第28話 家族の姿


 三階には近づいたことがない。このフロアは代表のための空間であり、招かれなければ入れない。

 代表が現役で会社を動かしていた時代を僕は知らないが、明らかに親戚たちはを彼女を恐れていた。気安く話しかけられるのは長女、幹也さんの祖母の三代目社長くらいだろう。


 代表のための夕食、量がひかえめな和食のぜんを持ち、三階についた。また何か特殊な生き物がいるかと身構えたが、二階とほぼ変らないデザインの廊下で安心する。


 扉の前に立つと、ノックより先に声をかけられた。

 

「どうぞ入って」


 広い部屋の中程にあるソファーに代表は座っていた。白髪にゆるくパーマをかけた上品な身なりだ。

 細やかな調度品が美しい部屋だった。照明はオレンジ色の間接照明で、落ち着く薄暗さだ。テーブルの上に膳を置く。


「温室はどうだった?」

「綺麗でしたよ。草花も鳥たちも」

「あの子達は私には見えないけど、元気そうなら何よりだわ」


 代表はアレについて知らない可能性も危惧きぐしていたが、違ったようだ。なら躊躇ためらうこともない。

 

「……お聞きしたいことがたくさんあります」

「そうね。答えられることはすべて話します。どうぞ、向かいに座ってちょうだい」


 勧められた席に座ると、まっすぐ目線が合った。お互いに逃げも誤魔化しもきかない。緊張しながら、僕は本題を切り出した。 

 

「地下の龍とは何なのですか?」

「大昔、歴史というより伝説として語られるくらいの昔、神に近い生き物が実体として居た時の名残なごりと言われているわ。

 今はそうね…現実離れしたことを起こす、強大な力の発生装置。神様として固有の意識を持っているわけではないの。だから善も悪も使うもの次第」



「使う者…魔法は実在して、都築の一族は魔法使いだったと」

「魔法使いだったら可愛気かわいげがもう少しあるけど、性質としては呪いとか、霊とかそっち寄りかしらね。

 総称としては「術師じゅつし」が一般的。みんな各自でいろんな術の系統を作るから、まとめるとそう呼ぶしか無いのね」


「つまり、僕たちみたいなのは他にもたくさんいるってことですか?」

「たくさんではないけど、いる。不思議な力を少しだけ使える人間は低確率で生まれてくるの。

 ただし私達のような、というのを『一族で力場や術を継承している血統』と定義するのなら、ほとんどいないわ。戦後に廃れてしまった」


「僕の目も血統で引き継いでこうなったんですね。何で存在しないものが見えるんですか?あれは幽霊なんですか?」

「幽霊……死んだこっちの生き物、というよりは最初から『向こう側の生き物』という認識が正確だと、夫からは聞きました。

 そして都築の異能は男子のみに発現する。ごめんなさい、私はとついできた身だから、能力の詳細までは知らないの。引き継ぎが男子にはあるはずなのだけど」

 

「先ほど幹也さんから温室で。ただ時間がないのか術師やら何やらの話はしてくれませんでした

 ……幹也さんはどこで何をするつもりなのかご存知ですか?」

「答えることが出来ない。貴方も探してはダメよ」


「…………」


 取り付く島もない。"知らない"とは言っていないあたり、危険すぎて教えられないのだろう。

 そんなところに曾孫を送り出したのかと、刺々とげとげしい指摘をしたい気持ちにもなったが、吐き出さずにこらえる。さっきの温室で軽率な怒りを後悔したばかりだ。


 代わりにもう一つの疑問を投げる。


「どうして幹也さんが一人でやってるんですか?都築の男子が継承するなら、最年長として出てくるべきなのは僕の父でしょう?」


 祖父は他界しているため、初代からの血を引く男性で最年長は父だ。

 

広城ひろきは異能の世界を酷く嫌っていてね、何度か説得はしたけども、東京から戻る気は無いと」


 意外だった。父の返事ではない。身の危険など当然嫌がる男だろうから、そこは分かる。

 嫌だから行かないが許されているところだ。もっと強引に、一族における既得権益きとくけんえきを取り上げてでも、断固として命令する。代表はそんな人だと思っていた。


「広城はあなたの祖父、私にとっての息子とも上手くいかなくてね……夫も息子も結局は良い死に方はできなかった。

 怖いモノが見えない私には、孫に命をかけろと強制はできない。貴方にもね」


「幹也さんにも、していないと?」


「もちろんよ……。ただ、責任感が強い子だから……ズルいことだけど、行くというなら、それも私は止めなかった……」


 代表は辛そうに目を伏せながら言った。

 そこにいるのは、冷徹な企業の主ではなく、家族の危機に心を痛めている、血の通った僕の曾祖母であった。

 さっき余計なことを言わなくて本当に良かった。僕の知らない所でも、様々な事情が動いているのだ。


 僕はこのあとどうするべきなのだろう?

 幹也さんの言う通り、彼女を支えながら屋敷にとどまり、身の安全を確保するか。

 もし僕にも出来ることがあるなら、リスクをとっても行動するべきか。

 まずは比較しなければ。選択肢の先にあるものを。


「このままだと、どうなるんですか?」

「洪水が起きる……程度で済めばむしろおんの字かもしれない。実行犯には街の一般人に危害を加える意図はなさそうだけど、指示役は明らかに別の動機で動いているから」

「複数人いるんですね。その犯人はダム計画を妨害ぼうがいした者と同じ?」

 

「……聞いてないのね」

「え?」


「……実行犯は特定済み。年齢からしてダム事件とは関係ないわ。ダム建設妨害をする理由もない。

 指示役のほうは、ダムの時と同じ可能性が高い。あれも呪いの痕跡があった。でも指示役の尻尾はまだ掴めていない」


 不思議な間が気になったが、返事は明白だった。では幹也さんは実行犯の方に向かったのだろうか。指示役の特定に繋がるヒントはどこかにないのたろうか?

 

「僕になにか出来ることはないですか?」

「何も。……と言えるなら、貴方も梢と一緒に東京に避難させてたわね。今の状況では見える目があるだけで貴重だから」


 代表は申し訳無さそうに目を伏せた。気にしなくていいのに。この状況をほっといて東京に逃げ、下手したら父と鉢合はちあわせなんて余程嫌だ。

 

「夫は雨が降り続くと必ず行く所がありました。磐城山の自然公園の展望台。あそこは下に市街、正面に上川地区のある山を一望できるところだから、何かが見えるのかもしれない。公園を作らせたのも夫よ」


 確かにあそこの公園は広く整備されていて、展望台からの景色も良いと評判だ。初代がわざわざ作らせたからには、何かあるのかもしれない。


「なら行ってみます」

「……ありがとう。危ないから明日、明るくなってから行けばいいわ」

「いえ、今から向かいますよ。雨も強くなってきて、時間の猶予ゆうよがあるのか怪しいので」


「…………そうね」


 代表は何か言いたそうだったが、状況の逼迫ひっぱく度を理解しているのか、僕を止めなかった。それでいい。


 窓のカーテンは閉まっていなかった。彼女も僕が来るまで外を見つめていたのだろう。

 雨風は嵐のように強く窓を打ち付けていた。




  

 


 

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