第29話 イメージ召喚

「ちょっとっ、いったいどれだけの数を想像したの!?」


「わ、分かんないよそんなこと! そりゃ、二体目がいるかもしれないって思ったのは確かだけど……、姉ちゃんがつい考えちゃったんじゃないの!?

 迷宮を埋めるほどの、数百体のドラゴンがいるって――」


「だから口に出すなぁ! 想像しちゃうでしょ――あ」


 既に遅かった。

 してはダメだ、と意識すればするほど、想像してしまう意識が寄っていき、曖昧だったイメージがしっかりと形となって脳内で固定されてしまう。


 薄っすらと想像した段階で、竜は強化されてしまうから今更なのだが……。

 しかし明確にイメージすればするほど、そのイメージがそのまま現実に現れる。


 それこそが、二人が今いる、迷宮のギミックなのだ。


 ……迷宮の内部構造が変わるのはいつだ?


 迷宮内でのルールが変わるのは困るが、今ここで死ぬよりは全然マシだ!


「……君が言うから、想像しちゃったじゃんっ!!」


「だって姉ちゃんがっ。……いや、口喧嘩はやめておこう。

 ここで誰のせいか、なんて言い合っても仕方ないし。……ちなみになにを想像したの?」


 説明する前に、現実が先に答えを出してくれた。


 今すぐゴーグルをはずして現実から目を背けたいが、そうも言っていられない状況だった……三つ首の竜が……、まるで蜂の巣をつついたみたいに、わらわらと出てきて……。


 しかしその巨体さゆえに、狭いダンジョン内では互いの翼が邪魔して上手く動けないらしい。少し動けば肘が当たる、三つ首の内の一つの首が隣の竜の一つの首と喧嘩をし始めて――など。

 数を増やしたことが、この場ではサタヒコたちの優位に働いたようだった。


 隣にいる別の竜へ意識が向いている竜たち……。

 その群れから、チャンスとばかりにサタヒコがリッカの手を引いて離れる。


 獲物が逃げても竜たちは気づかない……、

 彼らの中ではもう、サタヒコたちのことを餌とは思っていないのか……?


「このまま見つからないように――」


 だが、見つかった、というイメージが、竜たちの意識を集めてしまったようだった。


 ――竜の視線が、サタヒコの背中を射貫く。


 ゾクっとして足が止まりそうになるサタヒコだったが、引っ張る姉の手をぎゅっと握り締め、その懐かしい温もりに、足を止めそうになる弱った心を奮い立たせる。


 ……イメージが現実になるのであれば。


 竜の群れから逃げ切ることをイメージすれば、現実になるのか?


 だが、簡単にできれば苦労はしない。

 死を想像した後で、ポジティブなイメージができるかと言われれば、難しい……。

 絶対に無理ではないが、窮地に陥っていればいるほど、イメージはマイナスに寄っていく。


 現実に引っ張られて――すぐ傍に肉付けしやすい枠組みがあれば、それを利用してしまうのが癖だからだ……。


 鈍感が羨ましい。


 前向きな人間がこの場にいれば……、バカで無知でトラブルメーカーである人材が一人でもいれば、この窮地をあっという間に乗り越えることができたのに……。


 まあ。いたらいたで、竜の群れがいなくとも厄介なことに巻き込まれていただろうけど。


「う……っ、後ろを見るな、なにも気にするな逃げた先のことだけを考えろッッ!!」


 強く言い聞かせ、震える足を動かすサタヒコが、なんとか理性を保たせることができているのは、リッカがいるおかげだろう……。

 姉と再会できた嬉しさが、ギリギリ、恐怖よりも勝っている……。

 それでもやはり、シーソーゲームのようにどちらにも傾く可能性はある――。


 袋小路にはまらないことだけを考え、


「…………」


 想像してしまったから――か?


 それとも元々、この道は行き止まりだった?


 サタヒコの目の前には、壁、である。

 乗り越えれば前進できるわけではない。


 完全な行き止まりだ……、小さな穴さえない、想像通りの袋小路……。


 背後からやってくる三つ首の竜の群れ……、絶体絶命である。


「……こうなったら、姉ちゃんだけでも……っ」


 姉を壁に寄せ、彼女に背を向けたサタヒコが両手を広げてリッカを庇う……。

 盾になったところで一枚の人肉である。


 一体の竜に噛みつかれてしまえば、それ以上の盾にはなってくれない。


 姉を庇うことができるのも、一瞬である……、竜の数も多い。


 サタヒコだけでは、どうしようもない――。



「(さっきよりはイメージできるよね……だって、顔は見えなかったけど、声とか匂いとかは分かったわけだし……。

 先輩の曖昧なイメージで呼び寄せるあの時とは違う。を特定する情報が、今のあたしにはあるんだから……っ)」



 ぶつぶつと聞こえてくる姉の独り言……、内容までは分からない。


 恐怖でおかしくなった? だとしたらイメージで強化されるギミックを考えると、彼女の妄想を止めるのが先かもしれない……。


 最悪、自分は食われてもいいけど……――絶対、姉だけは元の日常に戻るべきなのだから。



「――姉ちゃん!」


 呼びかけた時、姉は宙へ向かって叫んでいた。



「助けてっ! ――迷宮に住んでる銀髪の女の子っっ!!」



 迷宮に、住んでいる……? 妄想か?


 違う。確かに隣から、着地した足音が聞こえた。


 サタヒコの目に映る、銀髪(……ゴーグルを通して見ると色までは判別できない)? の、女の子――どうして急に、いつの間にそこにいた!?


「……頭、くらくらして……――クソ、また呼んだのかよ、オマエ……」


「さすが迷宮のギミック! イメージがちゃんとしていれば発動するんだね」


「またッッ、こんな状況に巻き込みやがって……ッッ!」


「いいから」


 リッカが感情の乗らない声で言った。


「死にたくなければなんとかして。見えてるんでしょ? ……それともあたしたちを見捨てて、あのドラゴンが強化されていくのを指をくわえて待ってる気? ……あなたも死ぬかもね――あたしたちより長く生き延びても、逃げ切ることはできないと思うよ」


「…………クソッ、やるよ! 助ければいいんだろッ!?」


 そんな彼女の返答に、無感情の表情から――にこっ、と笑うリッカが、頷いた。



「よろしくね。あと、はぐれた先輩のところまで送っていってくれる?」


「それは知るか、オマエでなんとかしろ――オレはオマエの子分じゃねえんだよ!」

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