第二章「トート村」

12、「うあああ目がぁぁぁ、目がああああ!」

前回、レノンたちは町に向かって拠点を出発しました。とんだ災難に見舞われ、更に悲鳴が……。不運。

今回一部戦闘に伴いグロ要素あります。ご注意を。

ーーーーーーーーーー


12、「うあああ目がぁぁぁ、目がああああ!」



「一体何考えてる訳!?」

「スンマセン……」


 俺たちは今、見ず知らずの女の子に叱られていた。


「クソクサコガネの糞が服に着いたのよ!? 臭い落ちないんだからね!?」

「ほんとスンマセン……」


 俺、ヒナタ、ルナは、怒る女の子に向かって平謝りの土下座状態。

 どうやら俺が投げたあのイモムシが、不幸にも家路を辿っていたこの女の子に当たったらしい。


 一瞬そんなことあるか!? と反論しそうになったが、女の子から漂う糞の匂いはさっきのそれだ。天文学的な確率の不運。お互いに。


 女の子は、飾り気のないブラウスのような上着に、ジーンズのような素材のパンツ。黒い髪はうなじの上で二つに結っている。

 そして臭そうにブラウスの肩部分をつまみ上げていた。


「まさかこんな所に人がいるとは思わなくて……決して当てようとかそんな事は思ってないんだ……」

「私たちも匂いにビックリして、パニックだったんですぅ……」

「私が投げろとか言ったから……ごめんなさいね……」


「ぬぅぅ……。まぁとりあえず、水持ってる? 洗わなきゃ」

「それなら!」

 俺は一瞬で自分の水筒を差し出した。

「俺の水筒、中身水だからこれ使って」

「ふん。まぁいいわ。あなたはあっち向いてて」

「はい」


 俺はサッと後ろを向いて目を瞑った。後ろでファサファサと布が擦れる音がする。


「私も洗うの手伝うね」

「ぁ、ありがと」

「私も!」

「あ、よく見たら獣人じゃない。初めて見た」

「この度は大変失礼致しました……」

「とりあえずこれ脱いで。あれ、これしか着てなかったの?」

「うん、別に寒くないし」

「そっか。じゃ私のこれ着て?」

「あぁありがと。なにこれ毛皮?」

「そう、自分で作ったんだぁ」

「へぇ……凄いわね。暖かい」

「私これ洗いますね」

「あぁありがとう……」

「お名前なんて言うの?」

「テナよ」


 なんだか女子更衣室を盗み聞きしているようで、居心地が悪い。俺はピクリとも動かすに、嵐が過ぎるのを待った。


「テナちゃんはお家近いの?」

「えぇ、ここからなら1時間くらいかしら」

「もしかして、町?」

「えぇそうよ、小さいけど」

「……!」


 俺は思わず顔を上げ振り向いた。

「町が近い!?」

「見るなドスケベ!」


 テナが蹴った土が、俺の目に入った。

「うあああ目がぁぁぁ、目がああああ!」

 もがき苦しむ俺を、ヒナタは冷たくあしらう。

「それ、言いたいだけですよね……」


「もぅ……あなた達、旅人なの? 武器らしいもの見当たらないけど」

 若干テナに怪しまれているようだ。

「私たちは……いわば調査団かなぁ……」

 なんとなくヒナタが助けを乞いているような気がするが、俺は引き続き目に入った土を涙で洗う。

(あー痛いなー痛いなー)


「生き物調査団です!」

「へぇ。ならモンスター退治なんかもやったりする?」

「モンスター?」


(モンスターとか、やっぱりいるもんなんだな)

と、俺は涙洗し終えた目をパチクリしながら顔を上げた。今度はちゃんと女性陣に対し背を向けているので、喧嘩を買う心配もない。

 だが代わりに、森の暗がりから大きな生き物がこちらを見ている姿が目に入ってきた。


「最近キョクガイダイショウの出没が多くて困ってるのよ」

「きょくがいだいしょう?」

「あら、知らない? キョクガイダイショウ。10mにもなる蛇ね。体中トゲだらけの」


 闇に現れたそれは、滑るようにこちらに近づいてきて、鎌首を上げた。焚き火の揺らぐ光に照らされた、その長い首には幾本もの鋭い棘……否、これは針に近い鱗が並ぶ。首元には飾り棘が数本ずつあり、鼓舞するようにカサカサと音を立て震わせていた。冷たく光る細い瞳孔が真っ直ぐに俺を見る。


