第7話 初仕事

「今から警察につきだしてやるわ」


 朝、目が覚めたと同時に妖子さんにそう言われた。


 ていうかそもそも目覚めも、彼女に思いっきり蹴られて強制的に意識を呼び戻されたわけで。


「な、なんだよ朝から」

「怪異の長たる私を酔わせて部屋に連れ込むなんて大した度胸ね」

「い、いや昨日は勝手に酔って潰れたんじゃないか」

「じゃあさっきからズキズキと私を苦しめる頭痛はどう説明する気?あなたが変な薬飲ませた証拠でしょ」

「二日酔いだよ!絶対それしかねえわ!」


 朝から絡まれていた。

 マジであのまま店に置いて帰ってやればよかったと、昨日の夜の自分の行動を悔いる。


「言い訳無用。今からあなたに与えられる選択肢は三つ。燃やされて死ぬか、牢屋で罪を償うか、大学中にレイパー須田というあだ名を広められるかよ」

「最後の奴が一番嫌だな!」

「そう。ならそれにするわ」

「選ばせてもらえんのかい!」

「一番嫌なものを選ぼうと思ってたから」

「最悪だな!」


 俺は大学にまできて、また不名誉なあだ名をつけられそうになっている。

 しかも今回のはマジでヤバい。

 頭がおかしいとか、ちょっと変態っぽいとかではなくがっつり犯罪臭しかしない。

 

「さあどうするの?どう落とし前つけるの?」

「わ、悪かったよ……でもなんもしてないって。それはマジだから」


 もうひたすら謝って懇願するしかなかった。

 メラメラと背中に炎をまとう妖怪に睨まれたからではなく、不名誉なあだ名の襲名を回避したい一心だ。

 

 しかし、なぜかまた彼女が怒る。


「なんで何もしないのよ。私よ?この私が無防備に寝てて何もしようとしなかっていうわけ?」

「……はい?」

「どういう神経してるのかしら。これだから童貞って嫌なのよ。あーあ、マジで失礼しちゃうわ」


 どういうわけか、何もしていなかったことにも難癖をつけられた。

 いやまてよ、ということは……


「お前、襲ってほしかったのか?」

「そんなわけないでしょ。もし襲ってたらもうあなたはこの世にいないわ」

「どっちなんだよ!意味わかんねえって」

「あなたが私にムラムラして耐え切れず襲おうとして私に燃やされて朝私が目覚めた時に黒焦げで土下座してるところまでが正解よ」

「わがままか!」


 ていうか燃やされたら死ぬわボケ。


「とにかく、何もしてないのならまあいいわ。ま、手を出そうとしても無駄だけど」

「なんだよ、お前の配下の妖怪にでも護衛させてるってか」

「いいえ、私のファンクラブが総動員であなたに嫌がらせするわ」

「なんかやだな!」

「ポストにマヨネーズとか、玄関におしっことか、おっさんの靴下を口に突っ込むとか」

「うわっ、絶対嫌だそれ……」

「なら私に手を出そうなんて思わないことね」


 ふふんっ、とどや顔で俺を見下しながら彼女は俺のベッドの上でなぜか決めポーズをとる。

 

 こいつが男に相手されない理由ってのが、まあよくわかる。

 ていうかそんなんじゃ一生処女だぞ?


