第12話 千載一遇とは

 雪女については九尾の狐や吸血鬼以上に語るまでもないだろう。


 雪山に住み、人間の男を襲って氷漬けにして山に持ち帰るなんて物騒な伝承も数多く残る彼女たちは、それでもこの目でつららという女の子を見るまでずっと、創作の中のものとばかり思っていたのだけど。


「ていうか寒い……死ぬ、もうダメ……」

「あ、めんごー冷気落とすね。せやかてここ、暑いんやもん」

「とても涼しい快適な店ですよ、はい……」


 ようやく寒さが和らいだ。

 周りの客は特に変わった様子もないので、彼女の冷気が襲っていたのは多分この席だけだったのだろう。

 なるほど、結構妖力を使いこなしてやがる。


「あー死ぬかと思った……。で、君が何の相談だ?見る限り、力をコントロール出来てるみたいだけど」

「それがさー、うちって一応妖怪やん。せやから色々不便なことが多くって」

「例えば?」

「うーん、可愛いねってよくナンパされたりー、モデルやらないかってスカウトされたりー。あっ、この前なんか電車で痴漢されそうになったんよ?ほんま半妖って大変よねー」

「……いや妖怪全く関係ないなおい!」


 それどころか私可愛いアピールえぐいなこいつ。

 うわー、こういうタイプの女子苦手だわー。


 まあ確かに、大きなつり目に鼻筋の通った可愛いと綺麗のちょうど間みたいな美人だし、声もかわいいしスタイルもいいし、細いのに胸大きいし。


 こいつが自分に自信があるというのはよくわかるけど。

 でも、なんか苦手。

 それに関西弁女子って、なんか怖いもん。


「冗談冗談。須田っちって結構おもろいね」

「お、おもしろい?俺が?」

「うん、おもろいよ。なんか彼氏にしたらすっごい楽しそうやなってタイプ。なんか毎日一緒にいても飽きないというかー」


 おおう?なんだこの流れは?

 もしや彼女、俺が長年一人で磨いてきた話術に翻弄されてるのか?


 いや、そうに違いない。きっと同世代の草食系男子ばかりに嫌気がさしているところで、俺という言葉の魔術師に出会って惚れたに違いない。


 その証拠が須田っちという呼び方だ。

 敢えて慣れ慣れしく接してきて、俺との距離を詰めようって魂胆だな。


 このー、このこのこのー。


「そ、それならいっそのこと俺と付き合ってみる?なんてね」

「え、無理。絶対無理全然タイプやないし」

「……ですよねー」


 またフラれた。

 ここ数日で何回フラれたらいいんだ俺は。


 ああ、死にたい。さっき、幸せな夢を見ながら死んでたらよかったよ……


「まあ冗談はさておきさ、須田っちは私の悩み、聞いてくれる?」

「え、ああまあ。それが仕事だしいいけど」


 こんなリア充の見本みたいな女に悩みなんかあるのか?

 性格のことは知らんが、その見た目ならどんな男でも簡単に落とせるだろうに。


「……」

「どうした?なんでも言えよ」

「じゃあ……須田っち。私とデートしてくれへん?」

「なん、だと?」


 デートとは。

 その言葉を妖怪のように解説するのもどうかと思うが、俺にとっては妖怪以上に無縁な存在であるその三文字に、怪異との出会い以上の衝撃を覚えた。


 デートって、つまりデートだよな?

 あの、男女が二人で買い物したり食事したり、最後にはキスしてホテル行ってあんなことやこんなことまでする、あれだよな?


 マジか。俺、もしかしてモテ期?

 さっきの彼女の発言だって、もしかしたら強がっていただけで、本当はやっぱり俺のこと好きなのか?

 いやいや、好きに決まってる。そうでなければデートなんて誘うはずもない。


 そうとわかれば、ここは紳士モードに切り替えて……。


「コホンッ。もちろんいいに決まってるじゃあないか」

「ほんま?よかったー、断られたらどないしよって思っとったんよー」

「断るわけないだろ。大事な友人であるカミラのお友達とあればどんな願いでも聞いてあげるつもりさ」


 こっちからしたって美人とのデートは願ったり叶ったり。

 性格は少々苦手だけど、それを差し引いたって彼女とデートできるのであればおつりがくるレベルだ。


 このチャンス、逃してなるものか!

