第26話 前方の壁
博士に呼ばれたアリン隊は、遠隔操作ロボット『アバターズ』と体の神経を繋げるため、人体手術が必要だと知り、それに躊躇うことなく承諾した。
激痛が全身を襲う、と言われても、痛みにはある程度、慣れている……。兵士として鍛えられているのだ。博士もここで拒否をする者が出るとは思っていなかった――ただ。
「未成年は……ダメ……できない、ですか?」
小柄な隊長、アリンが、隣にいるサタヒコを見た。
「そうよ。手術に体が耐えられないの……。アバターズを利用するのは迷宮で命を落とさないため……、なのにそのアバターズと同期をするための手術を受けて命を落としていたら、本末転倒でしょう? ……だから……諦めなさい、サタヒコ。
あなたが成人する年齢になったら、手術を受けさせてあげるから――」
「……それじゃあ、意味がない……ッ」
誰もが分かっていた。
迷宮へ向かう理由は、はぐれた姉・リッカを救い出すためだ。時間がかかればかかるほど、リッカの生存確率が下がっていく……既に十日が経っているのだ。
怪物から逃げ、隠れながら生活している彼女の精神力も、どんどんとすり減っていっている……、この十日以上は、さすがに待つことができない。
サタヒコのがまんも限界だった……っ。
「一か八かでいいから、おれにも手術を、」
「それは無理」
と、博士は言い切った。子供のわがままを聞いていられない、というわけではなく、彼女自身の嫌悪感のせいだったのだ。
「子供に耐えられない構造なのよ。痛みで意識が飛ぶなんて話じゃない。細胞が死んでいく。確実に心臓が破裂する――、それほどの衝撃が体内を駆け巡るのよ。
それを知っていながら手術を決行すれば、私は人殺し確定ね――いくらあなたの了承があっても、ここは譲れない」
サタヒコが、うぐ、と言葉に詰まる。
でも……っ、と言いかけるが、博士の言葉を否定し、我を貫くための言葉が出てこなかったのだろう……。人殺しになりたくない――。
サタヒコを想って止めているわけではなく、自分のため。それを覆すことは難しい。
「……おれに使わせたくないから、嘘を言って誤魔化してるとか……そうだ、そうだよっ、成人した体なら、本当にいいの? 年齢で結果が変わる!? 判断しているのは体の状態じゃないか! たとえ未成年でも、体の構造が成人の体に達していれば――」
「そうね。だとしても今のあなたじゃ死ぬだけよ。……私が直接、手を下して手術するのはごめんだけど、手術の様子を盗み見て、あなたが目で見て把握したやり方で自分を改造するなら止められないわ……やってみれば?
あなたが死んだら、あの子が戻ってきた時……、リッカは、どんな顔をするかしら。あなたを追って――それともあの世で再会したいの?」
「…………」
「無理なものは無理よ、覆らない。期待させて悪かったわ……、だけどこればっかりは仕方ないのよ。今回だけは、アリン隊に任せておきなさい。
それともあなたは、頼れるお兄さんお姉さんを信用できないの?」
血が出るくらいに唇を噛みしめたサタヒコが、一人一人、アリン隊を見る……。
さすがにここで信用できない、と言う彼ではなかった。
言えば士気に関わることを理解している――。
姉を救えるとしたら、彼女たちしかいないのだ。
それに。
……信用していないわけじゃない。
不足だ、と考えているだけなのだ。
アリン隊の実力は認めている……だけどたぶん、足りない。
リッカを見捨てて迷宮から戻ってきたのだ、そんな彼女たちが、多少のラグが前提で動くロボットを使って、迷宮にいき、姉を救えるのか? ……不足だと考えるだろう。
足りないピースがある……。だからそれを、自分が補おうと思って……。
だがそれは、年齢という壁で否定されてしまった。サタヒコにはもう、打つ手がない。
年齢なんて……。早く大人になりたいとは、毎日願っていることだ。
願って年齢を数段飛ばして成人として認められるなら、既になっているはずである……。
どうしようもない時間の制約。
こっちを期待することは、もうできそうにはなかった。
「…………分かった」
言って、サタヒコは博士に背を向けた。
「あ、サタヒ、」
呼び止めようとしたアリンだったが、寸前で踏ん張る。……彼がやっとがまんし、堪えたのだ。ここで声をかけて彼の決意を揺らすことは、彼の意志を踏みにじることになる。
サタヒコの背中を見送り、彼が研究室から出ていった後、重たい空気が弛緩する。
ふう、と息を吐き、どっと疲れたアリンがへなへなと膝をついた。
「……やっと、素直に従ってくれたわね……」
アリンの安堵の息に、しかし周りは同調しなかった。
みな、苦い顔をしている……、その様子に遅れて気づいたアリンが訝しんで、
「どうしたのですか? 彼の決定に、なにか問題でも……?」
「不穏、よね……」
と、博士。
「おいおい……、隊長はあれを見て万事解決、と思うのか? サタヒコの性格を考えたら、家に帰っておとなしくしているとは考えにくい。
……あいつ、この十日でそれなりに鍛えられてはいるが、まだまだだ――だけど、もしかしたら、だ。もしかしたら……」
「……なんですか、もしかしたら――」
「迷宮へ繋がる入口――門番を倒して、一人でリッカを助けにいく気かもな」
青ざめたアリンが立ち上がってサタヒコの後を追う。が、そこでガシッと腕が掴まれた。
「博士ッ!」
「あなたたちは手術を。……これ以上、救出の時間を遅らせたら、本当にリッカが死ぬわ。
それは、サタヒコに恨まれるでしょうね……」
「だけど! サタヒコくんが迷宮にいってしまったら――」
「門番を倒す実力が彼にある? ……仮にあったとしても、門番もプロよ。
門を守ることに関しては他者を寄せ付けない。総合力で負けていても、その一つの役目だけは死んでもやり遂げるはず――信じなさい、仲間を」
「…………」
アリンはなんとか、納得した顔をしたものの、彼女以外は疑ったままだ――特に右目を失った男の兵士は。
「あいつだけの力なら、な」
そう――彼ではない外部の力があれば、門は開かれる。
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