3、「うわ……異世界……来ちゃったわ……」

前回、恩師からの紹介で就職説明会(?)にレノンは参加しました。果たしてレノンはここに就職するのでしょうか?

やっとこさ異世界に行きます。

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3、「うわ……異世界……来ちゃったわ……」



 結局俺は、ここに就職することにした。

 フィールドワークの経験はないし、よく分からない技術に身を委ねるのは少々恐ろしかったが、恩師である柏田先生の紹介であることや、親父からのプレッシャーがそうさせた。


 自然科学研究機構アストロバイオロジー研究センター、アナザーワールドバイオロジー室研究調査員。これが俺の肩書きとなった。


 真田の説明によると、俺と陽詩はポータルポッドで異世界に派遣され、現地の生態系などを調査するらしい。


 異世界に行くと言っても、生身の身体ごと移動するのではない。水晶玉は光しか通すことが出来ないため、光学プリンターで向こうに新たに身体を作る。


 そしてその身体に、神経電位転移装置で全ての意識を現世から光で送信、向こうの身体を操作する、ということらしい。


 俺は生物学が専門だ。物理学や工学には詳しくないので分からないが、最新技術ではそんなことができるらしい。科学の進歩は著しいものだと感心する。


 本体はこちらの世界にあるため、向こうで死んでも実際の死ではなかったり、定期的に現世に帰って来れたりする。こちらの家族や友人と今生の別れという訳では無いし、ラボが爆破でもしない限り危険は少ない。一応有給も貰えるようだ。


「例えるなら、映画アバターみたいに、別の体に意識を移動させる感じですかな」


 真田は頑張ってこの例えを捻り出した。


「ただし、お身体の低温休眠の関係で、帰還申請してから5日間はお待ちいただくことになります。解凍しなくては行けませんので」

「この体を……」

「解凍ですか……」


 向こうに意識を転移させている間、こちらの体は低温休眠状態、つまり冬眠させられる。代謝を極限まで低下させ、必要なケアを減らすためだ。


 冬眠から体を安全に目覚めさせるために、5日間を要する。そのため申請から帰還までに時間がかかるのだ。


 ちなみに現世との通信方法は、便利な端末を渡されるらしい。


 本当に、やってみないと実感が全く湧かない。口頭だけで説明されてもわからない。陽詩も同じ感覚なようで、説明中目が点になったままだった。




 それから俺たちは、サバイバル訓練や体力トレーニング、道具作りなど様々な準備をし、異世界出張に備えた。


 そこで明らかになったのは、俺は知識関係やデータ管理など座学、デスクワーク的な活動が得意。逆に陽詩は現地調査や道具作り、狩りなどのフィールドワークを得意としている、ということだ。