「さて、それじゃ学校行くわよ」

「そうだった。授業受けないとな」


 そういって立ち上がると、彼女は不思議そうな顔をしながら俺に言った。


「授業?それより、仕事よ」



 人生初の大学の授業を見事にサボることになり、俺は今、食堂に来ている。

 向かいで呑気に食堂のプリンを食べながら「イマイチね」なんて言ってる余裕しゃくしゃくの妖子さんもまた同様だ。


「いや、授業は!?」

「仕事が先よ。しげぴーから連絡あって、相談にのってほしい子が今からここにくるそうよ」


 プリンの最後の一口をスプーンでかき集めながらそう言った後、妖子さんは俺の後ろに視線を向ける。


「来たみたいね」


 その一言に振り返ってみると、そこには金髪の美女が立っていた。


 ……吸血鬼だ。


「お、お前」

「あら、昨日ぶりですわね。まさかあなたが相談役だなんて」

「お、俺を殺しにきたのか?」

「そう警戒しないでください。今日は私、相談にやってきたのです」

「……じゃあお前が?」


 俺たちの初仕事。

 その相手はなんと、昨日俺を襲おうとした吸血鬼だった。


「お隣、いいかしら」

「あ、ああ」


 彼女は綺麗な金髪をサラッとなびかせながら優雅に俺の隣に座る。

 なんかいい香りがする。あ、これ好きな香りだわ。


 なんか女子の匂いっていいなあとうっとりしてると、彼女もまた俺のことを嗅ぐように鼻を少しピクピクさせる。


「スンスン。はあ、やっぱりあなたっていい匂いするわね」

「い、いやそうかな、あはは」

「ええ、とっても。おいしそう」

「ひっ」

「なんてね。今は大丈夫よ、お昼だから」

「そ、そうなのか。脅かすなよ」


 昨日の今日の出来事だから、やっぱりまだ彼女が怖い。

 それをわかってるかのように、舌なめずりしたりニヤッと八重歯を出す吸血鬼。


 そんな彼女に妖子さんが、つまらなさそうな顔のまま問いかける。


「あなた、好きな人がいるのね」


 なんで唐突にそんなことを聞いたのかは知らない。

 ただ、それは当たっていたようで。


「え、ま、まあそんなところです。私、この大学にきて、初めて恋をしまして」


 悪戯な笑顔から急に照れ顔へと変貌する吸血鬼は、さっきまでと違ってすんごく女の子の顔になった。


「私、高校までは女子校で育ちまして。同世代の男の方と接するのは初めてのことで。それで、いいなと思う殿方ができてしまったのですが」

 

 そういうと、何故か俺をチラッと見る。

 まてまて、この話の流れと彼女の態度から察するに……


 この子が好きなのって、俺?

 いや、俺しかいない。俺以外であるはずがない。


 なるほど、さては昨日声をかけたのは俺に一目惚れでもしたからなのか。

 しかし吸血鬼の衝動が抑えられずに困っているから相談にやってきたと。


「なるほど、君は俺のことが」

「嫌いですタイプじゃないですマジで昨日のこと忘れてほしいです」

「……ほえ?」

「なんであなたなんかに欲情したのかは知りませんが、多分あなた、特別な血を引いてますよね。その成分で私を惑わすなんて、マジでクズです死んでください」

「……」


 俺じゃなかったようです。

 いや、マジで死にたいです。


 勝手に浮かれて勝手に絶望して、机に突っ伏してうなだれていると、妖子さんがまた話をはじめる。


「吸血鬼は、初恋と同時に強い吸血性に目覚めるのよ。ここにいるゴミにさえムラムラしてしまったのはきっと、あなたの吸血衝動が自分でコントロールできなくなってる証拠。早く手を打たないとね」

 

 そのあとで俺の方にむかって「やっぱりあなた、最低ね」とも。


 ええ、なんか知らんが俺は最低ですよ。

 もう死にたい、誰か殺してくれ。


「でも、私……好きな人の前に立つと、血を吸いたくて仕方なくなるんです。どうしたら」

「どうもこうもないわ。初恋ってのは、実るか散るか、どちらかで終わりを迎えるもの。アタックして結果を得るのみね」

「で、でも私、フラれるのが怖くて……」


 昨日死んでおけばよかったなんて思いながら横で二人の会話を聞いていると、なんだかまともな恋愛相談みたいになっていた。


 でも、妖子さんって恋愛経験ないんだよな?

 なんでそんなに手練れのようなことが言えるんだろ。


 やっぱり彼女も、何か大きな失恋とか経験したことが……


「フラれたら次よ。いい男なんて腐るほどいるわ。最も、腐ったゴミみたいな男もいるけどね」


 そう言いながら俺を見る狐。

 だから見るなよ傷つくから。


「そ、そうです、よね。わ、わかりました。私、頑張ってみます!」

「そうそう、その意気よ。私も手伝ってあげるから」

「はい!でも、やっぱり妖子さんって怪異の長とだけあって、男性経験も豊富なんですね」


 目を輝かせながら、吸血鬼の女は尊敬の眼差しを妖子さんに向ける。


 しかし。


「そそ、それほどでも、な、ないわよ?わ、私クラスになれば、ほら、恋愛なんてしなくても、まあわかるというか、ねー」


 なんともカッコ悪かった。

 やっぱりこいつ、ガチガチの処女だな。


「と、とにかくそうと決まれば行動あるのみよ。あなたの好きな人ってのは、この学校にいるの?」

「はい、一つ歳上のバレーボール部の方でして」

「ふーん。じゃあ四限目が終わったらまた集合ね。とりあえずその人を見に行くわよ」


 というところまでで、一旦話は終わり解散。

 吸血鬼はさっさとどこかに行ってしまった。


「ふう。やっぱりあの人、苦手だなあ」

「情けないわね。ま、私くらいの手練れとなればこんな相談ちょちょいのちょいよ」

「へっ、処女丸出しのくせに」

「なんか言ったか?」

「いえ、なんにも……」


 業火に包まれる彼女に睨まれて小さくなる俺は、その後昼飯をおごらされた。


 もう金がない。なんとしても仕事をこなしてしげぴーから資金援助してもらわないと。

 

 というわけで、俺たちの最初の仕事が午後からスタートする。


 吸血鬼女の初恋をサポートする。


 まあなんともよくわからない仕事だ。

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