第23話 魔人の憂鬱

 魔人の王であるブラックは、つまらない毎日を送っていた。


 500年前、この世界に移り住んでからというもの、城や街が出来上がってからは、興味を惹かれる出来事が全くなかったのだ。


 魔人の世界は基本的に強さが優劣を決する。

 今まで私を超える魔人も出現する事もなく、魔人の王という座を譲りたくても、譲る相手がいなかったのだ。

 より強い者でないと皆の納得がいかないのである。

 

 一人でお茶を飲みながら、ふと昔のことを思い出した。

 以前住んでいた世界では魔人だけでなく、人間も共存していたのだ。


 人間を見ているのは面白かった。


 魔法も使えず、戦闘能力も低い人間が、あれやこれやと知恵を使って、面白い道具を作ったり、工夫をしていることが興味深かったのだ。

 魔人にとっては難なくできる事も、人間にとっては一大発明なのだ。


 だから、特に国に危害がないのであれば、あえて人間の国を敵視することはなかったのだ。

 もちろん、小競り合いは起きることはあったが、人間の王も愚かではなかったので、両方の国で納得できるように穏便に済ませることができたのだ。


 その昔、人間の国で私は一人の不思議な少女に出会った。

 見るからにこの世界の人間では無い事がわかった。

 その時の人間といえば、茶色や金色に近い頭髪をしており、瞳は青や鳶色などであったのだ。

 しかしその少女は長い黒髪、大きな黒い瞳をしていたのだ。

 興味深いことに、その少女は魔法のような薬を作ることが出来たのだ。

 薬と言っても、病気や怪我を治すくらいのものであり、魔法を使える魔人にとっては脅威でも何でもなく、人間にもそういうことが出来る者もいるのかと、興味を引くくらいであった。


 私は人間の王に頼んで、その少女を紹介してもらったのだ。

 その少女はハナという名前だった。

 魔人である私を見ても怖がることはなく、私に色々な話をしてくれたのだ。

 もといた世界のことや薬のこと、人間が使う色々な道具の事。

 魔人である私でも知らない、別の世界の話をたくさんしてくれたのだ。

 私はとても楽しくて、もっとこのハナと言う少女と話をしたいと思ったのだ。


 そして、毎週のようにお茶に招待したり、食事をしたりと楽しい時間を過ごすことが出来たのである。

 人間の寿命が100年も無いことは分かっていたが、その娘の命が尽きるまでは、ずっとこの生活が出来ればと思っていたのだ。 

 

 ・・・だが、楽しい時間はそんなに長く続かなかったのだ。


 ハナと会ってから5、6年経った頃だった。

 ハナはステキな女性に成長したのである。

 ハナは初めて会った時と同じで、純粋で楽しく、そして美しかったのだ。

 私はハナを傷つける全てのものから、必ず守ることを心に決めていたのだ。


 そんなとき、人間の中に、王の考えに沿わない集団が現れたのだ。

 魔人との共存を許さず、人間のみの世界を作るべく集まった集団が出てきたのだ。

 その者たちは、他の人間達に魔人の脅威を伝えては人数を増やしていたのだった。

 

 ・・・そして戦いに進んでいったのだ。


 あんなことがなければ、幸せな時間がもっと続いていたのに・・・。


 私はカップを持ちながら、昔の苦い思い出に浸っていた。

 そんなとき、部屋のドアがノックされ、現実に戻されたのだ。

 

「ブラック様。お寛ぎのところ、申し訳ありません。報告しておきたい事がございます。」


 私の直属の部下の一人、ネフライトが息を切らせながら、入ってきたのだ。

 薄緑色の髪で、浅黒い肌の魔人であり、戦闘能力は勿論、私の秘書としても優秀な男であった。

 この地に移り住む前からの部下であり、とても信頼している者の一人であった。


「騒がしいですね。お茶が不味くなるじゃ無いですか?」


「申し訳ありません。ですが、急ぎお耳に入れたい事がありまして。」


 ネフライトは私の近くに来て、急いで話し始めた。


「元の世界へとつながる洞窟が復活したようです。どうも、こちらの世界で復活させた者がいるようで。」


「・・・ほう。そんな馬鹿者がこの世界にいたのですね。」

 

 そう言って、飲んでいたお茶のカップを下ろした。


 私はひどく冷静なフリをしたのだ。

 ・・・しかし、心のうちはそうでは無かった。


「それで、誰の仕業であるかは分かっているのですか?

 あの洞窟のゲートを知っている者は限られているはずですよね。」


 あの異世界のゲートを詳しく知っている者は、この世界に来る前からの幹部のみのはず。

 どうしてその情報が漏れたのか。

 ・・・もしくは、幹部達の中の者の仕業なのか。

 私の知る限り私の信頼を裏切る者はいないはず。

 いや、かつてはそうだったはずとしか言えないのかもしれない。


「どこから情報が漏れたかはわかりませんが、復活させた者はわかりました。銀髪のクオーツと思われます。」

 

 銀髪のクオーツと言えば、顔を知っている程度の小物の魔人。

 裏で糸を引いているのは、別にいるはず。


「どうしますか?魔物を使って何かを企んでいるようですが。」


「そうですね。とりあえず、監視のみで、様子を見ましょうか?

 いざとなったら、私が出向きますから。」



 あれは、私とハナで作り上げた異世界へのゲート。

 それを何もわからない者が勝手に復活させたと言うのか。

 どんな思いをしてこのゲートを使いハナと別れることになったのか、何も知らない者に使われるとは・・・。


 誰であろうと、絶対に許すことは出来ない。

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