第七層から第九層へ、八層飛ばし
エレベーターが到着すると、初めて扉が開いた。アリスは手を差し出して「どうぞ」と『私』を先に行かせる。
「ようこそわたくし達の世界へ。ここは7層の『監視』です」
広大だった世界とは明らかに違い、そこはただの一室だった。四方を灰色の壁に囲まれ、中央には見知らぬ少女が一人、床に体育座りをしている。
「彼女の名前はベア。1から6までの層を監視し、問題があれば修正する役目をたった一人で担っているすっごい女の子なのです!」
髪から爪先まで、真っ白な少女だ。服も着ていないありのままの姿の、幼女だ。それがただじっと、上を見つめている。
「やあベア! 今日もお仕事ご苦労様!」
アリスが呼び掛けても一切、反応はない。
「ありゃ……すこぶる順調のようですね」
「あれが順調なの?」
「彼女の仕事は監視です。それ以外の機能はありません。残念ながらおしゃべりはおろか動くことさえ出来ないのですよ……ぐすん」
わざとらしい鳴き真似をしてから、アリスはステッキで床を三度叩く。かちゃりと仕掛けが動く音がして、蓋を開くように床の一部が捲れ上がる。どうやらこの階段を降れば次に進めるらしい。
「次の8層である『創造』はご紹介を割愛させて頂きます。あそこにはわたくし達の住処があるだけですし。それにどうやら貴方を案内したのはわたくしではなく──彼のようですからね。今頃きっと待ちぼうけしてるに違いありません」
「彼?」
アリスは『私』の問いかけに軽く笑って、でも答えずにさっさと先へ降りて行ってしまう。何も言わずに付いてこい、ということだろう。
材質も不明な硬い階段、オレンジの灯が天井にぽつぽつ。螺旋状に渦巻く暗がりの中を、『私』はアリスの背中を追った。
「ねえ、アリス」
「何でしょう?」
「今更こんなこと聞くのもなんだけど、貴方は何者なの?」
「案内人ですよ。お客様と契約を結び、案内し、提供する従業員です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「違う……その、私が言ってるのは貴方も『作られた存在』なのかってこと」
するとアリスは突然足を止め、振り返り『私』を見つめた。じいっと、無表情を保ったままで。
「あなたはどうなのですか?」
その時、『私』は出会ってから初めてアリスに恐怖する。
「あなたは歩んできた人生が『作られたもの』ではないと言い切れますか? この理想郷を『作り物』と思うのは自由です。では仮に、記憶の全てを消されたとして、あなたはこちらの世界を『偽物』だと言いますか? 空を飛んだ時に頬を通った風、綺麗だ、美しい、醜いというあなたが感じた思い。それら全ては『作り物』でしたか? 偽物でしたか?」
そう言って、アリスは『私』の頬にゆっくりと手を添える。
「この感触は夢ですか?」
確かに感じた温もりが、『私』の喉を詰まらせた。『私』が黙ったことに満足したのか、アリスは朗らかな笑顔に戻って、また歩き出す。
「現実と理想の境目なんて曖昧なものですよ。常識も非常識も条理も不条理も──生と死ですら。あなた達は曖昧なままです。ですがそれで良いのです」
螺旋階段は、まだまだ続いている。
「迷った時は、わたくし達がご案内しますから」
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