第8話 管狐はマイカメラ

 そういえば、まだ俺たちの通う大学についての説明を誰もしていなかったなあと思いだしたので一応参考までに。


 私立怪陽大学しりつかいようだいがくという、都内の少し外れた場所にあるこの大学は、今ではめずらしく、五年ほど前に新設されたばかりの学校だ。


 偏差値はそんなに高くないし、スポーツも特段強いというわけでもないし、学校の評判だって、土地の問題や創立者の失言などが設立前からニュースになったりでお世辞にもいいとはいえないところ。


 だからここに来るつもりはなかった。

 しかしここしか受からなかったので、泣く泣く入学となったのだ。


 もっとも俺が受験で失敗したのは自らの力不足ではなく裏の力が働いていたからということで、マジで余計なことをしたクソ変態教授にはいつか必ず報復してやりたい。


「バレー部は、あそこね」

「あ、いました。あの人、今アタックした人です」


 俺は今、妖狐と吸血鬼と三人で体育館に来ている。


 これから、吸血鬼女の初恋の相手とやらをチェックし、彼女の恋路をサポートするのが仕事だ。


「へえ、イケメンだなあ。身長も高いし、羨ましい」

「あなたなんて何回生まれ変わってもああはなれないでしょうね。同じ人間とは思えない容姿の違いにちょっとドン引き」

「そ、そこまで俺の見た目は悪くないだろ。あいつがよすぎるんだ」

「いいえ、相対評価ではなく絶対評価であなたの容姿はイマイチよ。顔が、というより全体的な雰囲気が陰気クサいというか……あっ、立ち眩みが」

「人を見てめまいを起こすな!」


 なんちゅう失礼な奴だ。

 ていうかこいつ、俺をなじることを楽しんでやがる。


「さて、気持ち悪いものを見ちゃったから目の保養しないと。ええと、あの人の名前は?」

門脇優かどわきすぐるさんっていって、二回生なのにもうバレー部のエースをやってる方です。ああ、かっこいい……」


 吸血鬼女が、俺には見せたこともない顔でうっとりと頬を朱くしながら見つめている。

 くそっ、イケメンは卑怯だ。マジでリア充爆発しろ。


「じゃあ練習が終わったら彼をつかまえてアタックね。頑張りなさい」

「は、はい……でも、大丈夫でしょうか?」

「問題ないわ。あなた、私の足元にも及ばないけど美人だし。男ウケする顔してるから」


 一応自分が一番というプライドは崩さないけど、でもこいつも人を褒めることあるんだな。

 でもそれなら一回くらい俺のことも褒めてくれりゃあいいのに……


「さあゴミ、じゃなくてカス、でもなくてクズ。私たちは一回退くわよ」

「何回も言い直してクズはやめろ!でもまあ、うまくいくといいな」

「はい、私頑張ります」


 というわけで、俺たちは吸血鬼女をおいて一旦外に出る。


「あとは時間の問題ね。その辺でお茶でもしましょう」

「え、立ち会わなくていいのか?せめて陰から見守ってやるだけでも」

「あー、大丈夫よ。一応私、便利なカメラ持ってるから」

「カメラ?」


 そう言うと彼女は、一体どこにしまってたのかは謎だけど着物の袖から水晶玉を出した。


「この水晶に、カメラで写したものが投影されるの。これで彼女の告白を見守りながらティータイムってわけ」

「なるほど、さすが妖怪だな便利なもの持ってやがる。で、そのカメラってのは?」

「今出すわよ。イズナ、出てきなさい」


 言うと、彼女がいつの間にか持っていた筒から、にょろんと小さな狐が姿を見せる。


「うわっ、な、なにこれ」

「管狐のイズナよ。まあ、私のペットね」

「へ、へえー。なんかかわいいな。おい、お手」

「うっさいんじゃわれ!ぶっ殺したろかい!」

「えっ、こわっ!」


 喋った。しかもめちゃくちゃ口が悪い。


「妖子、ワシはカメラじゃないと何回言えば気が済むのじゃ」

「カメラとしての需要があるだけマシと思いなさいよ」

「いやしかしじゃな」

「四の五のぬかしてると封印するわよ」

「……わしの人生どこで狂ったんじゃろうのう」


 脅されて、すごく悲しそうに管狐はフラフラとどこかに飛んでいった。

 なぜだろう、その姿が妙に親近感を覚えてしまう。


「あ、あれ大丈夫なのか?」

「いつものことよ。それより行くわよ」


 寂しそうに飛んでいく管狐のことなど気に留める様子もなく、妖狐はさっさと喫茶店へ向かう。

 なんか妙な罪悪感を覚えながらついて行き、二人で店に入って席に着くと、彼女が水晶玉をテーブルに置く。


「さて、どうなるかしらね」

「まあ、どうせならうまくいってほしいけど、どうなんだろうな」

「ちょっとお手洗いにいくわ。しっかり見てなさい」


 そういえば管狐というものについての説明が何もなかったので、妖狐がお手洗いに行っている間に少しだけ。


 管狐。地方によってはイヅナやオサキとも呼ばれるその妖怪は、主に霊能者や飯綱使いと呼ばれる能力者が使用するとされており、使用者以外に本来姿は見えず、予言をしたり呪術を使えたりすると言われている。


