第13話 紳士はいつだって損を食う
「あんたは……妖狐やな。しかもうちと同じ半妖」
「そうよ。そしてそこで凍らされて死にそうになっているのは私の家畜だから、返してもらうわよ」
犬から家畜になっちゃったよ俺……
で、でも。これで助かるかも……
「よ、よう、こさん。氷溶かして……」
「え、嫌よ。そのまま死ねば」
「いやひどいな相変わらず!」
「そんな元気があれば大丈夫よ。明日全身しもやけで悶えなさい」
もう手足の感覚がないんだけど、このままで大丈夫なんだろうか、俺……
「邪魔せんといて。うちはこの人を連れ帰って山の神に献上するんや。そうしたら人間に」
「なれないわよ。あなた、地獄先生を一度読んでみなさい。それに、実際は山の神なんていないし、そもそも雪女が人間になる方法なんて、この世には存在しないわ」
「そ、そんな……う、嘘や!」
「ほんとよ。むしろこんなうじ虫以下の下等生物の氷標本なんて山にお供えしたら、それこそ山の神とやらが憤慨して、死火山までが噴火しかねないわよ」
凍らされたまま、二人の会話を訊きながら思う。
……ひどすぎるだろ!
「お前、俺に何の恨みがあるんだよ!」
「あら、お喋りブタ野郎だから口だけは凍ってないのね。さっさと全身氷になって窒息死しなさいよ」
「だから殺そうとするな!助けるならさっさとしろよ!」
「あー、はいはいうるさいわね。わかったわよ」
妖子さんは、心底めんどくさそうに雪女の前に立つと、
「えいっ」
と可愛い声で雪女の頭をチョップした。
すると。
雪女は倒れた。
「え?」
「私、後輩に雪女がいるから弱点を熟知してるのよ。まあそうでなくても私にかかればこんなやつ敵じゃないけどね」
雪女が意識を失ったことで、俺の凍りかけた体は、みるみるうちに元通りに。
「し、死ぬかと思った……」
「そのまま死ねばよかったのに」
「い、いや今回ばかりは俺は悪くないぞ!だって、デートしてくれって頼まれて仕方なくだな」
「どうせ人の少ないところに行こうと誘われて鼻の下を伸ばして下半身固くしながらのこのこついて行って雑居ビルでの青姦プレイを期待してたせいで彼女が何を企んでいるかも見抜けなかったんでしょこの変態童貞が」
「すみませんでした……」
またやってしまった。
半妖の色香に惑わされて、また罠にかかって死ぬところだった。
「まあいいわ。それよりこの子、連れて帰るわよ」
「え、置いて行かないのか?」
「この子、何か別の悩みがあるようなのよ。それを解決するのが私たちの仕事でしょ」
そう話すとピーっと指笛をふいた。
また一反木綿?かと思ったら、今度はビルの前に、人力車が……
「うわっ、顔ついてる!」
「どーも、朧車です。ささっ、妖子さま乗ってください」
「ええ。ほら、さっさとその子連れて乗りなさい。行くわよ」
雪女を担いで、恐る恐るその乗物に乗る。
すると誰が引っ張るわけでもなく、勝手に動き出した。
「すげえ、妖怪の乗り物なんて初めてだよ。でも普通の人には見えないのか、これ」
「普通の人間からはマイバッハに見えるように調整しているわ」
「チョイスいかついわ!」
「それより、一旦家に帰るわよ。この子が目覚めたら、早速ミッション開始ね」
朧車とやらは速かった。
公道を二百キロくらいのスピードで走り去るそれは、しかし周りからは高級車に見えているとのこと。
当然、パトカーが追ってくる。
「おい、警察だ」
「あら、でも追いつけないから問題ないわよ」
「大ありだよ!誰が運転してることになってるんだ?」
「あなたが運転席で煙草吸いながら携帯で会話しつつ足でハンドル操作してシートベルトもつけずになんなら服も着ずに運転してるように見えているはずよ」
「今すぐその幻を消せー!」
結局アパートについた後、警察がやってくることはなかったので事なきを得たが、もしあのままだったらやばかった。
まだ免許も持つ前から永久に車を運転する権利をはく奪されるところだったよ全く……
「さてと、私は一度部屋で休むから、その子が目覚めたら呼んでちょうだい」
「え、じゃあこの雪女も俺の部屋に寝かせるのか?」
「もちのろんよ。じゃあまた後でね」
妖子さんは俺たちを置いてさっさと部屋に戻っていった。
俺も、おんぶしていた雪女を連れて部屋に戻る。
そして彼女をベッドに寝かせて布団をかけたあとで、さっき凍らされて死にかけていた時の決意を思い出す。
……今度俺のベッドで寝てる女がいたら襲う、か。
しかしだ。そんなことをすれば最悪捕まるどころの騒ぎじゃなくなる。
しかもこの雪女、相当強い。俺なんて簡単に殺せそうな力を持っている。
で、でも。これからもそんな奴と対峙していつ命を落とすかわからないんだし、それに彼女は妖子さんにやられて随分深く眠っているみたいだし……
ちょっと触るくらいなら、オッケーなんじゃないか?
そう思ったとたん、ごくりと生唾を飲んだ。
よく見ると、いやよく見なくとも美人な女が俺のベッドで無防備に眠っている。
それにこいつは俺を殺そうとしてたんだ。
だったら、何をされたって文句も……
「……お願い、たすけて……」
もう目が血走って、なんなら指が触手のようにうねうねして、今にも彼女の体を触らんとしていた時、そんな寝言が聞こえた。
そうだ。この子も半妖で、何か大きな悩みがあるに違いない。
さっき俺を凍らせようとしていたのだって、何かわけがあったのかもだし。
……そんな悩める女の子の寝込みを襲うなんて、それじゃあ紳士でもなんでもないな。
ああ、くそっ。悔しいけど我慢だ我慢。
まだ夕方だけど俺も一回寝よう。
体が冷えて体力もないし、一度眠って冷静になろう。
前のめりになる気持ちをおさえて、床に横になる。
ああ、俺ってホント紳士だな。
この優しさが、誰かに伝わればいいな。
そんなことを考えていると、眠気がやってきた。
どうやら、気持ちよく眠れそうだ。
◇
「須田っちのこと、警察に通報しようと思うんやけど」
目覚めたのは夜のこと。
雪女の強烈なエルボーで起こされた俺は、意識の覚醒と共にそんなことを言われた。
「ま、待て待て!なんのことだよ」
「須田っち、意識のないうちを部屋に連れ込んで自分のベッドに寝かせて悪戯するなんて、ほんま信じられへん」
「だ、だから何もしてないんだって!お、俺は妖子さんにここでお前が目覚めるまで介抱しろって言われたから」
「なら、指一本触れてへんの?」
「え、いやそれはだな」
「ほら、触っとんやん。通報やな」
「ま、待て違う!ベッドに寝かせる時に担いだだけだって!」
どうして俺はこうなる。
なーんにも悪いことをしてないのに、いつもいつも女子たちに疑われて説教されて。
あーもうやだ。こんなんなら襲っとけばよかった。
「須田っちの言い分はわかったけど、この頭の痛みはどう説明するん?あんたがうちにいかがわしい薬を飲ませた確固たる証拠やろ」
「気絶するくらいのチョップを頭にくらったら痛いに決まってるだろ!頭おかしいんかお前!」
こいつら、俺がどんな薬を常備してると思ってんだよ。
「……ほな、なんもしてへんねやな?」
「も、もちろん。大体俺を殺そうとしてたやつに欲情なんてするかよ」
今日のはほとんど嘘。
しっかり欲情してました、はい。
「なら須田っちはうちに女としての魅力がないっちゅうてんねんな?ほんまデリカシーないやっちゃで」
「いやいやデリカシーと理性の塊だろ!第一襲ってほしかったっていうんなら今からだって」
「そんなことしたら凍らせたあとばっらばらに砕いて川に流しちゃるからな」
「え、こっわ」
やらなくてよかったー。
もしあの時襲ってたら今頃そこの川の魚のえさになってたところだ。
「と、とにかく妖子さん呼んでくる」
「なんであの狐なんか呼ぶん?」
「いや、君って何か悩みがあるんだろ?俺を殺そうとしてたのだってそれが原因なんじゃないか?」
「……ふーん、一応人を見る目はあるんやな。まあええわ、ほな話したるからはよ狐ちゃん呼んできて」
この推理は妖子さんの受け売りだったけど、やっぱりつららさんにも悩みがあるようだ。
しかし次から次へと。どうなってるんだうちの大学は。
やれやれと、首を振りながら俺は一度外に出て妖子さんの部屋の前に。
そしてドアをノックする。
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