 そしてお互いにお互いの得意分野は苦手だった。俺は実践経験が極端に浅く、陽詩は専門知識が少ない。

 これなら上手く分業できて都合がよく、訓練でも協力体制が強化された。


 しかし行ってみないとわからないことが多く、ほとんどの訓練の感想は「向こうに行ってから」だった。


 1ヶ月間、俺たちは訓練を積んだ。それこそ実感のわかない事しか研修しなかった訳だが、俺は陽詩と打ち解けることが出来た。


「そろそろ敬語辞めない?」

「んー、敬語使う使わないの切り替え、私上手くできないんですよねー……」


 俺はトレーニングジムの休憩室で休む陽詩に、買ってきたスポーツドリンクを渡しながら言った。陽詩は「アハハ」と困ったように返す。


「何か切っ掛けがあれば、或いは」

「切っ掛けねぇ」


 未だに敬語の抜けない陽詩だが、初対面の時に比べれば話せるようになった。


 俺より3つ下の陽詩を俺は「陽詩さん」と、陽詩は俺の事を「建雪さん」と呼び合うに至る。陽詩は真面目だからなのか、同僚の俺にまだ敬語が抜けない。


 しかしそんな会話を横目に、あっという間にいよいよ明日から異世界生活開始だ。

 陽詩の顔に緊張が滲んでいるのが見て取れる。きっと俺にも滲んでいる。


「私、相棒が建雪さんで良かったと思ってます」

「え? どうしたの」


 突然改まったようなことを言い出した陽詩に、俺は驚いた。


「実は前の職場で色々あって、逃げるように転職したんです。でもここでなら……いい仕事出来そうなので」

「色々ね……そうなんだ。向こう行ったら聞かせてよ」

「はい、気が向いたら」


 ニコッと笑って見せた陽詩。ポニテがふわっと揺れたからか、その笑顔は暖かくて素敵だった。


「……お二人とも、向こうで子供作ってもいいですけど、仕事はしてくださいね」


 突如現れた真田のセクハラ発言に、陽詩が顔を真っ赤にして噛み付く。


「ないです! ありえないです!」

「もー真田室長、僕らが研究終えてあっちに行かなくなったら子供は一人になっちゃうじゃないですかー」

「そういう問題じゃないですけど!?」

「え、寂しくない?」


 微妙に噛み合わない討論を聴きながら、真田は思ったという。


(光学プリンター製の身体同士から生まれる子供のサンプルに興味があっただけですが……、若いなぁ。若いって、いいなぁ)




 そしていよいよ出発当日。


「……学科でも説明しましたが、何度もテスト運用しているので安心してください」


 緊張で青い顔の俺と陽詩を見て、真田が笑った。しかし安心はできない。


「こんな近未来的な装置に生命を委ねる日が来るとは……」と俺。

「未来の技術って怖いです……」と陽詩。

「これ現代技術」と真田。


 そしていよいよ俺たちはポッドの中に入る。ポッドに組み込まれた神経電位転移装置により、俺たちの意識は抽出され、水晶玉を通して異世界に転送されるのだ。


 ポッドの中はリクライニングチェアのような、リラックス出来る程よい角度の座席になっていた。俺はそこに座って、力を抜いても楽なように体制をユラユラと整える。


「最終確認です。お二人の遺伝情報を基に、光学プリンターで向こうの世界に身体を作ってあります。向こうで目覚めたら、ゆっくり上に向かって移動してください。地上に出ます。近くに向こう専用のスマホと最低限の服が置いてあるので、身につけてください。マニュアル通りの手順で確認タスクを進めてください。マニュアルはスマホからも確認できます」


 真田の声が耳元のスピーカーから聞こえた。


「ラジャです」

「了解しました!」

「では転送を開始します。幸運を祈りますよ」


「行ってきます」

「行ってきます!」


 機械音が周囲に立ちこめたかと思うと、ポッドの開口部が閉まり、俺の体を閉じ込める。

 俺はフゥと息を吐き、意を決して目を閉じた。次第に聞こえる音が小さくなり、体の感覚が薄れ、呼吸や心臓の動きを感じられなくなっていく。


 まるでハッキリした意識のまま、体だけが眠りにつくような感覚。


 かと思うと、唐突に大きく心臓が跳ね上がった。心臓はそのまま鼓動を続け、次第に全身の感覚が戻ってくる。


(なんだ……? 温水の中にいるみたいな……)


 そう思った途端、いつの間にか朦朧としていた意識が覚醒した。俺は今、人工子宮内、羊水の中にいる。

 さっき言われた通り、足を伸ばして立ち上がり、手で自分を包む柔らかいものをかき分けて上へ向かった。


「ぷはっ! はぁ……はぁ……」


 俺は人工子宮を突き破り、地上に這い出て呼吸をした。初めて触れる空気に驚いた肺が、激しく痙攣して咳を起こさせる。


「げほっ! げほっ! ウェッ」


 俺は人工子宮を出、枯葉の上に座り込んだ。やっと全身の外界に対する過剰反応が止まり、心を落ち着かせる。


 周りを見ると、ここは静かな森だった。鳥のさえずりが聞こえてくる。

 そして俺は全裸だった。


「うわ……異世界……来ちゃったわ……」


 ここは正真正銘、出張先の異世界だ。




次回「塩コショウ欲しい!」

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