 同じ妖狐同士、妖子さんとは何らかの縁があっての今なのだろうが、あのイズナという管狐、完全に支配されていたな。


 可哀そうに。あんなクソみたいなのが主人になるなんて、お先真っ暗でしかない。


 誰もいない体育館裏が映った水晶を見ながら勝手にさっき会ったばかりの管狐のこれからを憂いていると、やがて妖子さんが戻ってきた。


「どう?進展はあったかしら」

「いや、まだ誰も……あっ、来たぞ」


 水晶の中に、吸血鬼女とバレー部イケメンの姿が。

 しかしどうやら音声までは届かないようだ。


「なんかドキドキするわね」

「ああ、どうなるんだろ」

「フラれろ、フラれろ、フラれてしまえ」

「……心狭いな、お前」


 ブツブツいいながら呪いをかけるように水晶を見つめる彼女と一緒に、吸血鬼の恋の行く末を見守る。


 向かい合わせに立った二人は何かを話している。

 その後、吸血鬼が少し……笑った?

 あ、イケメンが照れた。

 あっ、抱き合った。


「うまく、いったみたいだな」

「……ぶっ殺す」

「いやいや、いいことだろ。これで、あの子の吸血衝動もマシになるんだろ?」

「まあ、そうだけど。なんであんなブスがイケメン捕まえてるのよ。マジ世の中の男子は見る目がないわ」

「いや、自業自得だと思うけどな……」


 この後妖子さんがティーカップを粉砕したのは言うまでもなく。

 しかしどうやら俺たちの最初のミッションはうまくいったようだ。


「やれやれだな。よし、とりあえず一つ目の仕事を終えた報告を教授に」

「ああ、報告はイズナに行かせるわ。それよりあの子のとこに行って話しないと」

「確かに。一応確認はしとかないとだな」

「いいえ、調子乗ったらぶっ殺すって言いに行くのよ」

「まじでお前、心狭いわ……」



 というわけですぐに大学に戻った俺たちは、嬉しそうに学内を散歩する吸血鬼と合流。

 

「妖子さん、私やりました!彼も私のこと好きだって!」

「そ、そう、それはよ、よかった、わね。あは、あはは、ははは」


 喜ぶ吸血鬼と、イライラが止まらない妖狐。

 しかも吸血鬼が追い打ちをかける。


「今日、早速家にこないかですって。このまま私、女になっちゃうのでしょうか?きゃっ」

「……ねえゴミ、今からバレー部の部室にトラックで突っ込みなさい」

「嫌だよ!ていうかいいことじゃんか。大学生って感じで羨ましいよ」


 もう人を殺してしまいそうなくらいに怒りが蓄積する妖狐をなだめながら、俺は吸血鬼に声をかける。


「ま、まあとにかくよかったな。もう人を襲うなよ」

「ええ、ありがとう。あなたたちに相談してよかったわ。そうだ、わたしのことはカミラって呼んでね。じゃあ、また」


 バイバイと手を振りながら、彼女は去る。

 怒り狂う妖狐をなだめながら俺も手を振ると、やがて彼女の姿が見えなくなったところで妖狐さんが。


「……本当にうまくいったのかしら」


 と。怪訝そうな顔でつぶやく。


「往生際が悪いぞ。うまくいったに決まってるだろ」

「そうだと、いいけどね」

「? 何か気になることでもあんのか?」

「いえ、思い過ごしならいいけれど。それより、飯よ飯。今日はしゃぶしゃぶね」


 ちなみに今回の報酬は十五万円。

 これは特別に教授が「初仕事お疲れさん」と色をつけてくれたもので、それを大切に使おうと心に決めたのもつかの間、さっそくしゃぶしゃぶ店で霜降り肉を悔い漁る俺たちであった。


 そして散財してからマンションに戻ったのは夜。

 勉強も何もしていないのに妙な充実感を覚えながら俺は、静かな部屋でゆっくりと眠りにつく。




 

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