第三層から第六層まで
ガラス張りのエレベーターのボタンの、3が点灯した。
「3つ目の層『主題』で御座います!」
アリスは変わらず元気一杯だけど、『私』は何かが喉に支えたままだった。上手く言葉には出来ない。しかし、この場所がどういうものか、その本質が見え始める。
「誰だって1つくらいは好きなものや、趣味がありますよね? ここはそれらを思う存分堪能して頂く場所となっております」
月明かりが照らす、四方八方どこまでも続く夜空のような場所だった。そこには透明なケースに収納された、ミニチュアサイズの、街が無数に存在し浮かんでいる。
「あれら一つ一つが『主題』を持った都市なのです。その数はもう、わたくし達でも正確なものは測れない程に増えました」
アリスはそう言って苦笑いをした。
「読書が好きなら、本の街。映画が好きなら映画の街。音楽の街、絵の街。堪能するのは勿論、創り出して頂く事も可能で御座います。必要な知識も、機材も、お望みであれば何もかもわたくし達でご用意させて頂きますので」
「それに生も死もない、でしょ?」
アリスは『当然です!』と胸を張った。最早『私』の持つ常識が何の役にも立たないことは既に理解している。
「ここでは好きなものをお好きなだけ追及してもらいたいのですから」
「いよいよ本当に、ごっこ遊びね」
恐らく『私』がそう言うだろうと予測していたのだろう。アリスはシルクハットを深く被るも、口元には笑みを浮かべたままだ。
「この下もコンセプトは同じ。4層『快楽』は快楽を、5層の『感情』では数多の感情だけを体験して頂く。まあ、これらの説明は不要でしょう」
アリスがエレベーターのボタンを押すと、また降下が始まった。
「ですのでこれよりはその先、6層の『睡眠』に向かいます」
そんな名前、だったか。ここまで来れば大方の予想は出来る。『睡眠』の追求とはつまり、そういうことなのだろう。
暗闇を抜け、エレベーターは4と5を過ぎていく。目を覆いたくなる光景、思わず背を向けそうになるが、『私』は目を離さなかった。
6のボタンが点灯し到着したのは、地平線が見える程の広大な草原。
「お待たせいたしました。ここが6層『睡眠』です」
木々も、大地の凹凸もない開けた場所。そこに等間隔で夥しい数が並べられた──白いベッドにはそれぞれ、誰かが横たわっていた。誰もが静かに瞼を閉じて、穏やかに。
「理想の果てに、皆様は眠ることを選びました」
まるで、墓場のような光景に、想像していたとはいえ『私』は、口を開けなかった。
「考えることを放棄し、ただ無意識に身を委ねた。この眠りこそが最上の理想の形なのです。理想、というよりは際限のない欲望の果てかもしれませんね」
「こんな、こんなものが……」
「何もかもにお疲れなのでしょうね。皆様ぐっすりです」
「こんなの、死んでるのと何も変わらないわ」
「死ではありませんよ。これは終わりのない終わりなのです。それにわたくし達は何も強制していません。ですがご覧の通り、ここを選んだ人は少なくない」
これを間違っている、おかしいと思うのは『私』だけなのか?
「もういい、もう、私は──」
帰る、と告げようとして『私』は口を閉ざした。
だってここは6だ。だけどアリスは全部「9つ」だと。それにここが「果て」とも言った。果ての先に、こんな終わりの先にまだ3つある。答えを出すのはまだだ。こんな半端では、現実になど帰れるわけない。
「連れて行ってよ。まだ先があるんでしょ?」
この世界を完璧に否定出来なければ、『私』は現実を生きられない。
「そう、ですか……」
アリスは言い淀み、少し困ったような顔をした。
「一般の方はここで終わりなのです。7層から先はわたくし達関係者専用ですから。それにオススメもしません。舞台裏など知らない方が幸せですよ?」
「出来ないとは言わないんだね」
「そりゃ、まあ、ご案内は出来ますが──あ」
短く声を上げ、アリスは「そっかそっか」と何やら納得した表情だ。
「わたくしとしたことが、失念していましたよ。あなたは案内されたのではなく、迷い込んだのでしたね」
やがて楽しげに笑って、言った。
「では、ご案内させて頂きます」
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