 絶対あの狐より先に初体験を済ませてやる!


「ほな早速。カミラ、サンキュー」

「うん、いいよいいよ。じゃあ私は邪魔したら悪いからここで。須田さんも、また」

「あ、ああ。またなカミラ」


 金髪美女とのティータイムは終わり、今度は白髪陽キャ美女とのデートが始まる。

 やっぱり俺、モテ期来てるよな?


「で、これからどうするんだ?デートといえば飯とか」

「せやねー、でもうちって回りくどいの嫌いなんよ。さっさと目的、済まさへん?」

「目的?」

「うん。人のいない場所、いこっか」


 人のいない場所、いこっか。

 人のいない場所、いこっか。

 いこっか、いこっか、いこっか……


 そのセリフが何度も俺の中にこだました。


 それくらいその一言は破壊力がえぐかった。


 もう、どうやって喫茶店を出たのかも覚えていない。

 つららとどこをどう歩いたのかのかも覚えていない。

 ただただ、これから待つ夢の時間を切望して、無心で彼女について行った。


 ……


 そして気が付けば、どこかの廃ビルの前にいた。


「こ、ここは?」

「ここって、誰も人がおらんねん。でも鍵もかかってないし、ちょうどいい場所なんよね」

「ほ、ほほう。じゃあこの中で」

「うん。入ろっか」


 彼女に促された時の俺の顔は、多分相当なまでにひどいものだったろう。

 鼻の下のみならず、のびるところは全てだらしなくのびて、顔の筋肉もだるんだるんに緩んでいたに違いない。


 一方で、下半身だけはグッと固くなっていた。

 そりゃあ俺も年頃の男だ。

 これから始まる戦闘に向けて、この身に兼ね備えた武器を使える状態にスタンバイするのは当然のこと。

 

 もう、想像するだけで破裂しそうだ。


「ええと、暗いなここ……」


 朽ちかけた扉を開いて中に入ると、そこは何もない広い倉庫のようだった。

 薄暗く、少し気味悪い場所だが、まあ初めてがこんな場所でというのも俺らしいのかもしれない。


「ほな、服脱いでくれる?」


 その一言に、俺は慌てて上着を脱ぎ捨てる。

 さあ始まるぞ。俺の童貞喪失物語が……が、がが?


「あ、あれ……体が、うごかない」

「うん。これから君は、氷になるねん。氷漬けになって、私と山に帰るんや」

「つ、つららさん?」


 かろうじて動く首を目いっぱい捻って後ろを見ると、さっきまでと違い白装束になった彼女が、無数の氷の結晶をまとって立っていた。


「ちょ、ちょっと待って!で、でーとは?」

「これがデートやけど?雪女は男を凍らせて山に持ち帰るっちゅう伝説、聞いたことなかった?」

「い、いやいやデートって言葉の解釈が人間と妖怪で随分違うみたいですけど!?」

「男なんやから一度言った言葉には責任とってほしいわ。それに、なんでも願いを叶えてくれるってさっきいうてくれたやん」

「……言いましたね、確かに」


 俺のあほー!かっこつけていらんこと言うなよ!

 

「じゃあ早速。大丈夫、死ぬんやなくて永遠に氷の中で生き続けるだけやし」

「い、いやだよ!永遠に童貞なんていやだよー!」


 しかし彼女の冷気は強まる一方。

 段々と体の芯から冷えていく俺は、覚悟した。


 こんなことなら狐でも吸血鬼でもいいから襲っておけばよかった。

 据え膳を食わないからこんなことになるんだ。

 くそっ、もし生まれ変わったら、絶対に俺のベッドで寝てる女は襲ってやる!

 絶対にな!


「さ、さむ、い……」

「ふふっ。これで私も、ようやく人間に……」


 もう、彼女が何を言っているのかは聞き取れなかった。

 薄れゆく意識の中、ぼんやりと「昨日何食べたっけなー」とか「行方不明になったら誰か探してくれるかなー」なんてことを考えていた。


 すると。


「待ちなさい雪女」


 廃ビルの扉、からではなくなぜかコンクリの壁をぶち破って。


 妖子さんがやってきた。

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