第3話 有栖川教授

「やばい遅刻だ」


 朝っぱらから変なやつの相手をしていたせいで、インフォメーションセンター(大学の相談窓口みたいなのがあるところ)でパソコンを借りる予約をしてた時間に間に合わなくなる。


 慌てて部屋を飛び出してから、猛ダッシュで大学へ。


 しかし大学前の通りに出ると、そこはまさにパニック状態だ。


 大勢の学生が所狭しと道を埋め尽くし、またその両脇にはこれまた大勢の在学生が。


「テニサー入らない?新歓おごるよー」

「漫研で楽しい大学生活おくろーぜー」


 どうやら新入生をサークル勧誘しているようだ。


 なんか大学ってすごいところだな。


「お、君可愛いなあ。よかったらうち入らない?」


 人混みにのまれながらも必死に前に進んでいると、一人の美女が男たちに声をかけられている。


 ……妖子さんだ。


「お断りします。私、探してる人がいるもので」


 ツンケンした態度で勧誘をかわす彼女。

 いやしかしどうやって俺より先にここまできた?

 たしかに俺は彼女が部屋に戻ったすぐ後にアパートを飛び出したはずなんだが。


 首を傾げながら彼女に近づいてみると、向こうも俺の姿を見つけて寄ってきた。


「あら、奇遇ね。あなたもこれから大学?」

「え、ええまあ。ていうか部屋帰ったんじゃなかったの?」

「私は妖狐よ。瞬間移動なんてわけないわ。それより、パソコンの予約し忘れたのだけどあなたはちゃんと予約してる?」

「あ、そうだ時間ないんだった。この後予約取ってるんだよ」

「ちょうどいいわ。ご一緒させてもらってもいい?」


 ご一緒、というのは俺と一緒にパソコンで履修するということか?


「ま、まあいいけど。学部は?」

「考古学部よ。あなたと同じかしら」

「え?」


 たしかに俺は考古学部考古学科だ。

 しかしそんな話をした覚え、ないぞ?


