないって」
「いいや、証拠があんねん!確固たる証拠が」
「な、なんだよ、それは……」
「殴られてもないのに起きたら頭痛がひどいんや。これって須田っちがヤバい薬でうちを眠らせたに」
「だからそれは二日酔いなんだよ!いい加減学習しろお前らは一生酒飲むな!」
今度から女の子を介抱するときは、無理矢理にでも薬を飲まそう。
もちろん、頭痛薬を。
朝一番から美女三人に縛られて罵られるという、ドMな人ならそれだけで絶頂もののシチュエーションに巻き込まれたが、二時間に渡る説得ののち、最後は何故かは知らないが俺が悪かったということで全面降伏して一命を取り留めた。
「あー、まじで酷い目にあった……」
「あなたの信用がないことにそもそもの問題があるのよ」
「自分たちのミスを棚に上げるな」
「須田さん、ドンマイ」
「うっせえわ!」
マジでこいつらいつか呪ってやる。
ようやく解かれた手に残る縄の跡を見ながら、彼女たちに対する復讐心をメラメラと燃やしていると、つららがため息を吐く。
「はあ……でも、うちもこれから不安やわ。半妖なんて、差別しかされへんし」
その言葉に他の二人も反応した。
確かに半妖なんて、そんなものが実在すると知れただけで大騒ぎになる。
テレビのネタにされ、不気味に思われ、もしかしたら何かの実験に使われるかもしれない。
そんなことを思うと、雪女の冷たいため息にも同情してしまう。
……そうだ。
「なあつらら、そういえばお前、ほかに何か悩みがあるんじゃないか?」
「え、なんで?」
「いや、お前寝言で、助けてって呟いてたんだ。何かあるなら言えよ」
夢にまで出てくるほどの悩み。
となれば、それはきっと昨日話した恋愛絡みの相談なんかとは比べ物にならないくらい深刻なものだろう。
一体誰が……彼女を苦しめている?
「あー、それやったら多分、あれやな。昨日須田っちに乱暴される夢見たからや」
「……え?」
「夢ん中の須田っち、無理矢理服脱がせてくるんやもん。そら、助けてくらい言いたくなるわ」
「……つまり悪いのは、俺?」
「んー、そういうことになるんかな?でも、夢ん中とはいえ大胆やったでー須田っち」
ああ、夢の中の俺よ。
一言だけ言いたい。
代われ!
「ほな、うちはもう行くわ。なんやご馳走にもなったみたいやし、今度ゆっくり礼でもさせてや。ほな」
雪女は颯爽と部屋を飛び出した。
俺はふと、まさかあいつまでこのアパートの住人なんてオチはないだろうなと、慌てて部屋を飛び出したのだが、彼女は駅の方に向いて走って行っていた。
どうやら、違ったようだ。
つららの駆けていく姿を見て、俺は酷く安堵した。
ちなみにこのアパート、二階建てで、それぞれの階に三部屋ずつある構造になっている。
ということで二階は俺と妖子さんとカミラ。
一階のうち一部屋は管理人室ということだから、残りの二部屋には一体どんなやつが住んでるのか。
それに管理人とやらにも会ったことがない。
一体どんな人なのだろう。
「やれやれ、人騒がせな虫のせいで無駄な時間と労力を使わされたわ。そろそろ大学に行きましょう」
「そうですね。では虫……ではなくて須田さん、また後で」
「虫っていうな」
ゴミクズから虫に変貌を遂げた俺を残して、彼女たちも一度それぞれの部屋に戻る。
やっと静かになった。
でも、ここから大学に行く気にもならないし、今日もサボってしまおうか。
いや、そんなことでは単位を一つも取れずに初年度から留年確定してしまう。
それはダメだ。ちゃんと四年で卒業して、いい会社に入ってちゃんと稼いで可愛い事務の子とオフィスラブして、職場結婚してみんなに祝ってもらって。
そんな幸せな社会人生活を送るためにも、今踏ん張らねば。
と、既に大学四年間への期待を捨て、次を見据える俺はうだうだと考えごとをしながらゴロゴロと。
もちろん、そのまま眠ってしまっていた。
◇
「どんどんどん!」
夜。扉を叩く音がして、目が覚めた。
また、妖子さんがくだらないことで俺を起こしに来たに違いない。
しかし眠い。
だから寝かせてくれ。
そう思って再び目を閉じた時、そういえば前にもこんなことがあったなと、ふと思い出した。
その時は確か、ドアが飛んできたっけ。
ああ、そんなこともあった……
……
「ま、待て妖子さ」
慌てて飛び起きたその時には既に。
玄関の扉が宙を舞っていた。
「あら、起きてたの。なら返事しなさいよ」
「お、おいいちいち事あるごとに玄関壊すなよ!どーすんだこれ」
「修理業者に今から電話するわ」
「それしげぴーだろ!」
扉が無くなった玄関に立つ妖狐は、そんなことよりこれをみろと、俺に水晶玉を差し出してくる。
「な、なんだよ今回は……」
「いいから見なさいよ」
「はいはい……ん、これは?」
そこに映るのは、つららの姿。
どこかの部屋にいるようだが。
「ここは?」
「彼女の部屋よ。それより、彼女の様子が変だわ」
「……何かおかしいか?」
「ほら、見なさいよ。誰かと電話してるでしょ」
「してるな。それがなにか?」
「よく見なさいよタコ。楽しそうに話してるじゃない」
「だな。だからなんなんだよ」
「あの子、遊んでる男がいるわ」
「……はい?」
真顔で俺に訴えるように妖子さんは、心底どうでもいいことを言ってきた。
だからなんなんだ。
それが俺の唯一にして最大の感想である。
「寝ます。おやすみなさい」
「あ、このやろう寝るな。いいからあなたも来なさい」
「こんな時間にどこいくんですか。俺、今日はもうお腹いっぱいですよー」
「あ、出かけたわ。ほら、行くわよ」
「あ、ちょ、ちょっと」
再び布団に入った俺は、すぐに彼女に引きずりだされ、そのまま外へと連れ出された。
「急がないと手遅れになるわ」
「だから何が?別にあの子が誰と遊んでてもいいじゃんかよ」
「いいえ、私が雪女如きに先を越されるなんて……あの屈辱は二度と、二度とごめんなのよ!」
過去には一度あったんですね。
ああ、そういえば後輩の雪女の話とか、してたっけ。
その子も、つららみたいな美人なのかな。
ていうか半妖って美人多いよな。アホだけど。
そんなことを考えるしか、今の俺にはできなかった。
妖子さんに無理矢理連れ出され、勝手に朧車に乗せられて、全速力で走っている今、やることなんてそれくらいしかなかった。
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