18

「やぁおはよう」

玄関を出てすぐ数週間音信不通だった彼が家の前に立っていた。

「葵先輩!!」

コウくんもすでに挨拶を終えていたのか呆れた顔をしていた。

「いや返事できなくてごめんね。ちょっと仕事が忙しくてね」

「急にいなくなってそれから連絡つかないから心配したんですよ」

ははは。笑って誤魔化す彼から悪びれた様子は1mmも感じない。

「それより今日は終業式ですよ。成績表もらいにきたんですか?」

「そうそう。またしばらく仕事が忙しくなるからその前にね」

ウィンクが飛んできた。

「お前ほんとによく下のクラスに落ちないよな」

コウくんが呆れたように言う。

「まぁ要領いいからね」

葵先輩が自慢そうに言う。

「でも今野。お前大学行かないんだろ?なんのために勉強頑張ってるんだ?」

葵先輩がキョトンとした顔をする。

「大学に行かない人間は勉強しちゃダメなのかい?」

「いや……。そう言うわけじゃないけど。うちの学校進学校だろ?ほとんどのやつが大学に行くために勉強してる中お前特殊だからさ」

初めて聞いたな。葵先輩大学行かないんだ。でも確かに音楽の仕事してるくらいだし、大学に行かなくても困らないだろうな。

「まぁ知識を得ていて困ることはないしね。それより学校終わったら美味しいもの食べたいのだけど、いいお店知らない?」

「話題の変え方が雑だな」

「あっ。駅前に新しくカフェができたみたいで、そこのフレンチトーストが美味しいみたいだよ」

「いいね。じゃあ3人で行こう」


学校が終わると葵先輩がコウくんを連れて教室に迎えに来て、本当にフレンチトーストを食べるためにカフェに来ていた。

「なんかこの3人でカフェって変な感じ」

「まぁ臣くん僕のことそんなに好きじゃないし仕方ないね」

コウくんの方を見て葵先輩が呟く。

「興味がないだけだ」

カフェの店員さんが鉄板に乗ったフレンチトーストを運んできた。

「うわぁ美味しそう」

「おお。アイスものってるんだね」

「何も知らずに頼んだのかよ……」

フレンチトーストを口に運ぶ。アイスの冷たさとフレンチトーストのふわふわさで口の中が幸せでいっぱいになる。

「美味しい〜」

「うん美味しい」

「それで?今野何かあるのか?」

美味しそうにフレンチトーストを食べていた葵先輩にコウくんが質問する。

「えっ?何かないと誘っちゃいけない感じ?」

「そうじゃない。俺まで誘ってきたのが気持ち悪いんだ。何もないなら奏と2人でもいいだろ。俺にもなにか伝えたいことがあるんじゃないのか」

葵先輩は持っていたフォークとナイフを鉄板の淵に置くといつもより真剣な顔をして話を始めた。

「俺……海外に行くから……。学校も今日まで。だからさ最後の記念に、学生っぽいことをしておきたくてね」

「はっ?」

先に声を発したのはコウくんだった。

「学生っぽいことって。お前海外行ったら学校に行かないつもりなのかよ?しかも学校辞めるって……もうこっちに戻ってこないのか?」

「……そう…………だね……」

葵先輩は目線を落としたまま答えた。

「葵先輩……連絡は……取れるんですよね?」

「……どうだろう……わからない……」

「こ……紺碧は……?紺碧は続くんですよね?」

「……ごめん……」

葵先輩は顔をあげるが、視界が歪みその顔をはっきりとみることができない。

「……んで……なんで……そんな簡単に辞められるんですか……」

「ごめん……」

葵先輩は席を立ち上がり鞄を手に持つと「迎えが来たみたいだからそれじゃあ」と言ってお店から出て行ってしまった。

私と残されたコウくんはしばらくカフェにいたが、しばらくして帰路に着くことにした。


「あいつ本当になんなんだよ」

コウくんが文句を言う。

「……」

私も彼には言いたいことがたくさんあるが、憧れである紺碧がもう活動をしないと言うことの方がショックが大きかった。

家の前でコウくんと別れると私はベッドに倒れ込み抱き枕を抱え考え込んでいた。

葵先輩と出逢ってからだいぶ振り回されてきたので、海外に行くと言うのは納得はしてないけど理解はできる。

でもやっと活動を再開した紺碧が活動しないのはなんでなのだろうか。

葵先輩は音楽が好きだから、学校に通いながらも仕事をしていたのではないのだろうか。

他に何か理由があるのではないかとしばらく考えてみたが、何も思いつかなかった。

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