「お、お前なんでそれを」

「細かいことは気にしないの。さ、行きましょう」


 どういうわけだと、また首を捻りながらもさっさと行ってしまう彼女について行き、俺たちはようやくインフォメーションセンターに到着した。


「へー、パソコンがいっぱいだ。ええと、俺は十四番だったかな」


 予約したパソコンのある席まで向かい、電源を立ち上げると早速講義の登録をする画面が。


 そして入学前にもらったIDで早速自分のページにログイン。


 ……しかしなんだろう、視線を感じて仕方がない。


「おい見ろよあの子、めっちゃ可愛いぞ」

「銀髪かあ。外国人かな?」

「てか一緒にいるのって彼氏?うわ、まじ普通」


 俺の背後で何故か決めポーズをとっている銀髪が注目を集めている。


 いや、なんでそんなジョ○ョ立ちみたいなポージングしてんだよ。


「みんなあなたを見てるわね」

「絶対お前だろ。ていうか時間ないから話しかけるな」

「つれないわね。ていうかさっさとしなさいよ私の時間なくなるでしょ」

「図々しいわ!」


 なんだこの女は。

 妖怪だとかなんとか以前に、馴れ馴れしい上に俺のことを何故か知ってるし、それに。


「おっそいわねー。早くしなさいよ。何とってもどうせあなたの頭じゃ卒業なんて無理無理」


 それに、うざい。


「あーもう、終わったよ。はいどうぞ」


 俺はさっさとコマを埋めて、登録ボタンを押してからログアウトして、席を譲る。


「あれ、待っててくれないの?」

「誰が待つか。俺はもう帰る」

「そんな短気じゃ友達できないわよ?あ、だからいないんだっけ。あははは」

「ぐ、ぐぬぬ」


 パソコンを触りながらこっちを見ることもなく言いたいことをいって笑う銀髪の頭部を思い切りしばいてやろうかと拳を握った。


 しかし、いくらクソ女とはいえ後ろから殴るなんてさすがにできず、泣く泣く拳を下ろしていると、妖子がまた話しかけてくる。


「このあと、一緒に学校巡りしない?」

「え?いや、まあ行ってみようかなとは思ってたけど」

「つまんない返事。そこは『ぜひご一緒させてくださいませご主人さまーん』でしょうに」

「俺は変態の手下になった覚えはないぞ」

「いちいちうるさいわね地獄変態ぬーげーのくせに」

「な、なんで俺の中学時代のあだ名を!?お前、もしや」

「あら、有名よ?あなた、自分が有名人だって自覚、ないのね」


 そう言ってパソコンの電源を落とすと、彼女は綺麗な銀髪をさらりと靡かせながら立ち上がり、振り向きざまにいう。


「冗談はさておいて。ついてきなさい」



 妖子さんについてこいと言われても一度は断った俺だが、彼女から「末代まで呪うわよ」と物騒なことを言われたので今は渋々彼女について歩いているところ。


 向かった先は大学の中央にある学食、ではなくその更に奥にある小さな建物。


「ここ、どこですか?」

「教授室がある建物よ。会わせたい人がいるの」


 職員用と書かれた質素な扉を開けて、中に入ると廊下の両サイドにずらりと扉が並ぶ。


 この一つ一つが大学の教授たちの部屋で、その中の一人に俺を会わせたいとのことだが。


「……なんか怪しい勧誘とかはやめてくれよ。俺は平和な大学生活を送りたいんだ」

「ほんと臆病ね。そんなんだと到底彼女なんて……あっ、だから今までいなかったのね。ごめんなさい特別に謝ってあげるわ」

「お前はいちいち俺を煽ってどうしたいんだよ!」


 なんなんだよこの女。

 まじでぶん殴ってやりたい。


 また拳に力を込めながらその後ろをついていくと、真ん中あたりの扉の前で彼女が足を止める。


 そして何も言わず、ノックもせずに扉を開けると、中から白衣のおじさんが。


 飛んできた。


「よーこちゃーん!」


 それをさっとかわすと妖子さんは、抱きつこうとして空振りしたようなポーズのおじさんに向かっていう。


「しげぴー。言われた通り連れてきたわ」


 しげぴー?随分と親しげに呼ぶけど、この人は大学の教授じゃないのか?


「お、おお。コホンッ、はじめまして。私は有栖川茂ありすがわしげる。この大学で妖怪について研究しておるものだ」


 さっきまでの鼻の下を伸ばしただらしない顔をキュッと引き締めて名乗ってきた。


 ……なんだこの人。

 爆発したみたいな髪型に分厚い眼鏡、まるでマッドサイエンティストだな。

 それに、妖怪についての研究だと?

 いや、その前にまず自己紹介だ。名乗られたのだから、こっちも名前くらいは言わないと。


「ええと、はじめまして。俺の名前は」

「知っておる。須田くんだろう?君のお父さんとは昔、仲良くさせてもらっていたんだ」

「親父と?」


 俺の親父、須田源内すだげんないは近所では評判の占い師だった。

 霊能を使っての占いは効果抜群で、一時は取材も受けるほどの高名な占い師として活躍していたのだが、ある日を境に全く当たらなくなったそうで、やがて廃業。


 その後、彼が行方をくらませたのは今から五年ほど前になるが、まあその頃の苦労話は今はいいだろう。

 金は持ってたみたいだけど、誰かと仲良くしてる様子など一切なかったあの親父に友人がいたのは意外だな。


「でも、こんなところで親父の知り合いに会うなんて奇遇ですね」

「奇遇?偶然であるものか。君がこの大学しか合格しなかったのも、あのアパートしか入居許可が降りなかったのも全て私の仕業だ」

「……なんだと?」


 俺はぼっちだが、だからこそ暇を持て余していたおかげで勉強はできた。

 それなのに受ける大学がことごとく落ち、滑り止めで受けていたこの大学に仕方なく入学したのだ。

 

