第15話 やるか、やられるか
「うえー、気持ち悪いー」
そう言って雪女のつららがカウンターに突っ伏したのは、飲み会開始からほんの三十分後の出来事。
「弱いなら飲むなよ……妖子さん、今日はさすがに連れて帰ってあげてくださいよ」
「いやよ。私の部屋で吐かれたら困るもの」
「俺の部屋はええんかい」
「むしろ美女に嘔吐していただいてありがとうございますってやつでしょ?」
「そんなやつおるか!」
しかしどうやら、今日も雪女をうちに寝かすことは確定らしい。
はあ……だから嫌だったんだよ。
「ていうか、この場所は以前から知ってたのか?妖怪の溜まり場なんて」
「ええ、まあね。それに私クラスになれば顔パスだからお金の心配もしなくていいわよ」
「な、なるほど……さすが妖怪のボスってわけだ」
「ふふん」
どうだと言わんばかりにドヤ顔をする妖子さんだが、確かに彼女は顔が広いようだ。
出入りする客からいつも声をかけられている。
妖狐は伊達じゃない、ということか。
「でも、見る限り普通の人っぽい客ばかりですけど、全員妖怪なのか?」
「そうよ。でも、今は妖怪も人間社会に溶け込もうとしているから普段から人の姿で生活することに慣れようと努力してるわけ」
「ふーん。大変なんだな、妖怪も」
「ええ、そうよ。あなたなんてまだ恵まれてる方よ。もっと自分の容姿や力に悩まされている者はたくさんいるの。その辺、理解しておきなさい」
なんかさっき雪女に言ってた話とは真逆な気もするけど。
でも、確かに自分が一番辛いなんて思うやつにはなりたくない。
もっと大変な苦労をしている連中だってたくさんいる。
カミラも、つららだって俺にはない悩みを抱えているんだし。
「うん、わかったよ。俺、もう少し自分に自信持ってみる」
「え、やめてすでに自意識過剰だから」
「いやなんでだよ!俺に自信持てよって話じゃないのか?」
「何言ってるの。目障りだから死んでって話よ」
「んなバカな!」
俺がガタッと立ち上がると、妖狐はケラケラと笑う。
「あはは、冗談よ。それにあなたのお陰で仕事は順調なんだし、これからもよろしく頼むわね」
「お、おう。まあ、お前がいないと襲われても太刀打ちできないから、こっちこそ頼むよ」
この後、眠る雪女は放置したまま二人でしばらくなんでもない話をした。
妖子さんは飲むと気さくで、口は相変わらず悪いけど仕事のことを真剣に考えていて、半妖の悩める連中のことを真面目に救おうと思っている。
まあ、こいつとならしばらく仕事をやっていってもいいかな。
「さて、そろそろ行こうかしら。つららをおんぶしてくれる?」
「ああ、わかった。ていうかお会計、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、問題ないわ」
パチンッと指を鳴らすと、カウンターの奥から、白髭を生やしたおじいちゃんがこっちにくる。
「おお、お嬢様。ご機嫌うるわしゅう」
「じいや。ここ、つけといてくれるかしら」
「お嬢様、誠に申し訳ないのですがツケが溜まりすぎてこれ以上はもう……」
「え、聞いてないわよそんなの。ちなみにいくら溜まってるの?」
「もう二十万円ほど……一度精算いただきたく思いまして」
「……仕方ないわね。ここに請求書、回しといて」
彼女はピッと名刺を渡す。
まずツケが溜まりすぎているという話は後から言及するとして、名刺なんて持っているということは何か会社でも?
しかしよく見るとそこには。
有栖川茂と。
「このおっさんに払わせといたらいいから」
「はっ、かしこまりました。いつもありがとうございますお嬢様」
「さて、いくわよ」
「いけるか!何してんのお前!?」
「え、精算したのよ」
「できてねえよ!人に借金押し付けるな」
「大丈夫よ。しげぴーには明日手作り弁当を差し入れしてあげるからそれでチャラよ」
「しげぴー……マジで目を覚ましてくれ」
もうなんでもありだった。
教授がどうしてそこまでお金を持っているのかは知らないけど、それ以上にどうしてここまで妖子さんに入れ込んでいるのか、そっちの方が不思議だ。
確かに相当な美人だし、すけべ心が働くのは無理もないと思うけど、普通ここまでされたら百年の恋も冷めないか?
どういうつもりなのか、今度会ったら聞いてみよ。
なんて思いながら、俺たちはじいやと呼ばれる老人に見送られて外に出た。
「はー、飲んだ飲んだ。ぐっすり寝れそうね」
「俺は明日の朝がすでに怖いよ……そういえばさっきのおじいちゃんも妖怪?」
「ええ。
「聞き慣れない名前だな。強いのか?」
「さあ。でも、昔は魔王と呼ばれて千を超える妖怪種族の頂点に立っていた妖怪だからまあ強いのかしらね」
「いや最強じゃんかそれ!そんな妖怪を何アゴで使ってんだよ」
「世代交代よ。寄る年波にはかなわないってことね」
「あ、そう……」
「まあ夜の営みすらしたことないあなたに話してもしょうがない話ね」
「お前もしたことないんだろ!」
なんか優しそうなおじいちゃんだったから、俺もつい「おじいちゃんまたね」なんて言っちゃったよ……
え、怖いよ。突然妖怪たちに「うちのボスに馴れ馴れしい口きくなワレー!」とかいって襲われないかな……
なんでもない店に見えて実はとんでもない場所だった。
だから今度からは使うのを控えよう。
夜道を、誰かからの襲撃を恐れながら歩いてアパートまで着くと、妖子さんはさっさと部屋に戻っていく。
俺も、担いだ雪女と部屋に入って、昨日同様に彼女をベッドに寝かせてから眠りに……
眠りにつく前にやっぱり考える。
ううむ、どうせこの後俺も眠って、朝になったら冤罪で問い詰められる展開が見え見えだ。
と、なればだ。
襲うとまではいかなくとも……触るくらいいいんじゃね?
いや、いい悪いではない。
やるかやらないかだ。
……もういいや。
どうせフルボッコされるなら、その元くらいはとらせてもらう。
などと勝手に開き直っていると、また彼女が寝言を。
「……たす、けて」
さっき気絶していた時も、彼女はそんなことを言った。
助けて。
この言葉は、一体?
……もしかして、まだ彼女は何かに悩まされて?
くそっ。せこい女だ。
そんな弱々しいところ見せられたら、何かしようなんて気も失せちまう。
はあ……寝よう。
寝て、また明日彼女にぶん殴られて起こされて。
それでも。
悩んでる女の子は、救わないとな。
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