sideグリット/外の世界

第30話 竜の群れ

 迷宮が揺れている……。定期的な内部構造の変化かと思えば、違うようだ……――壁、天井が崩れ、瓦礫が次々と落下してくる。


『グリットさん、こちらへ――』


 と言われても、見えない俺にはお前が言う『こちら』が分からないわけだが――。

 相手も気づいたようで、俺の体を掴むのではなく、片腕全体で引き寄せるように、俺の体を抱え込んでくれた……。巨体を持つロボットによる防壁である。


 落下してくる小さな瓦礫からは守ってくれているが……、大きな岩の塊が落ちてきたら、いくら頑丈なロボットとは言え、巨体ごと押し潰されてしまえば中にいる俺も同じことだ。


 まあ、だからと言って、この状況で瓦礫の雨にわざわざ打たれに出るのは、自殺行為にしかならないが……。ここは、この場で震動が収まるまでじっとしているべきだ。


 しかし、待っていても揺れは収まらない。


 さらに震動が大きくなっていき、まるで迷宮に負荷がかかり続けているような……?


 迷宮が悲鳴を上げている。


 聞こえてくるのは迷宮の崩落の音だが、壁の亀裂、天井のずれが生じる際の軋む音が、悲鳴にも似ていて――……今、迷宮でなにが起きている?


 広い迷宮に、ここまで影響を与えるなにかが、遠い場所で起きたのか?


 迷宮の中にある核のようなものが壊された……?

 それくらいのことがなければ、ここまで長く崩壊が続くことはないだろう。


「ッ、なにが――」


『…………数が、多過ぎる……?』


 ナビぐるみを通して、ステラの動揺の声が聞こえてくる。


 数? 怪物の? だが、数が多いということは小型の怪物に限られる。巨体を持つ怪物が一つの縄張りに何体もいることは少ない……、群れを作らないのが大型の怪物だからだ。


 温厚な怪物であれば、群れを作る種類も存在するが、やはり脅威となるのは凶暴な怪物であり、そんな怪物は基本、一体で活動する……――餌を独占するために。


 単純に、群れに依存する理由がないからか。


 単独で全てができてしまう大型の怪物は、仲間の力を借りないのだ――。


『小型の怪物が群れで近づいてくれば、注意喚起こそしても、こうして戸惑ったりはしないでしょ! ……違うのよ、小型じゃない――大型の怪物……』


「だからっ、正体はなんなんだよ!?」


『ドラゴンよ! しかも首が三つもある……!?

 それが、いま見えているだけでも十体以上はいて……――群れになって真上にいる!!』


 真上? だから天井が崩れて……っっ!


『――瓦礫なんか気にしてる場合じゃないのよ! ドラゴンが――くるわよッ!!』


 ……近いっ。すぐ傍に着地したドラゴンの息遣いが聞こえてくる。

 一気に周囲の温度が上がった気がしたが……、勘違いではないだろう。


 迷宮内は広い――とは言え、やはり閉じた世界である。


 地上のように、空が広がる開放的な空間ではない。だからこそ、多くの生物が同じ場にいれば、当然、体温によって周囲の気温も高くなるのだ。


 密室にぎゅうぎゅうに人が詰め込まれるように……。

 ロボットである彼女たちは、この息苦しさを体感しようがないのだろうな――平気で俺の背中を叩いて「早く走れ」と促してくる……無理だ。

 まるで最高温度のサウナのような暑さに、意識が持っていかれる……っ!


『世話が焼ける人ですね、まったく!!』


 胃がふわりと浮き上がり、足が地につかなくなった……、どうやら俺は誰かの肩に担がれているらしい。走ってくれているロボットの動きに、俺の脳も上下に揺さぶられる。


 ――ガシャ、と機械のような――鉄か? それが地面にばら撒かれたような音が聞こえたが、大丈夫か? ……誰か――もしかして捕まったのか?


 すると、後方から近づいてくるロボットが、一体……。


『――問題ねえ。こういう場合、生身なら終わりだが、命を守るための遠隔操作ロボットだ。逃げ遅れた一人が食われたが、気にするな――。

 全部の機体が無事に帰還できるとは、オレらも最初から考えちゃいねえよ』


「……ドラゴンの牙に、噛み砕かれたのか……?」


『爪で体毛を引き千切り、皮膚を抉って中身を見てやがる……。まあ、あいつらに食えるものなんかねえだろ。中は鉄の塊だ。

 食ったところで栄養の一つもねえ。怪物の血肉になるわけねえしな』


「…………頑丈なボディも、さすがにドラゴンには敵わねえか――」


『どうだかな。怪物の牙が、オレらの機体を噛み砕けるほどの力があるとイメージした誰かがいたのかもしれねえ――。

 最後尾でやられたあいつが、追いつかれた段階でイメージしていたとしたら納得だ……。恐怖は些細な可能性を肥大化させる――。余計なことを考えるな、と言っても無駄か。逆効果だろうな……、避ければ避けるほど、考えちまうもんだ』


 すると、俺を担ぐロボットが口を挟んだ。


 ……俺も感じていた危惧を、彼女がきちんと言葉にしてくれる。


『……あなたがまるで言い訳のようなことを言うってことは、つまり……。

 もしかして私たちにとって不都合なイメージでもしてしまったんじゃないですか?』


『どうだろーなあ』


 否定しないところが証明になっているんじゃないか?


 実際――、変化は起きている。


『あの……、あのドラゴン、帯電していませんか……?』

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