第11話 喫茶店は雪山の如し
「ヤバい遅刻だ!」
朝まで飲んで、朝から何もしていない女に詰められていたせいで学校に遅刻しそうになるなんて、俺の大学生活はなんと乱れていることか。
思い描いたキャンパスライフとは随分違う現状の有り様にうんざりしながら、猛ダッシュで大学を目指す。
今日も大学前は人で溢れかえっている。
みな、それぞれ楽しそうに友人と会話しながら学校に続く上り坂を登る。
俺は一人、そんな人混みを割きながら猛然と走る。
くそっ、俺だってこいつらみたいにゆるりとしたキャンパスライフを送りたいってのに。
「あら、須田さん?」
「ん、おおカミラか」
呼ばれて振り返ると、そこには白のワンピースに麦わら帽子を被った金髪美女が。
ていうかさっき部屋に帰らなかったかこいつ?
全く、妖怪ってやつの神出鬼没さはどうなってやがる。
「須田さんも今から授業?」
「ああ、でも急がないと遅刻しそうで」
「そっかあ。私今日は休講になって暇だからお茶でもしないかと思ったけど、まあ授業なら仕方ないですね」
少し残念そうに語る彼女は、当然ながら周りの男たちの注目の的。
我先に彼女をナンパしてやろうと、多くのぎらつく視線が彼女を狙っている。
……俺の人生で大切なこととはなんだ?
授業?勉強?
否。
可愛い子と送る楽しいキャンパスライフだ。
「あー、そういえば今日俺も休講だったっけー?ちょうど暇だしお茶でも、行く?」
「そうでしたのね。ではそこの喫茶店に行きましょう。紅茶が美味しいんですよ」
「よし、行こう行こう」
俺の意思が弱いのではない。
これは選択したのだ。
そう、目先の勉学よりも目先の美女。それだけの話だ。
俺とカミラが喫茶店に向かいだすと、周りの男たちは指をくわえて恨めしそうに俺たちを見ていた。
ほほう、なんだろうこの優越感は。癖になる。
最も、今俺が引き連れているのは美女といっても吸血鬼。
そんな女のお相手ができるのは、生まれつき霊能力を持ち合わせる俺くらいのもの。
初めてだ。初めてこの力に感謝だ。
先日妖子さんと行ったばかりの喫茶店に入り、二人で席に着くとまた周りの男たちがざわつく。
ふむ、悪くない。
「カミラ、もう気持ちはすっきりしたのか?」
「ええ。帰ってから随分と吐きまして、それで初恋も一緒にトイレに流しましたわ」
「……まあいいや。しかし吸血鬼って昼間行動しても大丈夫なんだな。なんか意外だよ」
「私は人間とのハーフなので。妖子さんと同じ半妖というのも何かの縁ですね」
半分人間で半分妖怪。
そんなものにこの数日で何人も出会うなんて、やはりその辺に妖怪がうようよしているというのは本当なのかもしれない。
しかし、そんなに異種配合みたいなものがあちこちで起こってるという現実にも驚きだ。
「なあ、やっぱり半分人間だと、力も半分になるのか?」
「いいえ、そういうことでもないようです。むしろ引き継いだ力を制御するための肉体が半分人間のものであるため、おさえきれず暴走してしまうこととかもあるようで」
彼女曰く半妖だからといって、何も力が弱っているということではないとのこと。
しかも制御できないことが多いそうで、人間社会に溶け込むにあたり、悩んでいるものも多いのだとか。
ふーむ、これを知ってて教授は俺に妖怪の相談相手なんて仕事を与えたのか。
しかしなあ。危険な香りしかせんなあ。
「私の場合は、思春期に目覚める吸血衝動というものをコントロールできずに悩んでおりました。もちろんお二人のおかげでこうして穏やかな心を取り戻すことができましたが」
昨日、酔っぱらって人を噛もうとしていたやつがよく言うよ。
でも、まあ体質と付き合っていくって感じなのかな、彼女たちにとっては。
「そういえばカミラには半妖の友達とかはいないのか?もしいたら紹介してくれよ。一応俺たち、そういうやつらの悩み相談を仕事にしてるから」
「ええ、そのつもりです。実は今日呼び止めたのも、あなたとデートをしたり楽しくお茶したりなんでもない雑談をして友好を深めたりなんて気は一切なく、紹介したい人がいたからなのですよ」
執拗なまでに、お前絶対に勘違いすんなよと念を押された。
いやさ、わかってたよ俺だって。きっとなんかの用事なんだろうなって。
でもさあ。でもさあ。
ちょっとひどくない!?
「いやいや別にそこまで言わんでもよくないか!?」
「いいえ、あなたは私を眠らせてベッドに連れ込んだ凶悪犯ですから、それくらいの念押しはさせていただきます」
「いやいや、だからあれは」
「言い訳無用。ファッカー須田という称号を与えられたくなければ素直に謝りなさい」
「はいすみませんでした僕が悪かったです許してください!」
頭をテーブルに打ち付ける勢いで下げた。
もう頼むから変なあだ名をつけようとしないでくださいお願いします……
「では、本題に戻りましょう。紹介したい方がいるのですが、呼んでもかまいませんか?」
「あ、ああ。その人も半妖なのか?」
「ええ。ちょっと季節外れな妖怪ですが、許してあげてください」
彼女がそう話すと、ヒューっと窓の隙間から冷たい風が入り込む。
いや、風のせいではなく寒気がする。
寒いからと、飲んでいたあたたかいはずの紅茶を手に取ると。
「こ、凍ってる……」
「つららちゃん。こっちよー」
「はーい」
ガタガタ震えながら声がする方をみると、そこには長く伸びた白髪を頭の後ろでくくったポニーテールの可愛い女の子の姿が。
こんなにくそ寒いのに、半袖のシャツにジーンズという恰好でやってきた彼女は、カミラの隣に座る。
「この人が今朝話してた須田さん。半妖の相談役なんだって」
「へー、おもろいことやってるやん。うちの名前はつらら。
「……」
「あれ、緊張してんのかな。おーい」
「……」
俺は今、夢を見ている。
あったかいコタツの中で母さんが作ってくれたお雑煮を食べながら「もうすぐ年越しだね」なんて無邪気にはしゃいでいたあの頃の夢を。
ああ。あの頃は幸せだったな。
でも、どうしてそんな昔の事を思い出してるんだろう。
ああ、これが走馬灯ってやつか。
そっか。俺、死ぬんだ。
喫茶店で、吸血鬼とお茶をしながら。
……
「……だーっ!寒いわぼけ!死ぬとこだったよ!」
走馬灯に飲み込まれて危うく凍死するところだった。
「いやー、霊能力者って訊いてたからもっと耐性あるんかと思ってたけど生身の人間なんやな君って」
「人をなんだと思ってるんだ!ていうかお前、もしかして」
「うん。うちは雪女。ちゅーても雪女と人間のハーフやけど」
俺の前に現れた三人目の半妖。
その名は雪月花つらら。
彼女は。
雪女。
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