「もしかしてそれって、あんな感じ……?」

「え?」


 俺は震える声を奮い立たせてテナに進言する。蛇に睨まれた蛙の気持ちが痛いほどわかった。体が強ばって動かない。

「そうね……丁度それ、キョクガイダイショウよ……」

 テナが泣きそうな声で答えた。とほぼ同時にヒナタとテナが尻もちを着く。まさかこの最悪なタイミングで噂をすればが成立してしまうとは。


「シャー! シャー!」

 ルナが威嚇しているのが聞こえる。咄嗟に立つことが出来たのはルナだけらしい。


「あーあー、これ、人食う……?」

 俺の問いにテナが応える。

「一呑みね……」

「終わったぁ……」

「れ、レノンさんルナちゃん逃げて……」

「かかかかかか体動かかかないんだよおお……」


 キョクガイダイショウは大きな口を開け、折り畳まれた牙を見せびらかす様にゆっくりと立てた。襲う気満々だ。攻撃の意思をこちらに見せつけながら、ズルズルと音を立てて胴体を引き寄せとぐろを巻き、どんどん背が高くなっていく。

「レノンさん、こいつ毒持ってません!? 頭が三角です!」


 ヒナタが息のような声で叫んだ。確かに毒蛇の特徴である三角の頭をしているが。

「おかしいな、デカい蛇は軒並み絞め殺しがメイン攻撃だけど……」

「牙から液体滴ってますよ! 毒持ちですって!」

「そそそそうよ! どど毒あるから掠っただけでもいイ命取りよ!」

「てことは、こんな大蛇も被食者なのか。身を守るためにトゲとか毒を発達させた」


 急に冷静に観察と考察を始めた俺に、テナは大層戸惑ったようだ。

「な、何言ってんのよ! いいから逃げないと! うちの町じゃ誰も太刀打ちできないような相手なのよ!?」

 かく言うテナも恐怖で身動きが取れず、立ち上がってもいない。


 なんて話している間に、キョクガイダイショウはとぐろを巻き終えたようだ。目線は俺に向けたまま、恐ろしい速度でキョクガイダイショウは毒滴る牙を俺に振るう。


「……!」

 とんでもない加速度で襲い来るキョクガイダイショウを見、俺は本能的に目を瞑って身構えた。

「……?」

が、しばらくしても痛みは来ない。


(あれ? 痛む間もなく瞬殺?)

 そう思って目を開けると、目の前でキョクガイダイショウが死んでいた。


 正確に描写するならば、大口を開けたキョクガイダイショウの生首が、目を見開いた状態で俺の目の前にゴロンと落ちている。そばには何故か首の輪切りが3つほどあり、それぞれの断面から鮮血がダバダバ流れ出ていた。


 俺がそう認識し終えた頃、鎌首を上げていた胴体がドサッと音を立てて崩れ落ちた。


「……」

 俺は絶句して言葉が出ない。


「レノン様! ご無事ですか!?」

 キョクガイダイショウの背後から、ルナが駆け出てきた。

「え? ルナなんでそっちから……」

 と言いかけ、気づく。


「助けてくれたの!?」

「当たり前じゃないですか! 私はレノン様の下僕です!」

 ルナは目を輝かせながら言う。

「その言い方諸々辞めれ……」


 俺がキョクガイダイショウに食われそうになった瞬間、ルナは飛び込んで自慢の爪でキョクガイダイショウの首を掻っ切ったのだろう。勢いそのまま森の中に飛び込んでいたために、予想外の方向からの登場。


 流石の切れ味と、ルナの爪の長さの何倍もの直径を一瞬で切断する威力に、俺は驚きと恐怖を拭えない。

(周りの人皆して恐ろしいんだけど……)


「キョクガイダイショウ……」

 後ろでテナの震えた声がする。

「討ち取っちゃった……!」

 歓喜が言葉に滲み出ている。相当困っていたのだろう。


「そうだよな、良かったね!」

 生還の喜びを分かち合うべく、俺は振り向く。テナを見ると、腰が抜けた反動で羽織っていたであろうヒナタの毛皮のマントが、完全にずり落ちていた。


「あ」

 テナのはだけた上半身が、俺の目に写ってしまう。

「! ……このドスケベ!!」

 手当り次第近くの物をテナは投げてきた。土がまた目に入り、俺はのたうち回ることになる。


「うあああ目がぁぁぁ、目がああああ!」

「二度も突っ込んであげませんから」

 ヒナタがやっぱり冷たい。


(サラシ巻いてて見えてないし、そんなに怒らなくても……)

 死に物狂いで涙で目を洗いながら、俺はしょげた事を内心呟いた。




次回「心配したんだぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る