第4話 活動資金

「というわけよ」

「というわけよ、じゃねえよ!何説明省こうとしてんださっさと説明しろ!」


 開口一番ふざける妖狐に怒鳴りながら、俺はパイプ椅子に腰掛ける。


「ふぁー、仕方ないわね。それじゃ簡単に。半妖の子達の相談にのる、以上よ」

「いや、それはわかってんだけどさ……ええと、具体的にどんな相談にのってやればいいんだ?」


 俺は生まれつき持ってしまった不思議な力のせいで人外のものをそれなりに見てはきた。

 しかしそのどれもが、いわば動物のようなものでもちろん言葉を発することもなく、せいぜい人間に悪戯をする程度のものにしか会ったことはない。


 だから半妖と言われても、その人たちがどんな悩みを抱えているのかがわからない。


「そうねえ。まあ、主には恋愛相談かしら」

「恋愛?」


 それ、俺に言う?

 俺、恋愛したことないんだけど。


「もちろんあなたは童貞で女の子に目も合わせてもらえないオカルティックサイコだから期待してないけど」

「だからなんで昔のあだ名まで知ってるんだよ」

「さあねー」


 けけけっと笑いながら手を頭の後ろに回してだるそうにする妖狐は、しかしふざけたノリから一転して真剣な顔つきになる。


「でも、あなたなら私たちに偏見や差別を持たない。そう思ってこの役を頼んだのよ」

「……たしかに、俺は今更妖怪どころか宇宙人が来ようと驚かないかもしれないけど、だけど恋愛相談なんて」

「話を聞いてくれるだけでも楽になるものよ、人は。あ、人じゃないけどね」


 と。そう言ってまた彼女は笑う。


 話を聞くだけでも、か。

 たしかに、俺は悩んでも誰も話を聞いてくれなかった。


 友達だと思ってたやつもみんな、俺が自分の力のことを打ち明けて相談すると、妄想癖がひどいとか頭がおかしいとか言って、誰も真剣に話を聞いてくれなかったっけな。


 ……


「わかったよ。俺、やってみる」

「へー、がんばー」

「いやいやなんでひとごと!?お前も手伝ってくれるんだろ?」

「えー、私は悩みなんてないし。さっさと金持ちのイケメン捕まえてなんなら大学も辞めたいくらいだし」

「……腐ってんなお前」


 今度は人間の方の耳を小指でかいたあと、フッと指についた垢を吹く銀髪は、おそらく俺が見てきたあらゆる知的生命体の中で一番世の中を舐めている。


 なんだよこいつ、美人だからってそんなに偉いのか?

 人に面倒な仕事押し付けといて、自分は知らん顔だなんて。


「お前も手伝え。それがこの仕事を引き受ける条件だ」

「おっけーいいわよ」

「え?」

「もとよりそのつもりだし。だってしげぴーがお給料くれるっていうから」

「……お前、嵌めやがったな」

「さあ、なんのことかしらね」


 とぼけたあと、またしてもカカカっと高笑いする銀髪妖狐。

 心底ぶん殴ってやりたい。

 美人にこんな腹が立つなんて経験、多分二度とないだろうな。


「……あー、もうわかったよ。それで、何からすればいい?」

「ぼちぼち依頼がくるのを待つことね。それに、サークル申請して部屋も借りないと不便だから、その辺も並行してやってく感じね」


 なんか、そんな感じらしい。


 とにもかくにも、こうして俺たちは、大学内の悩める半妖達を助けるべく、よくわからない活動を開始することとなった。


「では、二人とも頼むぞ。あと……妖子ちゃん、例のものなんだけど」

「あー、あれならそこに置いてるわよ」

「おお、それはどうも。はい、報酬」

「まいどー」


 妖子さんが持ってきたA4サイズの茶封筒の中身を確認すると、しげぴーこと有栖川教授は財布からごそっと札束を出して彼女に渡す。


「え、い、いくらあるんですか?」

「十万円ちょうど。じゃあしげぴーまたね」


 当たり前のようにそのお金を持ったまま、彼女はさっさと教授室を出る。


 俺も慌ててついていき、さっき彼女が渡したものの中身を問いただす。


「おい、あれ何が入ってたんだ?もしかしてやばいものじゃ」

「あー、あれは昨日私が脱いだ靴下」

「……くつ、した?」

「JDの脱ぎたてほやほやソックスよ。いやはや人生チョロいものね」

「……お前、最低だな」


 この女、大学の教授に自分の身につけたものを売り飛ばして金にしてるだと?

 まじでやってることエンコウじゃねえか。


「さて、儲かったし何か食べにいきましょ。私、焼肉がいいかなー」

「その金で何か食う気にならないんだけど」

「はあ。あんたってほんとクソ真面目なのね。いーい?私としげぴーの間には需要と供給の関係が成り立ってるの。私の衣類を買うその対価に、しげぴーは十万円を認めたってだけ。だから何も悪くないわ。むしろ責めるならそんなものに金払うあのおっさんの方にしてよね」


 平然とそんなことを言って、彼女は札束を財布にしまう。


「あのさ、妖怪に倫理観を説くつもりはないけどそんなんでこれからどうするつもりだよ。お前、一生あの教授のヒモで生きてくつもりか?」


 別に心配してるわけではない。

 ただ、こんな性根の腐りきったやつがそのまま社会に出て、平然と男を騙して甘い蜜を吸って贅沢するなんてことが無性に腹立たしかったのだ。


「一生は無理ね。若いうちの特権っていうか、今しかできないことって自覚はあるけど、稼げる時に稼げるところからいただいとかないとねって」

「そんな楽覚えたら将来苦労するだけだ。お前、バイトでもしてみろよ」


 と言いながらも、実は俺もバイトはしたことがない。

 随分自分を棚にあげた言い方にはなってしまったが、それでもこいつのやってることは見逃せない。


 どうなんだと彼女をみると、やれやれと首を振りながら諦めた様子で言う。


「はいはいわかったわよ。でも、私だって社会貢献しようかなって思い始めたから、こうしてあんたの仕事に付き合うんだし。このお金は活動資金代わりでもあるの。何事も先立つものがないと始まらないわ」

「……本音は?」

「キャンパスライフを満喫したいからお金がいるのよ」

「正直だなお前……」


 ちょっとくらい隠せよ、マジで。

 ていうか活動資金なら、娯楽に使おうとするなよな。


「せっかく大学に来たんだから楽しみたいに決まってるでしょ。そのためにはまずお金。次にお金。最後にお金がいるのよ」

「かねかねうるせえよ!」

「まあしげぴーへの悪戯は控えるわよ。あんまりあげすぎると着るものなくなるし」

「……理由はともあれ、それならいい。でも、あんまり大人の男をからかうなよ。あの人だって、そんなことしてたら身を滅ぼすだろうし」

「大丈夫よ。私と付き合いたいって本気で思って奥さんと離婚して慰謝料で持ってた土地持っていかれて単身ボロアパートに住んでるくらいのものだから」

「お前やっぱ最低だな!」


 それにしげぴーよ、マジで目を覚ませ!

 こんな女のどこがいいんだよ?


「とりあえずご飯、いくでしょ?」

「もうなんでもよくなってきたよ……任せる」


 なんか反論する気も失せた。

 なので彼女の希望通り、大学前にある焼肉店に、二人でいくことになった。



「さて、食べるわよー」

「教授、ごめんなさい……いただきます」


 ずらりと並んだお肉に目を輝かせる妖狐は、豪快に肉を網に敷き詰めて焼き始める。


「そういえば、半妖ってどのくらいの数いるんだ?俺、まだお前以外見たこともないけど」

「普通にその辺にゴロゴロいるわよ。私、高校生の時なんて狭い共同アパートでろくろ首と雪女の三人で生活してたくらいだし」

「なんだよそのアパートは……まるで妖怪の住処じゃねえか」

「それに後輩の男の子が管理人やっててね、結局雪女とくっついたわ。今も絶賛ラブラブよ、腹立たしい」


 と。昔を振り返りながら何故か不機嫌になる妖狐は、焼肉店の鉄の箸を握りしめて、へし折った。


「お、おい」

「あら、ついつい力が入ったわね。ま、とにかく半妖なんてみんなが気づいてないだけで珍しい存在じゃないってこと。ま、その辺は私が経験豊富だから頼ってくれていいわよ」


 などと話したあと、肉をさっと皿にとって彼女は口をハフハフさせながら美味しそうにいただいていた。


 ……雪女にろくろ首、か。

 そんなものが実在するなんてにわかに信じがたいが、彼女が言ってることは嘘でもなさそうだ。


「じゃあ、その二人もこの大学に?」

「二人ともまだ高校生よ。なんか懐かしいわね、あの頃が」

「みんな後輩なんだ。じゃあ、姉貴分として結構彼女たちの力になったりしたわけ?」

「そうね、雪女の処女喪失をアシストしたりろくろ首の寝取りをサポートしたり」

「なにやっとんじゃお前は!」

「でも今となればみんな彼氏持ちでね、取り残されたのは……くそっ、なんで私だけなのよ!」


 急に大声をだして、せっかく取り替えてもらった箸をまた、へし折った。


 もしかしてこいつも、恋愛経験がないのか?


「……でも、一応それだけの見た目なら寄ってくる男も多かったんじゃないのか?」

「そうね、それなりにはいたけどみんな私のハードな願望にドン引きして去っていったわ。しつこく残ってるのはしげぴーくらいかしら。あーあ、私も早く恋したいわ」


 一人前のことを言ってはいるが、はっきりいってコンビニでエロ本立ち読みして、教授にソックス売り飛ばすようなやつに彼氏なんてできるもんか。


 真面目に言ってるのだとすれば、こいつ頭おかしいだろ。


「まあ、なんとなくお前のことはわかった気がする。お互い恋愛経験がないもの同士だけど、よろしく頼むよ」

「そうね。この仕事してたらそのうちいい出会いがあるかもだし。前途を祝して乾杯ね」


 変なやつだしクソみたいな女だけど、まあ楽しいやつでもあるな、と。


 ちょっと顔を崩しながら乾杯しようとお茶の入ったグラスを俺に向けてくる彼女と乾杯しながら、ふと彼女に気を許していた。


「よーし食べるわよ。追加、頼んでちょうだい」

「よっしゃ、食べて明日から頑張るかー」


 すっかりと、彼女のペースにはまって調子に乗った俺たちは。


 焼肉店で散々食い散らかしたあと、勢いで仲良くボウリングなんかに行ったりして騒ぎまくって。


 結局活動資金であったはずの十万円は、見事に底をついた。

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