第10話 ご近所さん
「というわけで、飲むわよ」
傷だらけでボロボロの俺と元気ハツラツ妖子さんは、カミラを家まで送り届ける途中。
その道中で彼女がそう言った。
「飲むって……もう帰ろうよ、疲れた」
「いいえ、こういう時はパーッとやって嫌なことを忘れるの。カミラもくるでしょ?」
「私もご一緒していいのですか?」
「もちろん。あなたの初恋の散りざまに乾杯ってわけね」
機嫌が良さそうだ。
ただ、これは事件を解決したから、というわけではない。
「危なかったわ。先を越されるところだった」
という彼女の独り言を俺は訊いた。
ほんと、そんなに嫌ならさっさと誰にでも抱かれてこいよ。
「ええと、それで飲みに行くってどこに?居酒屋もさすがに空いてないぞ」
「そうねえ。なら、宅飲みでもする?なんか大学生っぽいし」
その言葉に、少し胸が躍ってしまった自分がいた。
よく大学生もののアニメやドラマにある、楽しそうに缶ビールやチューハイで乾杯する風景に憧れを持っていたからだ。
俺も大学生になったら友人と、しかも女の子なんかを交えて宅飲みしながら週末の予定や将来の夢なんかについて語りたいと思っていた。
まあメンツは友人ではなく怪異二名だけど、まあ二人とも美女には変わりないしちょっと楽しそうだと。
「じゃあコンビニでなんか買っていくか」
というわけで一度進路を変えて俺たちのアパートへ。
前のコンビニで飲み物やお菓子を買いこんで、俺の部屋に三人で戻った。
「あれ、扉が……直ってる」
「ええ、私の魔法でちょちょいと直しておいてあげたわ」
「す、すごいな。一体どんな力なんだ?」
「んんとね、まずしげぴーに電話して、明日おはようコールをエッチな感じでかけてあげるからすぐにドアを修繕しておきなさいって囁いたらこうなったわ」
「教授すみませんでした!」
もうこの人にとってしげぴーはおもちゃ以下なのだろう。
でも、彼がそれで幸せなら……い、いいのか?
よくわからなくなりながら、とりあえず直してもらった扉を開けて、二人を中に案内する。
「ごめんカミラ、狭いところだけど」
「いえ、大丈夫です……すんすん」
「ど、どうしたんだよ?」
「いえ、夜にあなたの匂いを嗅いでも興奮しないなって。やっぱり、私の初恋は終わったんですね」
部屋の床に座った彼女は少し寂しそうに笑った。
その儚げな様子がとても美しく、俺は思わず見蕩れてしまう。
「カミラ……」
「須田さん……私」
「う、うん」
おんや?
このムード、これはもしや……セカンドラブ?
いや、そうに違いない。初恋にこそ破れたが、自分を体を張って助けてくれた身近な男子こそが最も大切な人だったと気づいて惚れ直したパターンが今やってきてるに違いない。
ほほう。やっぱり頑張った甲斐があったというものだ。
ちょうど妖子さんはトイレにいってるし、これはチャンス以外のなにものでもない。
善は急げ。据え膳は食え。これが俺のモットーだ。
「カミラ、実は俺」
「私、絶対にイケメン捕まえて幸せになりますね」
「ああ、俺も……ん?」
「いやー、今回はダメでしたけど大学ってかっこいい人多いですもんね。あんな怖い人たちはもうごめんですから、今度はもっと優しそうなイケメンにします」
「そ、そうか。ちなみにだけど、俺ってお前からみたらどうなんだ?」
「んー、中の下かな」
「……どうも」
ただの勘違いでした。
もうやだと、俺は机に突っ伏した。
「よーし吞むわよ……ってどうしたのよあんた」
「妖子さん、俺を殺してください……」
「どうせカミラを助けたからうっかり自分のことを好きにならないかなって期待してそうじゃなかったからがっかりってとこでしょ」
「そこまでわかってるんなら一思いにやってくれ……」
「なっさけないわねー。まあいいわ、こんな男ほっといて。カミラ、乾杯しましょ」
いちいち拗ねるのも男としてどうかと思うが、こんなに傷だらけになって頑張ったのに何のご褒美もないどころか、何もしていない、まだ出会ってもいないイケメンに負けている現実に対してちょっとくらいいじけたっていいだろう。
一人でいじいじしていると、すぐに「カシュッ」と気持ちのいい音が部屋に響く。
「さあ飲むわよー。カミラ、グイッと行きなさい」
「は、はい……っ!?」
その音に妖子さんの方をチラッと見ると、飲んでいるのはビールだった。
「お、おいいつの間に」
「ぷっはー!あーマジ沁みる」
「おっさんか……ってそうじゃなくて飲むなよ」
「あら、カミラも飲んでるわよ」
「なんだと!?」
カミラの方を見ると、彼女は両手で缶を持って、グーっと一気に飲み干していた。
「お、おい大丈夫か?」
「……げふっ。これ、苦いですね」
と言った後、カミラの顔がみるみると赤くなり、元から赤い瞳を大きく見開いて俺を見てくる。
「な、なんだよ……お前、酔ってるのか?」
「んー、なんかいいにおいする。血、血が飲みたい……い、いただきまーす!」
