海の中

少女は日の光の下で、ただ読み進める。小瓶の中から誰かの記憶のカケラを取り出して。


「今日でこの世界ともお別れらしい」

それは誰かの遺書だった。少女は遺書など書く機会は与えられないだろう。

「ごめんなさい、私が先に逝く事をお許しください」

それは誰かの懺悔だった。ただ残されたものを案じていた。少女は赦しを乞われる側だった。

「ああ、神さま、この子が幸せに暮らせますように」

それは誰かの祈りだった。少女は祈りを捧げられる側だった。

「あの日、君と過ごした日が1番幸せだった」

それは誰かの思い出だった。少女にはそんな記憶はない。

「            」

それは誰かの……


ここは元は祈りの場だった。神に祈りを捧げる神聖な場所。そんな場所でも今は誰もいない。草木が建物を覆い隠し、ヒトは影さえも消した。近くの海に流れ着いた、想いのカケラが詰まった小瓶を集めては祈りの代わりに並べるだけ。

日が昇れば海へ行き、波と戯れる。小瓶が流れつけば祈りの代わりにする。決して代わり映えのしない1日が過ぎていく。

今日もまた1つ小瓶を拾った。中身は未来への希望が書かれていた。素晴らしい世界であろうという希望が。

「この世界は前から代わり映えなんてない。あなたたちが消え去ってもね」

少女の言葉を聞くものはここにはもうとっくにいない。海だけが言葉を拾い、溶かした。


ヒトがこの地から姿を消して短くない時が過ぎていた。今は小瓶に残された、誰かの記憶を、天使と呼ばれた少女はただ引き継ぐだけ。


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