第9話 妖狐、危機一髪?

「ドンドンドン」


 誰かが扉をたたく音で目が覚めたのは夜遅くのこと。

 しかし今日は疲れていたのか体が動かない。


 誰か酔っ払いが部屋でも間違えたのかと、もう一度布団に入るとまた扉を強くたたく音が。


 ……うるさいなあ、何時だと思ってるんだよ。


 でも、危ない人だったらいやだからこのまま寝たふりしておこう。


 そう決めて目を瞑ろうとした瞬間、ドアが。


 吹っ飛んできた。


「うわっ!」

「ちょっと、起きなさいよ」

「よ、妖子さん!?な、なんだよ一体」

「緊急事態よ。早く来なさい」


 鬼気迫る様子の妖子さんが、ドアのとれた玄関先に立っていた。

 いや、どうするんだよこれ!


「蹴り破らなくてもいいだろ」

「だって起きないんだもの。それよりこれ、見なさいよ」

「ん?」


 まだ寝起きで霞む目をこすりながら彼女の持つ水晶を覗き込む。


 するとそこには、吸血鬼女カミラと、昼間彼女が告白したバレー部の男、門脇の姿が。


「これ、どこ?」

「あの男の家ね。何やら様子がおかしいのよ」

「様子?いや、仲良く話してるようにみえるけど」

「見なさいよもっと。ほら、わかるでしょ」

「……わかんない。ラブラブに見える」

「それよ。まだ付き合って初日なのに恋人繋ぎしてるでしょ。しかも肩寄せ合ってる。これ、今からおっぱじめる気よ!」


 語気を強めながら、妖子さんは水晶玉を粉砕しかねないくらいに力を込める。


「……だから?いいじゃん別に」

「何言ってるのよ。あんな吸血鬼の小娘に先を越されるなんて死んだ方がマシよ」

「あんたは一回死んで来い……」


 なんともまあくだらないことで起こされたようだ。

 しかもドアをぶっ壊されたし、踏んだり蹴ったりだなマジで。


「……寝る。おやすみなさい」

「待って、なんか様子がおかしいわよ」

「はいはい。のぞき見はよくないからさっさと寝ろよー」

「いいから見ろっての。ほら、男がたくさん」

「ん?」


 よく見ると、水晶玉の中に映る部屋に複数の男が。

 よく顔は見えないが、カミラが戸惑っているように感じる。


「お、おい。様子が変だぞ」

「まずいわね。行くわよ」


 妖子は水晶を袖にしまい、さっと立ち上がると俺の首根っこを掴んで外に。


「ま、待て待て!いてて!」

「急ぐのよ。あの子がいるのは隣駅にある男の部屋ね」


 そう話すと、彼女は指笛を吹く。


 するとだ、空から何か布のようなものがヒラヒラと。


「あ、あれは?」

「一反木綿といえば日本では有名でしょ」

「あ、あの一反木綿か!うわっ、マジでいるんだ」


 その白い布の妖怪のことは、日本人であれば誰もが皆、一度はテレビアニメで見たことがあるだろう。


 それが目の前に。これはちょっと感動する。


「さあ、これに乗っていくわよ」

「え、二人乗りでもいけるのか?」

「ええ、問題ないわ。問題ないわよね、一反木綿」

「ええと……二人はちょっと」

「問題、ないわよね?」

「は、はい……」


 白い布は困った様子で、しかし逆らえないとばかりに渋々返事する。

 うーん、やはり妖怪の世界でもパワハラなるものは存在するのだな。


 しかし管狐といい一反木綿といい、ここまで妖子さんに支配されているということは、つまり彼女は支配者としての力を持っているということか。


 う、うーん。こんなトンチンカンな変態女のどこにそんな力があるのだろう。


「いくわよ、全速前進」

「お、重い……」


 俺たちは白い布に乗り、空に舞う。


 飛んだ。人生で、まさか空を飛ぶ日がくるなんて……


「す、すげー。うわー、ほんとに浮いてるよ」

