第27話 姉を探す旅へ
研究室から出たサタヒコは、自室へは向かわず、訓練室のロッカーから『準備していた小さくまとめた荷物』を抱え、外に出た。
カバンの中には迷宮探索用の防護ユニフォーム、暗視ゴーグル、ナイフやロープなど、最低限の探索装備のみ……、食糧は現地調達すればいいと判断し、荷物は軽くした。
カバンを脇に抱えて堂々と歩く。こういう時、俯いたり視線を泳がせたりすると怪しく見えるものだ……、堂々と胸を張って前を向いていれば怪しくは映らない。
……それに、やましいことをしているわけではないのだ、隠す必要などどこにもない。
すれ違う人たちには目を向けずに、真っ直ぐ都市の中を歩き……、やがて人通りが少なくなってくる。閑静な町並みを抜け、住宅が一切なく、施設ばかりが立ち並ぶさらに奥――。
見えたのは巨大な鉄扉である。
薄っすらと隙間から見えているのは虹色の光……、あれが、迷宮への入口、である……。
物陰にさっと隠れ、様子を窺う……。想定通り、門の前には門番が二人いた。迷宮内では必須の、頑丈な防護ユニフォームに身を包み、腰には銃、ナイフなど、武器の所持も確認。
頭に取り付けているヘルメットは、夜でも人影を視認できるものだろう……昼間でもつけているのは、夜のみつけることでパフォーマンスを落とさないように、か。
昼間でも人間の目では視認できないものを見ているのかもしれない……たとえば体温、とか。
もしも壁をすり抜け、人影を確認できるのならば、サタヒコの存在も既にばれているだろうし……。
子供の興味心として、見逃してくれている可能性もある。
「……おれも鍛えてるんだ、隙をついて門の隙間から潜ることくらいは――」
『オイ、なにしtんdあ』
――、……息が詰まった。サタヒコの背後にいたのは、三メートル近くもある、白い体毛と長いくちばしを持った……――人間、ではない。――なんだこの生物は。
『ち、やっぱ、まだ通信に、s……gいがあんじゃねえ、カ――』
駆動音が聞こえてくる……それに、通信と言った……ならもしかして――。まだ実物を見たことはなかったので驚いたが、まさかこれが、『アバターズ』の、完成品……?
いや、早急に作ったため、試作品と言った方が正しいか。
時間をかければ、完成品もできるだろうが、先を急ぐサタヒコたちに用意はできない。
慌てて作ったからこんな見た目?
確かに人型だが、こうも大きな体だと、動かすのも大変なのではないか……。
『ガキが。遊ぶところじゃねえぞ……』
「ガキじゃない。成人年齢じゃないだけで……おれはサタヒコ・ガーデンスピアだ!」
大声を出してしまって咄嗟に口を押さえるが、もう遅く、門番が違和感に気づいたらしい。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。……まずい。テキトーな理由をつけて戻ることはできるが、次にくる時、さらに警戒されるだろう……。
そうなれば最速で迷宮へ潜ることができなくなる……、今も、姉は苦しんでいると言うのに……。
『ガーデンスピア……? オマエ、tーgットの、おと、うt、か……』
「……?」
通信障害が強過ぎて、ほとんど聞き取れなかった。彼、と言っていいのか分からないが、巨体の長い腕が動き、恐らく本人が普段しているであろう仕草で、顎に手をついた。
一瞬、考えた彼が、サタヒコの首根っこをつまんで背負う――。
「うわ!?」
『頑丈な毛並みだ、しっかり掴んどけ。――tれていってやる、迷宮へ』
「え、」
『臆したなら手を離せ、それでオマエは地面に転がるだけだ――くるなら、しがみつけ、sんでも離すな――死ぬ気でついてこい』
門番が物陰へ顔を出し、白い巨体に一瞬ぎょっとしたものの、上から連絡がきていたようで、指示された通りに門の前まで案内される。
重たい鉄の扉が、ごごごご、と地響きを起こしながら内向きに開いた。
外向きに開けば、扉が迷宮へ吸い込まれてしまう――迷宮は、すぐそこだ。
「では、ご武運を」
そして、門を通り過ぎる一瞬、背中にしがみつくサタヒコに気づいた門番が口をあんぐりと開けて、「お――」と声を発する瞬間、
サタヒコの視界は、七色に染められる。
迷宮の中。
そしてサタヒコは、頑丈な体毛の感触を、失った。
頭、肩、肘、膝など、各部位を強く打ち付けながら斜面を転がるサタヒコは、どっちが上か下かも分からないまま重力に身を任せ――、どぼんっっ、と着地する。
着水、と言うべきか。
水の中なので当然、呼吸はできず、焦る心を落ち着かせてなんとか水面を目指す。ギリギリ、酸素がなくなる前に新しい空気を吸うことができた……、――ここは、迷宮の、中……?
手伝ってくれたあの白い巨体は? アバターズの姿は近くにはない……というか見えない。
そうだ、迷宮内は暗闇であり――だからこそ、昔、秘宝から回収し製品として流通しているこの『暗視ゴーグル』が必要になる。
水面から陸に上がり、カバンからゴーグルを取り出して頭に装着。
ヘルメットほど固定力はないが、軽量化されているので首が疲れることもない。
迷宮探索装備は、軽いことが前提とされる。身に付けることで動けなくなっては、危機回避ができない。なにを目的としているのか、忘れてはならない……。
迷宮内で、生き抜くためのアイテムだ。
「……池……、湖? そっか、上から落ちてきたんだ……」
濡れている斜面を手で上っていくのは無理だろう……、それに、転がり落ちた時間を考えれば、とてもじゃないがよじ上っていくのは現実的じゃない……。
一定時間が経てば迷宮の構造が変わるのだ、上っている途中でそれが起きたらと考えると、努力が無駄になった気分だ……。
進むべきは前であり、後退ではない。
「うん、上手くいった……あとは姉ちゃんを見つけて一緒に脱出を――」
その時、どぼんっっ、と池に落下するものがあった。
まさか遅れて落ちてきたアバターズか?
それともサタヒコを追いかけてきたアリン隊か? ……怪物という可能性もある。
姿を隠すべきか、と隠れ場所を探している間に、落ちてきたそれが水面から顔を出す。
「え、あ……っ」
サタヒコが思わず飛び出し、再び水中へ。めちゃくちゃな泳ぎ方で『彼女』に近づき、声もかけないまま『彼女』をぎゅっと抱きしめる――。
「え!? な、なにっ、だれこれなに先輩ですかっ!?」
「ね、姉ちゃん!!」
サタヒコ・ガーデンスピア。
彼は幸運にも、目的である姉、リッカ・ガーデンスピアと再会することができた。
……ただし、彼は数秒後に知ることになる。
現時点でのリッカ・ガーデンスピアは、弟の記憶を、一切持っていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます