AngelBreak〜天使の心は砕けたようです〜

野坏三夜

二つの闇

「また来たの? 」

「うん。暇だったからね」


 パタパタと翼がはためく音がして私は振り返った。そこには今はもう見慣れた美形の友人、かつ、いつしか友となったエヴァル。私がここによく来るのを見兼ねて、彼も来るようになったそうだ。

 ここは天界と魔界の狭間。ここではどちらの世界もよく見える。魔界では轟々と雷が鳴り、天界では燦々太陽が輝いている。どちらが好きとかはないけれど正反対すぎて面白い。本当に素敵。だけど、大嫌いな世界。

 矛盾する気持ちを抱えてる私は、この世界に心の拠り所が無かった、エヴァルと出会うまでは。悪魔、敵かもしれない、それでもお互いに何も干渉しないからこそ、信頼できた。


「ほんと、変なヤツ」


 少しだけ笑いをみせてそう言った。すると真面目な顔でエヴァルが言う。


「クロニカ、何かあったんでしょ? 」

「なーんもないよ。いつも通りだし」


 嘘だ。ここに来るのは何かあった時だけだ。

 褐色の肌に黄色と赤の瞳が、いつもの通り、他の高貴な天使様方には気に入らないようで、少しだけ虐められているのだ。 大したことではないけれど、少しだけ心は傷つく。

 あまりにもしつこく聞かれるものだから仕方なく少しだけ話してやると、エヴァルは肩を落として言った。


「クロニカの肌と瞳は綺麗なのにね、他のヤツら共には分からないんだ」


 残念な奴らだと、彼はそう言った。私はその言葉が信じられなかった。


「……綺麗って本気で言ってる? それに綺麗なのはエヴァルでしょ? 真っ白な肌に青い瞳。ほんと、羨ましい限りだよ」


 吐き捨てるように言って、目を細めた。

 まるで穢れなき純白の天使みたい、そう思うほどエヴァルは端正な顔立ちだった。

 ……天使だったらいいのに。


「僕にしたらクロニカの方がよっぽど綺麗だ」


 ニッコリ笑ってエヴァルは言った。すると、エヴァルはどこかへと飛び去っていってしまった。残念に思いつつも、なんとも言わずに見送る。そうして私も天界へと帰っていった。

 こうやって私はエヴァルという唯一の友にいつも救われていた。




 天界へ戻り、自身の宮殿へと足を運ぶ。ふわふわの雲を見て、ぼーっとしていたが、書斎に用事を思い出し、行こうとすると、後ろに私を呼ぶ声がした。


「クロニカ」


 後ろを振り向くと、長い銀髪を後ろで束ね、金色の瞳を私へと向けている天使族の長、ノイレ様がいた。威厳のある声だった。


「はい」

「どこへ行っていたんだ」

「どこでもいいでしょう」


 ノイレ様は私の祖父に当たる人物でもあり、剣技の師匠でもあった。尊敬はしているが、少々過保護でもあった。そんなノイレ様を私は少しだけ雑に扱っていた。年頃の女の子なのだ。少しくらい良いだろう、そう思って。


「そうか。……次の戦いに備えて起きなさい。直ぐに悪魔共を殲滅しにゆくぞ」

「……わかりました」


 それでは、と言い私はその場を後にする。

 また、いつもの悪魔族との抗争があるのか。この世界は天使と悪魔がいつも争っていた。戦いなのも嫌だし、いつもは私をいじめて来る天使たちは、戦いになると無力なのが本当に許せなかった。私をいじめるのは平気なくせに、どうして敵を打ちのめすのは出来ないの? あんな奴らが味方であるだけでも嫌だ。

 それに……エヴァルに会ってしまうかもしれない。正体不明の彼は、敵が味方かわからない。だからこそ、もしエヴァルと会ってしまったら戦うしか道はない。それが一番戦いたくない理由だった。

 それでも戦うしか無かった。悪魔は敵だと、そう教えられてきたから。

 私はエヴァルが天使であることを願うばかりだった。




 戦いになり、私は剣で悪魔共を斬り捨てて行く。そうして、空に飛ぶ悪魔たちを殲滅したところで、魔界の地上へと降り立つ。褐色の大地に降り立ち、返り血を拭い、前を見る。

 周りに生物は誰もいなくて、ただただ魔物たちが軍をなして行進していた。ああ、可哀想な魔物たち。今から私に殺されるというのに。しかし、よく先頭を見ると、見慣れた真っ白な肌に青い目の悪魔がいた。

 え? あれは、エヴァル……?

 呆然とする私を知らずに、軍の指揮をとるノイレ様は後ろからこう言い放った。


「悪魔共を蹴散らせ! 」


 と。ノイレ様の声で天使たちが突撃し始める。ものすごい勢いで突進していく同胞。

 だめ……。そうしたら、エヴァルが!

 私は急いで天使たちとは逆方向に走り、ノイレ様に言い寄る。


「待って、ダメです! これじゃ……」

「なんだクロニカ。悪魔は敵だろう? なんだ? 悪魔でも殺したくないヤツなんか居るのか? 居ないだろう? 」


 穏やかな笑みでいうノイレ様。いつもだったら安心できたはずのその笑顔に、隠れている狂気を読み取り、怯える。

 駄目だ、このままではエヴァルが死んでしまうかもしれない。

 必死に頭に血を巡らせ、衝突しない方法を考える。しかし、唐突にやってきた衝撃的なな言葉によってそれは打ち消された。


「さぁクロニカ、悪魔共を殺しにいくんだ。君は私の最高傑作なのだから、ね? 悪魔の血を混ぜた甲斐があった。おかげで肌は黒く、目は黄色と赤の二色になってしまったが……、まぁよい。さあ、ゆけ! 戦場の黒天使! 」


 頭が砕けるようだった。最高傑作? 悪魔の血を混ぜた? しばらく私は立ちすくんで、そして悟った。

 ……ああ、私はこいつに造られたのか。天使であるはずなのに、肌が黒く、目が黄色と赤なのは、悪魔の血を混ぜられたからか。

 私は利用されていたのか。虐められていたのは、きっとこいつのせいなんだな。

 目の前が真っ暗になり、私はへなへなと、力なく座り込む。どしんどしん、と大きな音を立てながら巨大な魔物たちが近づいてくるけど関係なかった。もう、殺して欲しいと願った。


「殺すなんてことはしないよ」

「エヴァ、ル」


 虚ろな目を向ける。いつの間にやらいたエヴァルは私に手を差し伸べ、おいで、と優しく、さながら天使のように言う。


「ねぇクロニカ。僕はね、このときを待っていたんだよ、周りを見てご覧? 」


 沢山いたはずの天使たちは皆死に絶え、ノイレに関しては何本もの剣やら槍が突き刺さっていた。いつの間に、天使たちを殺していたのかしら……。


「クロニカ、俺ならこんな絶望はさせない。俺と一緒に魔界に行こうよ。君の気持ちをわかってあげられるよ? 」


 優しい笑顔に恐怖を感じた。その手を取れば、私はきっと今までとは全く異なる生を歩む気がした。それでも、心が壊れた私には、何も考えられなかった。

 エヴァルの手を取り、立ち上がる。


「いいこだね、クロニカ。さぁ行こう? 」


 頷いて、後ろも振り返らずに、脇目も振らずに、エヴァルの手を取り、彼の後ろ姿だけを見て、私は魔界へと堕ちていった。

 純白な翼が漆黒に変わりつつあることにも気づかずに。

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