 アパートを決める時だって、不動産屋で選んだ安くて綺麗な物件のいくつかの内見を申し込みしたのだが、どれも見せてくれず。


 それでもあきらめず何件か回ってみたのだが、どの不動産屋もあのアパートばかりゴリ押ししてくるので仕方なく住むことになったというわけで……


「全部お前の仕業か!おい、どういうつもりだ!」

「まあまあ。君の力が必要だったんだよ。ほら、君は源内君と同じ、霊能を持っておるだろ?」

「力……俺の力が必要?」

「ああ、そうだ。どうしても君の力が必要なのだ。どうだ、協力してくれないか?」


 その言葉に少し固まった。

 なにせ、自分の力を必要だなんて誰かが言ってくれたのは初めてだったから。

 うまく持ち上げられているような気もしていたが、それ以上に初めてもらったその言葉が嬉しくて、話を聞くことにした。


「……まあ、話を聞くだけなら」

「では早速」


 教授の顔が真剣になる。

 俺はどんなことを頼まれるのかと、内心ワクワクしていた。


 もしかしてこの大学に巣食う妖怪達を退治してくれとか、呪われた女の子を助けてほしいとか、そんなファンタジーみたいな展開が待っているのではないかと。


 これまでもずっと、いつかそんな冒険譚に巻き込まれないかと期待していた。


 波乱万丈、それでいて俺の力でしか成し遂げられないような物語の主人公に自分がなる日を妄想していたのだが。


 いよいよ妄想が現実に……


「妖子ちゃんのエッチな写真を盗撮してくれ」

「……帰ります」


 期待した俺が馬鹿だった。

 そうだ。こんな変なおじさんの頼みなんてろくなもんじゃないとわかってた。


 わかってたよ、くそ!


「ま、待て待て冗談だ!待ちたまえ」

「冗談?今度冗談言ったら末代まで呪ってやりますから」

「おお、怖い怖い。すまん、本題に入ろう」


 慌てふためくおっさんは、改めて話をしようと、手櫛でボサボサの髪の毛を整える。

 俺はもちろん怒っている。

 妖子さんは……あくびしてる。


「コホンッ。君には、妖怪達の相談役になってもらいたいのだ」

「はあ?なんですかそれ」

「いやなに、この学校には妖子ちゃんのような半妖の子が何人もおる。しかしそれぞれ自分の体質などから悩みを抱えておっての。その子らの相談にのり、解決してやってほしい」


 俺が人生で初めて人から頼まれた仕事。

 それは妖怪の相談役、ということだったがさっぱりわからん。


 ていうか、そんなに何人も妖怪いるの?この大学に。


「どうだ、面白そうだろ?君の力も存分に発揮できるぞ」

「……」


 ただ、一瞬浮かれてはいた。

 おもしろそうだなとも、思った。


 でも、それを受けてしまったらまた怪異絡みの人生に逆戻りしてしまう。


 俺は普通に生きると決めて大学にきたんだ。

 もう、変な力を使って周りから白い目で見られるのは嫌なんだ。


 だからここで二つ返事なんて。


 いや、断った方がいいのかもしれないな。

 期待させても、この人に悪いし。


「あの、俺」

「ちなみに報酬は一件十万円な」

「やります!あっ」

「おお、やってくれるか。では早速、説明は妖子ちゃんから聞いてくれ」


 お金に目が眩んでつい首を縦に振ってしまった。

 し、しかし十万円は……ぐぬぬ、でかい、あまりにもでかい。


「え、ええともうすこし考える時間を」

「ここでいいと言ってくれたら特別にボーナスもつける」

「やります」


 こうして、さっきまで思い描いていた人生プランや秘めたる決意を目先の金でかなぐり捨てた俺は、妖怪の相談役というよくわからない仕事を引き受けることとなった。


 そして、退屈そうにあくびを繰り返しながら、なんならもう寝そうな妖子さんに、仕事の内容について話を聞くこととなった。


 


 

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