〜悪夢の序章〜

 放課後、H Rホームルームが終わると桜木くんがあたしを迎えに来た。彼はクラスの女子たちから「目の保養!!」と騒がれていた。女子たちに笑顔を振りまいた後、あたしの手を引いて一緒に教室を出た。

「毎回騒がれると面倒くさいなーー」

「それなら玄関で待ち合わせでいいじゃない」

「俺は少しでも早く茜と会いたいんだよ」

「だったら我儘わがまま言わないの」


「そういえばさ、茜の隣の席のヤツいるじゃん。梶原とかいうヤツ……」

「うん」

「アイツ茜のこと、まだ好きだよな。そうじゃなかったら、助けたりしないよな……」

 急に何の確認なんだろう。もし、好きだったらどうなるって言うの?


「だからさ、もうアイツと喋るの禁止な」

「えっ!!何で!?」

「だってさ、これ以上気をもたせたら酷じゃないか。それにを忘れたわけじゃないよな。してやってもいいんだぞ」


 当時のことを思い出して血の気が引いた。もうあんな思いをするのは嫌だった。気がつくと、鞄を持つ手が小刻みに震えていた。桜木くんはあたしの表情を見て、ニヤニヤしながら言った。


「じゃあ、俺の家へ行こうか」

 あたしの手を掴んで強引に引きずるような形だった。怖くて今すぐに振りほどきたかった。それに、家に行くたびに、いつも身体に触ってくるのも……正直嫌だった。


 最初にキスをされて、それから手で服の上から胸を触られる。あたしは彼の手を掴んで泣きながら懇願した。

「お願い……もうこんなこと……やめてほしいの」


「別にやめてもいいぞ。ただし、これまでのこと学校中にバラすけどな。それにお前の下着姿の写真も撮ったし。一緒にばら撒いてもいいかも!!」

「そんなものいつの間に!?消してよ!!」

「嫌だねーー。さて、これでお前は完全に俺から離れられなくなったというワケだ」

 彼はあたしの手を振り解き、逆に掴まれた。


「今まで多くの女としてきたけど、やっぱりお前は顔も身体もサイコーだわ。俺に認められてお前も嬉しいだろ?」

「……全然!!」

「そう強がるなって。その辺り中学時代から全然変わらないな」



ー二年前ー


 

「女漁りしてる奴がいるって?」

「そう。同じクラスの桜木勇輝って奴。しかも、付き合っている彼女が山ほどいるみたいだよ。私の友達で可愛い子がいて、案の定交際を迫られたみたい!!」

 珍しく興奮しながら話す梨花ちゃん。危機感ないあたしに忠告してきた。

「茜ちゃんも気をつけてね!!可愛いんだから」

「あたしは別に大丈夫だよ。桜木くんの好みじゃないと思うし……」

「そんなこと分からないでしょーー。とにかく気をつけてね!!」

「うん」


 その数日後、梨花ちゃんが苦虫を噛み潰したような表情をしているのを見た。

「どうしたの?」

「茜ちゃん聴いてよ!!桜木くんに目をつけられたんだけど……もう最悪!!」

「あら。ということは、可愛い子の仲間入りしたってことか」

「呑気なこと言わないでよねーー!!ああもうどうしよう……本当に嫌なんだけど」

 

 頭を抱えて深いため息を吐く。梨花ちゃんのそんな姿を見るのは初めてだったから、力になりたいと思った。

「それならあたしに任せてよ。桜木くんにガツンと言ってあげる!!」

 それを聴いて顔を上げる梨花ちゃん。

「本当?」

「うん!!これで梨花ちゃんの悩みが解消されるなら安いもんだよ」

「ありがとう……」


 あたしは放課後、桜木くんを屋上へと呼び出した。

「わざわざこんな所に呼び出すなんて何の用?」

「あのね、梨花ちゃんのことは諦めてほしいの。あの子も嫌がってるし。桜木くんにはもう充分すぎるくらいの彼女だっているんでしょ?だから……」

「それで?宇津木の代わりに言いにきたってワケか。友達思いだなぁ」

「そうよ!!だから諦めてくれないかしら。正直、梨花ちゃんだって迷惑してるんだからね!!」

「迷惑だなんて。実は嬉しかったの間違いだろ。俺に好かれるなんて名誉なことなんだし」

 

 コイツ……思った以上に厄介だわ。


「いい加減にして!!誰があんたみたいなチャラい男と付き合ったりするか!!」


 その一言が効いたのか、すっかり黙り込んでいた。あたしは言いたいことが言えたから、踵を返して屋上から去った。


 屋上の物陰に隠れていた梨花ちゃんが駆け寄ってきた。あたしはニッコリ笑いながらVサインを送った。

「もう大丈夫だよ。はっきり言ったからもう言ってこないよ」

「本当ありがとうね!!持つべきは茜ちゃんだわーー」

「やだなぁ。大袈裟だよ」

「そんなことない。本当ありがとうね!!」



 これで全てが終わったと思った。しかし、これが悪夢の始まりだったんだ。



続く。










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