「当たり前よ。それより浮かれてる時間はないわ。早く行かないと手遅れになる」


 そうだった。

 今こうしている間にもカミラが男たちに……


 結構なスピードで空を飛び、俺たちはすぐにカミラのいるアパートに到着。


 そして窓から部屋の中を見ると男たちがカミラを囲んでいる。


「早く助けないと」

「さあ行くわよ」

「よしっ……ってあれ?」


 なぜか俺は、妖子さんに首根っこを掴まれて片手で持ち上げられている。


「な、なにする気だ!」

「窓にぶん投げるから、受け身とりなさいよ」

「や、やめろ!」

「せー、のっ!」

「うわーっ」


 俺は全力で、マンションの一室の窓に向かって投げつけられた。


 そして窓ガラスをぶち破り、そのまま部屋の中に転がる。


「がはっ……いてて、なにしやがるあの女……」

「お、お前誰だ?何しにきやがった」

「え、あれ?」


 散らばったガラスの破片が頭の至るところにささり、体は打ち付けられて酷い痛み。


 しかし、体を起こすとそこには屈強なヤンキーが数人、不機嫌そうに立ちはだかっていた。


「え、ええと……お、俺は通りすがりのただのものでして」

「てめー、いいとこだったってのに邪魔しやがって。ぶっ殺してやる」

「ま、待て待て!大人なら話し合いで」

「うっせー、死ね!」

「ぶふぉっ!」


 ぶん殴られた。

 ぶん投げられたあとに、ぶん殴られた。


 いや、なんだよこの展開?

 俺、つい三十分前まで寝てたんですけど!


「い、いてて……」

「須田さん!」

「あ、カミラ……無事だったか」


 男たちの後ろに、カミラの姿が。

 しかし、男二人に腕を掴まれて動けない様子。


 ……


「おい、さっさと帰れや」

「……お前らこそ、出て行け」

「ああん?なんだって?」

「い、いや……」


 はっきり言う。

 怖い。


 体中が死ぬほど痛いし、目の前の男たちは死ぬほど怖い。

 だから嫌だったんだ、妖怪と関わるなんて。

 こんなろくな目にしか合わないのに、なんでこんなことやってんだよ俺。


 さっさと逃げてしまえば楽になる。

 それにあの吸血鬼は、一回は俺を殺そうとしてたんだぞ?助けてやる義理なんて……


 でも……でも。


 女の子を見捨てるなんて、できるかよ、くそっ!


「お前らが出て行けって言ったんだ。その子は友達だから、こっちにわたせ」

「おいおい、この子は門脇の彼女だぜ?彼氏が彼女をどうしようと勝手だろ?なあ、門脇」


 凄んでくるヤンキーの一人が呼ぶと、奥から長身のイケメンが姿を表す。


「お前、門脇……」

「お前一年だろ?だったら敬語使え、ボケ」

「このクソ野郎め」

「ははは。何を勘違いしてるかしらんが、カミラちゃんは俺が好きだからなんでもするって言ってくれたんだよ。だからお友達を呼んでパーティーしようとしてたのにお前が邪魔するから。ほら、さっさと帰れや」


 バレーをしている時のこいつと本当に同一人物なのかと疑ってしまうほどに、門脇は卑しい顔で笑う。

 そして仲間の一人に何かを告げると、そいつが金属バットを持ってきて門脇に。


「はは、痛い目に合わせてやる。そんで、指くわえて俺たちのパーティーを見てな」

「……くそっ」


 体が動かない。 

 ダメージがデカすぎる。


 ……。


 ……窓に投げられた時のダメージが、デカすぎるんだよ!


「うらー」


 振り下ろされる金属バットを見ながら、なんでもっとまともな入場をさせてくれなかったんだと、心底妖子さんを恨んだ。

 

 ていうか、あいつどこにいったんだよ。

 まさか逃げたのか?俺をこんな状態で戦地に放り込んでから逃げたのか?

