4、「塩コショウ欲しい!」

前回、レノンはアストロバイオロジー研究センターに就職を決め、いよいよ異世界に出発しました。クビにならないといいのですが……。

そしてどうやら塩コショウが欲しいようです。何故?

ーーーーーーーーー


4、「塩コショウ欲しい!」



 俺は異世界に舞い降りた。


 いや違うか。


 俺は異世界の地面から這い出てきた。


「あー、あー、テステス。声は変わってないな」


 とりあえず体の状態を確認する。どこか誤作動を起こしていたら、この先辛いことになる。


 俺は事前に学んだ手順で、体中の各部位の点検に入る。

 手を動かし、足を上げ、飛んだり跳ねたり腕立てしたり。

 色々動かしてみた結果分かったことは一つ。


「体力ないなぁ……」


 そもそも運動は得意ではない上に、実質産まれたての体なのだ。肺だってさっき初めて使った。


 真田が言っていたことを思い出す。


「向こうの体に初めて移ってから1週間程度は、成長ホルモンガンガン出てるので、動けば動くほど体は成長します」


 それはつまり、初期値が低すぎるがための救済措置。自分で頑張れということだ。


 とは言っても体がヒョロいのは前ほど変わっていない。むしろ髪は今まで通り生えており、自然にいつものセンター分け状態だ。

 なんで生まれたての人間に髪生えてんだ、と思ったが、人工子宮の中で青年になるまで育ったのだろう。無理ではないか、と落とし込む。


 よく見たらホクロの位置も一緒だった。怖。


 それはさておき、まずは決められたやることをこなす。


「とりあえずヒナタさんに連絡……」


 俺は、光学プリンターで作られたスマホを拾い上げた。

 見た目は文字通り完全にスマホだ。重さも大差ないし、側面についた数個のボタン型スイッチも直感的に使い方を理解できる。


 俺はスマホを起動し、予め登録されているヒナタのアドレスに電話を掛けた。


 呼び出し音が鳴って数秒後、通話が始まる。


『もしもし、アオイヒナタです』

「あもしもし、タテユキレノンです。通話に異常はないみたいだね」

『はい、良かったです。位置情報送れますか?』

「やってみる」


 俺はスマホを耳から外し、画面を操作して位置情報を取得した。

 とは言っても人工衛星が飛んでいる訳でもないので、電波の中継地点は存在しない。


 つまりこのスマホでは、俺とヒナタの端末がどのような位置関係にあるかしか分からない。ちなみに電話も言わばトランシーバーだ。


「ヒナタさんから見て俺は南南東500mって所かな。俺も向かおうか?」

『いえ、危ないですし私が向かいます』


 不甲斐ない。女の子に危ないからそこに居てと言われるとは。


「……わかった、お互いだけど体は産まれたてだから、気を付けて来てね」

『ふふ。承知です』


 ヒナタはそう笑って電話を切った。

 俺はスマホを傍に置き、事前に用意されていた簡素な短パンとTシャツを身に纏って、それはそれは頼もしいヒナタを待つ事にした。


 それにしても、今のところ普通に森の中だ。俺は周りを改めて観察する。

 モンスターらしい影も見えないし、聞こえる音もよく聞く類。


「まだ異世界っていう実感ないなぁ……」


 そう口にしてからふと俺は思う。


「……今のセリフ、フラグじゃないといいけど」




 しばらく待つと、森の奥から足音が聞こえてきた。


「おーい、タテユキさーん!」


 ヒナタの声だ。俺の事を見つけて呼びかけていると言うよりは、探しているような声。


 声のする方を見てみると、木々の隙間から人影が見えた。


 自分と同じ素材のワンピースを着た、髪の長い少女が歩いてきている。


「ヒナタさーん、こっちこっち!」

「あ! よかったー、合流出来ましたね」


 ヒナタも俺の存在に気が付き、安心したのかフワッと笑った。

 まん丸で少し吊った目、しっかりした眉、サラサラの少し明るく長い髪。初対面のスーツ姿とは打って変わって、元気ハツラツな可愛い女の子……て。


「あれ、ヒナタさんおさ……若返ってない?」

「え!? 本当ですか!? って」


 一瞬驚いたような反応を示すヒナタだったが、俺を見てさらに驚いた。


「タテユキさんも! なんか若くないですか!?」

「え、俺も?」


 俺たちの体はどうやら若返ったらしい。


「そういえば、真田室長がそんなこと言ってたような」

「そうでしたっけ?」