「うわーっ」
彼女は、おさまったはずの吸血衝動を再び発動させて大きく口を開いて俺に襲い掛かった。
噛まれる。殺される。
そう覚悟して目を閉じたが、カミラはその場にパタリと倒れた。
眠ったようだ。
「すー、すー」
「ね、寝た、のか?」
「みたいね。しかし酔うと吸血鬼化するなんて、なんか無茶苦茶ねこの子」
「飲み会には参加したらダメだなこいつ……」
宅飲み開始からわずか五分で、一人が泥酔しリタイア。
しかし思わぬ収穫もあった。吸血鬼はアルコールで狂暴化する、らしい……。
「さて、飲み直すわよ」
「いいよおれは」
「いつまで拗ねてるのよ。あんまり聞き分けが悪いと、あなたの二つ名『レイパー須田』を流行らすわよ」
「すみませんお供させていただきます!」
こうして眠るカミラを放置したまま、俺たちは朝になるまでくだらない話をしながら飲み明かした(もちろん俺はノンアル)。
そして外が明るくなってきたころに、酔っぱらった妖子さんはフラフラと自分の部屋に戻ろうと立ち上がる。
「あー、飲んだわね。とりあえず、明日しげぴーに追加料金もらいにいくから」
「待て待て。カミラを置いていくなよ。お前の部屋に連れて」
「嫌よ。私の部屋、誰も入ったらダメなの」
「な、なんだよそれ。でもこのままだと」
「大丈夫。この子はあなたのこと、信用しているわ。それくらい伝わってくるもの」
「そ、そうか。うん、まあ任せておけ」
「ええ。それじゃ、頼んだわよ」
と、かっこつけながら彼女は部屋を出た。
すぐに床で眠るカミラを見ると、なんとも幸せそうな顔で眠っている。
……ちょっと寝顔可愛いな。
い、いかんいかん。寝込みを襲うなんてするもんか。
俺は彼女をお姫様抱っこで抱えてベッドにそっと寝かせた後、逆にさっきまで彼女が横たわっていた辺りに寝そべって、そのまま床で眠りについた。
◇
「あなたを今から警察に通報します」
朝。
目覚めた瞬間にカミラにそう告げられた。
というより目覚めも、彼女のグーパンで吹っ飛ばされてのことだったのだ。
「いやいやおかしいだろ!お前が勝手に寝てたんじゃ」
「いいえ、貴方が何か睡眠薬でも仕込んだに違いありません。その証拠に原因不明の頭痛が私を今も苦しめています」
「だからそれ二日酔いなんだよ!酒弱いんだよお前が!」
何が信用されてる、だよ。
なんで酔いつぶれたやつの介抱をするたびに犯罪者にされそうになるんだよ俺は。
「では、眠っている私に何もしなかったと、あなたはそうおっしゃるのですね?」
「さっきから言ってるだろ。俺はお前に何もしてない。する気もない。第一お前は俺を殺そうとしてたんだぞ?そんな相手に欲情するかよ」
半分ほんと、でも半分は嘘。
確かに彼女は怖いけど、でも寝顔が可愛いし時々はだける服から見えるへそなんかに、ムラムラはしていた。
でも、なにもしてないからな!
「そ、そう、ですか。私には何も……」
「ああ、そうだよ。だからもう機嫌直せ」
「私……私って、そんなに魅力がないんですか!?」
「……はあ?」
「だって、こんなに可愛い私が無防備に眠ってて、それで何も手出ししようとされないってことは、私の魅力に問題があるかあなたが意気地なしのゴミなのかどちらかに違いありませんわ」
「さりげなく人の悪口を挟むな!」
でも待てよ。
この会話の内容を推察するに、彼女は俺に襲ってほしかったと、そう言ってるので間違いは……ない、よな?
ほほう。素直じゃないのも罪だのう。
「わかった、お前は魅力的だ。カミラを押し倒したくて仕方がない」
「は?キモッ、死ね、マジで死ね」
「……」
あれ?
「い、いやお前、俺に襲ってほしかったんじゃ」
「そんなわけないでしょ。あなたが寝ている私を襲おうとして噛まれて血を吸われて干からびそうになりながら息絶え絶えの状態で土下座しながら謝ってるところまでが正解の流れです」
「わがままか!」
何が正解なんだよ……
もう俺には正解がわからない、誰か助けてくれ。
「まあ、襲っていないというのであれば今回は特別に見逃してあげます。二度とこのようなことがないように」
「お前は二度と酒を飲むな」
「はいはい。では、一度家に帰ります」
早く帰れと、彼女を追い出すように見送ると、アパートの階段を……降りずに彼女は妖子さんの部屋の方に。
そこを通り過ぎると、もう一つ奥の部屋の前で足を止める。
鍵を出す。
「え!?お前もここに住んでるの!?」
「あれ、言いませんでしたっけ?」
「聞いてないよ!なんだここ、妖怪の巣窟か?」
人生で出会った二人目の半妖、吸血鬼女カミラ。
彼女もまた、俺と同じアパートの住人だった。
「というわけなので、これからもよろしくお願いしますねご近所さん」
彼女はパタリとドアを閉めて、その中に消えていった。
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