 

 あの女、マジで末代まで呪ってやりたい。


 そんな恨み節を並べながら、目を閉じて身構えた。


 と、その時。


「あちちちち!」

「うわー、火が!おい、誰か消せ!」

「ど、どこから火が?あー!」


 男たちが次々と。


 燃えた。


 青い炎に焼かれて、逃げ惑っている。


「さて、真打の登場ね」


 と、カッコつけてようやく、妖子さんがやってきた。


 割れたベランダの窓から入ってきた彼女は、両手に炎を持つようにして、スタスタとこっちに歩いてくる。


「な、なんだお前は!」

「え、私のこと知らないの?こんなに可愛くて大学中で評判の私を知らないなんて、あなたさてはブス専ね。ま、私でなくカミラなんかに目をつけるあたりほんとそうかもね。目が腐ってるのかもね。いえ、腐ってるわね。くそっ!」


 今日は特によく喋る。

 自分でなくカミラが標的にされたことが相当腹立たしいようだ……


「まあいいわ。とりあえず寝てなさい」

「な、何をいうこの女!お前もついでに……あ、あれ?」


 門脇は、その場でフラフラしながら、やがて倒れた。


 そして、炎に焼かれた連中や怖気付く輩も皆、パタパタとその場に倒れる。


「こ、これは?」

「面倒だから眠らせたわ」

「おい、そんなことできるんならなんで俺を投げたんだ?」

「うーん、ちょっとバトルシーンほしいかなーって」

「マジで一回死ね!」


 俺の体を張った頑張りは、一体なんだったのか。

 もうやだと、部屋を出ようとしたところで立ち眩みが。


 すると、よろけたところにカミラが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。そっちこそ、無事でよかったよ」

「まさかこんなひどい人だったなんて……まだ、少し信じられない……」

「カミラ……」


 床に転がり、気持ちよさそうに眠る門脇を見ながら吸血鬼は目に涙を浮かべる。

 

 初恋の相手が、自分を家に連れ込んで酷いことをしようとしたのだから、ショックに決まってる。


「ううっ……好きだったのに。私、初恋だったのに……」


 泣き崩れる彼女に、俺は何も言ってやれなかった。

 妖子さんも、同じく彼女には声をかけることなく。


 代わりに倒れた男たちの服を漁って財布を……


「ってなにしとんじゃ!今そういう場面じゃないだろ!」

「えー、だって慰謝料として拝借しとかないと」

「じゃあ俺がお前に慰謝料請求してやるよ!」

「うるさいわねそんなんだから童貞なのよ」

「お前だって処女だろうが」

「私は妖怪の帝王よ。そう簡単に男を近寄らせないだけよ」

「詭弁だ。マジでそんなんだから相手いないんだよ」

「あなたはさしずめ貞王という方があってるわね。この童貞キング」

「なにを!」

「燃やしてやるわよ」


 口喧嘩がヒートアップして、俺はその辺にある金属バットを構え、妖子さんは炎を身にまとい俺を睨む。


 と、その時。


「ぷっ、あはははは」


 笑い声が。


「あー、もう二人ともおかしい。なんか知らないけどおかしくって、くっ、ぷぷっ。あはははは、もうダメー」


 カミラが爆笑。

 それを見て二人とも、一度構えを解く。


「あー、笑った笑った。なんか、二人見てたらさっきまでのモヤモヤしてた気持ちなんてどうでもよくなっちゃった。うん、なんかもういいや」


 そう言って涙を拭きながらニッコリするカミラ。

 それに対して「作戦通りね」と意味のわからないことを呟く妖狐。


「……まあ、無事解決してよかったよ。帰ろっか」

「ええ、全て、私の機転と私の力と私の美しさのおかげね」

「はいはい。ほんと、無駄に怪我しただけだよ、いてて」

「……でも」


 妖子さんは、先に外に出ようと歩き出した後、振り向きざまに俺を見る。


「今回は、少しかっこよかったわよ」

 

 少し口角をあげながら、美しい笑みを向けたと思うと、すぐにまた前をむいてカミラの方に行ってしまう。


 ……初めて、褒めてくれたな。


 まあ、それなら。

 頑張った甲斐があったというわけか。



 

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