「これからしばらくは成長ホルモンが多量分泌されるんだよ。つまり初期値は若めになってるのかも」


 目が点のヒナタ。頭からプシューと煙が出ている。


「えーと……、俺は何歳くらいに見える?」

「大学生ですかね……。私はどうですか?」

「……女子高生って言っても遜色ない」

「おぉ! じゃあざっと5年若返ってますね」

「そうだね」


「高校生かぁ、ふふ」

 なぜだか上機嫌なヒナタだが、すぐに細い両腕で自分を抱いて俺を振り返り、イタズラに睨みつけた。


「私がいくら可愛いからって襲わないでくださいね?」

「俺がいくらカッコイイからって誘わないでね?」

 ヒナタとはたまにこういう冗談を飛ばしあっている。


(正直可愛いと思っちゃったけどね!?)


「それじゃ、確認タスク終わらせようか」

 俺たちは指定の確認タスク、つまりは完璧な状態で異世界に転送が完了しているかを、それぞれ確認した。


 一通りそれが終わると、サバイバルを始める。


 スマホと共に、約1ヶ月分の食料、と言ってもカロリーメイトのような最低限且つ単純で美味しくもないものだか、それが生成されている。


 しかしそれだけでは生きていけないので、自力で生活を安定、向上させる必要がある。


 初日に拠点に出来そうな洞穴を見つけ、とりあえず綺麗な枯葉を敷いて就寝。翌日から簡単な石器を作ったり、火を起こしたり、ワラでロープを作ったり、罠をしかけたり、木の実を食べたり。

 まるで原始人のような生活を数日間過ごしながら、少しずつ植生の調査を行った。


 分かったことは、植物に関してはかなり現世の植物の分類が適応できる。多少異なる点はあるが、分類の科くらいは見たらわかる。そのため毒の有無に関しても判断しやすかった。


 とは言っても明らかに現世には存在しない種も多く生息していた。野生動物を捕縛し栄養分を吸う食獣植物や、イガグリのようにトゲで全身を覆った木、衝撃を与えると酸をぶちまける葉っぱなど、さすがは異世界だ。


 一方動物はかなり多彩だった。似ている動物をあげる事はできるが、出会った生き物の半分は分類すら分からない。

 動物学専攻の俺からしたら、知らない生き物ばかりでワクワクが止まらないが。


「ふと思ったんですが、私たち、生物調査に来たんですよね」

「だね」

「サバイバル……必要ですかね」

「確かに。事前に設備手配しておいてくれてもいいのにね」

 柿に似た果物を食べながら、そんな会話をする。


「まぁ、最初から研究所があったら私の出番減るんでいいですけど……」

「最終的にはそういう施設欲しいなぁ」

「せめてデータとか本とか、標本とかの保存はしなきゃですよね」

「……先は長いねぇ」


 拠点から見える景色は、この世界で知るべき事のほんの1%に満たない程度しか映し出していないだろう。俺は期待と不安が入り交じった息を吐く。


 俺たちは、大きな岩と岩の隙間に出来た洞穴を拠点としていた。どうやらクマか何かが使っていたネグラらしく、地面は平坦、入口が狭く内部が広い、と拠点としての条件バッチリだ。


 その中で、長さ2mもある分厚い葉っぱを布団代わりに休み、焚き火をしたり調理をしたり。

 竹に似た植物を組んで間仕切りを作り、洞穴の奥にヒナタ専用のスペースを作った。これでヒナタも少しは安心できるだろう。


 探索中、接着剤のような樹液を出すゴムノキの仲間を見つけたことは大きかった。数時間でカチコチに固まるので、泥に混ぜて土器を作ったり、道具の補強に非常に役立った。


 ある程度資材が溜まったら、移動して人里なんかを見つけ、集めた資材を元手にお金を得て、地道に生活を向上さていく。


 本当に先が長い。

 しかし幸先よく、ヒナタの罠の技術のおかげで、9日目には犬ほど大きさのネズミらしき動物をハントすることができた。焼くと香ばしい香りがモクモクと放たれ、唾液腺ダムを決壊させる。


 食べると豚肉のような味がした。

「塩コショウ欲しい!」

「わかる! せめて塩だけでも!」

「ですよね! でもちょっと硬い!」

「うんだいぶ硬い!」


 なんて笑えるくらいだし、やっていけそうだ。


 と、罠の味をしめて別のところに罠をしかけてみたら、翌日とんでもない物がかかっていた。




次回「人間……知ってるのと違う……」

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