第37話 幕間

『――木っ端微塵ね……』


 羽音が聞こえる。

 ただ、本物の鳥ではない……、それはナビぐるみと呼ばれる、機械ロボットである。


 中身は機械だが、外側は本物の鳥の皮膚を利用しているため、羽音は本物に近い――いや、骨を機械で代用しているため、羽根から出される音そのものは本物と変わらないだろう。


 フクロウ――。


 そのナビぐるみは、大の字で倒れている三メートルもある人型のロボットの近くに下りた。白い体毛、堅い皮膚、そしてペリカンのくちばしを持っている……。だが、ナビぐるみを操縦している彼女が欲しいのは外側ではなく、中身である――仕組みの方だ。


 素人は見ても分からないだろうが、そっち方面に詳しい彼女からすれば、機械の脳みそと言えるプログラムを見るだけで、どういう技術が使われているのかが分かる……。全てのプログラムが消去されていたとしても、彼女の手にかかれば復元することも可能だ――。


 もちろん、手間と労力はかかるが……。


 しかし、それをしてでも、手に入れたいものである。……秘宝。アイデアと、そのアイデアが実現可能な技術――それは国と国が取引材料にするほど価値を持つ、その名の通りの宝である。


 それを奪えるというのは、技術を持たない国へ、有効に使えるカードとなる。


 フクロウのナビぐるみが、そのくちばしを遠隔操縦型ロボ――アバターズの有線LANポートへ近づけた。堅い皮膚の内側に守られていた、心臓にあたる部品には、やはり差込口が取り付けられているのだ。


 微調整をする時に必須となる……、それに、一度でも『設定してしまえば変更不可』には、さすがにできない。

 使い捨てにするとしても――機械の暴走があり得る以上は、搭載しないわけにはいかない。


 たとえ他者に情報を盗まれる可能性があるとしても、付けずに困るくらいなら付けてしまった方がいい、という判断だろう。


 そのおかげで、彼女はこうして中身を盗むことができている――。


 有線で繋ぎ、ナビぐるみを通じて、アバターズのプログラムをダウンロードする。


 中身を見ても、彼女の国では実現可能ではない。

 足りないピースがいくつかあり、それを手に入れなければ難しいだろう……。


 科学レベルが十年も二十年も進んでいる気がするが……そんな国が外にあっただろうか?


『秘宝よりもこの科学技術を売った方が……。

 二段構えにしておけば……。切れる手札を増やしておくに越したことはないわね――』


 残骸から得た情報を全てダウンロードし終え、アバターズからコードを引き抜く。


 迷宮内を闊歩しているドラゴンは、ナビぐるみには気づいていないようだ……、このアバターズを壊したのはドラゴンだろうが、ロボットだから襲わない、というわけではないのだろう。


 恐らく、遠隔操作だからと油断したこのロボットの操縦者が、興味本位で噛みついた、もしくは陰から窺ったところから深追いしたか、だ。


 ……意識して逃げていれば――人間のように気配がなければ、迷宮ギミックによる『想像したことが実現する』こともない――ピンチに陥ることはほとんどないだろう。


 それとも映像越しでも迷宮の影響下にあるとでも? ……あり得ない。


 そうなれば、迷宮の影響ギミックは、迷宮の外にも届くことになってしまう……。そうなれば迷宮の中と外という区分けがなくなってしまう……、

 入口と出口の概念もなくなるだろう……迷宮も国も、地続きになってしまう。


 国の間に迷宮が挟まっている――…………いや、


 それとも逆、か……? 


 迷宮を中心とし、その周りに国があるのだとしたら……?


『……いずれは、迷宮が、国へ浸食してくることもあり得るのかしら……』


 するべきではなかった想像である。

 たとえ彼女が生きている内に起きることではなかったとしても――いずれは人類を襲う一つの大災害だとして――、歴史の転換となるのであれば。


 浸食することが知っていながらも、人間にはどうしようもできない天変地異である。


 受け入れるしかない。


 世界の全てが、迷宮になる未来も、もしかしたら――。


『……はぁ。こういうことを考えてしまうのは、私の悪い癖ね……』


 抱えるには重い事実である。


 相談するにしても、相手を選ばなくてはならない……まあ、その点、なんでも話せる、どんな地獄へも巻き込める相棒がいるにはいるが……。


 彼はきっと、聞いてもまともには答えないだろう――今しか見ていないタイプだ。


 今と、近い未来しか考えていない。


 遠い未来のことなど頭に入れない……そんな風に処理できたらどれだけ楽だったか……。


『でも、これはこれで、手札にはなるか……、なる、かしら?』


 情報というより、想像力である。


 交渉ではなく、雑談にしか使えないのでは? 


 ――まあ、本題前の前戯としてはありか?


 そんな風に武器へ活用してしまうあたり、彼女もまた、強かである。


『悪いわね、グリット、リッカ――、

 私は私の目的を達成するための目途が立った――今回はこれで引き上げるわね。

 もしも生き残った上で、奇跡的に地上に戻れたら――その時にでもまた会いましょう』


 そして。


 フクロウ型のナビぐるみが、羽ばたいた。



 ――背後にいる、三つ首のドラゴンには、気づかずに。

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