第6話 居酒屋パーリナイ
居酒屋は夜遅くでも多くの学生で賑わっていた。
席もカウンターの隅しか空いておらず、俺たちはそこに並んで腰かけると、空腹を満たすために注文を。
「日本酒二合と生ビール大ジョッキで」
「だからお前未成年だろって!酒飲むなよ」
「私は妖狐よ?人間と同じ年齢換算されたら困るわ」
「じゃあなんだ、見た目は大学生でも実は齢百歳のババアだったとかそんな話か」
「精神と時の部屋で一年間修行してきたから今年二十歳よ」
「他所様の作品のネタ使うんならせめて二十歳になるまで出てくるな!なってないんか!」
「ちなみに誕生日は九月九日だから貢物はマストよ」
「図々しいわ!」
実際の彼女の年齢は、やっぱり十八歳。
その辺は妖怪だから見た目と中身がズレているなんてことはないそうで。
「まあいいわ。とりあえず何か食べましょう。あなたに質問したいこともあるし」
酒は諦めてウーロン茶を二つ、そして適当に料理を頼んだところでパタンとメニュー表を閉じた彼女は、俺の方を睨む。
「な、なんだよ」
「あなた、まさかあの吸血鬼とエッチしてないでしょうね?」
「……へ?」
え、何の質問?と目が点になる。
もちろん何もなかった(あってほしかった)が、しかしそれが妖子さんに何の関係があるというのだ。
いやまて、そもそも俺を助けてくれた時だって、毒舌に紛れてわからなくなっていたが彼女は怒ってるようにも見えた。
もしやこれって……
「妖子さん、もしかして妬いてる?」
「は?焼き殺すわよ」
「あっつ!え、何が起きたの!?」
彼女に少しにやけた顔で迫ったら、俺の服の袖が燃えた。
「私は狐よ。狐火は得意技」
「な、なんて物騒な女だ……い、いやそれより俺があの吸血鬼と何かあったとしてそれがどう問題なんだ?」
「……深刻な話よ」
彼女はカウンターに肘を置き、ふうっとため息をつきながら、遠くを見るような目をしてそう呟いた。
深刻な話?い、一体何なんだ?
も、もしかして吸血鬼とそういうことをしたら何か副作用があるとか、それこそ眷属にされてしまうとか……
「妖子さん、それって」
「あなたみたいなゴミが私より先に初体験済ますなんてこと、絶対に許さないわ」
「……はい?」
え、何の話?と、俺はまた目が点に。
初体験が、なんだって?
「あのー、妖子さん?」
「……なんであんたみたいなカスが、私より先にラブホデビューしちゃってるのよ!くそっ!私はこんなに美人で上品で怪異の頂点とまで言われてるのにどうしてあんな小汚いおっさんしか寄ってこないのよ!あー腹立つ!大将、やっぱ生ビール!」
「あいよー、ナマいっちょう!」
急に大声で荒れだした妖子さんは、カウンターの向こうから生ビールを受け取ると、それをぐいっと男前に一気。
その豪快な飲みっぷりと彼女の目立つ髪色に、客が全員こっちを見ていた。
「よ、妖子さん」
「あ?飲まなやってられるかい!私だって早く男ほしいのに、あんであんたみたいなくそ野郎とつるんでんのよ!」
「目が据わってる……」
「あー、こうなったらとことん飲むわよ。大将、おかわり」
「あいよー、ナマもういっちょう!」
この後はそれはもう悲惨、大惨事だった。
生ビールをハイペースで飲み干す彼女は、グラスから口を離すたびに俺に向かって「なんであんな女とホテル行ったのよゴミ!」とか、「次おんなじことしたらマジでぶっ殺す!」とかとか。
そんな話を大声でするもんだから、周りからは俺が浮気して彼女に怒られているというようにしか見えていなかったようで。
「あの男最低だな。いやほんとゴミだわ」とか、「あんな美人を置いて浮気とか、自分の顔を一回鏡で見てみろよクズ」とか、辛辣なことを言われていた。
そんな地獄も、店の閉店時間という救済措置によってようやく終わりが来る。
「すみません、閉店です」と申し訳なさそうに訊いてくる店員がマジで神に見えた。
べろんべろんに酔いつぶれた彼女はカウンターでグーグー寝ているので、会計を済まそうとレジに。
「ええと、全部で二万ちょうどです」
「ぐっ……」
ありったけの酒を彼女が飲んだせいで、大したものも食べていないのに結構な金額をとられた。
渋々払いはしたが、これで俺は仕事の活動費に加えて自分の今月の生活費まで使い切ってしまったのである。
どうしよう、マジで明日から何食べよう……
しげぴー、俺の靴下も買ってくれないかな。
と、意味のわからないことを考えながらもまだ目の前に問題が残っている。
そう。酔いつぶれた妖狐の始末だ。
「妖子さん、帰りますよ」
「もう食べれない。もう一杯……」
「ダメだこりゃ……仕方ないな」
俺は店員に手伝ってもらって彼女を背負う。
その姿を微笑ましく見てくる店長は、店を出る時に俺に向かって「兄ちゃん、浮気はダメだぞう」といって笑った。
……だからさあ、俺は童貞なんだって!
とまあ彼女を背負って歩いているのだが、しかし驚くほどに彼女は軽い。
細いなとは思っていたけど、まるでここだけ重力が働いていないのではと思うくらいに、自然と重みを感じない。
やはり彼女は怪異。
こんなぐうたらな姿を見せられて感覚がマヒしていたが、それでも彼女が人外のものなのだと、こうしておんぶしているとそう実感させられる。
でも、出るところは出ている。
さっきから考えないようにしていたが、俺の背中に柔らかいものが。
……いかん、今は無心になれ。
「……妖子さん、起きて。もうすぐ着きますよ」
「むにゃむにゃ」
「……全く。なんなんだこの人は」
人じゃないけど。
彼女にならそうツッコまれそうな独り言をつぶやいて、俺は彼女を背負ったままアパートの階段を昇る。
目を覚まさない彼女の荷物を勝手に漁って鍵を探すのは忍びなく、仕方なく俺の部屋に彼女を運んでからベッドに寝かせる。
スース―と寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠る彼女をみても、今はなぜか変な気など起こらない。
きっと、さっき痛い目にあってるからなのかもしれないが、でもそれだけじゃない。
その寝顔があまりに美しくて見蕩れていた。
本当にこの世のものではないような、儚げで危うげな美しさ。
そんな彼女を、吸い込まれるように見つめながら傍に腰かけていると、少しして眠気が襲ってくる。
そして、彼女の顔がぼんやりと視界から消えていくように、俺もまたそっと目を閉じた。
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