第25話 表と裏の任務
若い研究員が聞いた……先生、と呼ばれるのは、兵士も研究員も変わらず共通だ。
若い子からすれば、初老の彼は『先生』である。
兵士になったか研究員になったかの違いであり、元を辿れば、子供たちは同じ学校で彼のことを見ていたのだから。
「ただの見学だよ。俺に解読はできないから、全部をお前らに任せっきりになっちまうがな――適材適所だ、俺は別のところでやるべきことをやるつもりだ」
彼が、渡されたお茶をぐいっと一気に飲み干し、
「試作機は何体作れそうだ?」
「分かるわけないでしょ、こんな初期段階で――」
「リッカ救出のメンバーにはいき渡るのか? 足りないってなればあいつらは文句を言うだろ……、特にサタヒコだ。だから最低でも六体はいるか……?
いや、隊の人数で合わせる必要もねえのか。遠隔のロボットなら危険もないからな……三体ってところか?」
「……多く作れるように善処はするけどね……、なに?
もしかしてあなたも使いたいって? 今更、迷宮になんの用なのよ……」
「リッカ救出とは別口で、利用させたいやつがいるから――特定の誰かってわけじゃねえが。
目的を分散させて、リッカの『救出以外』を任せるつもりなんだよ」
二つの目的を背負わせて、生きて帰ってこれるほど迷宮は甘くない――というのは建前であり、抱える二つの目的が反発してしまえば、一つの目的も達成できない。
それを踏まえ、先生は別口で一人、アバターズを利用した迷宮探索を計画していた。
「……ふうん。で? その目的は?」
「言わねえ。言えば――、お前は理解するだろうが、それでも言い合いになるだろ。
だから明かさねえよ――だいたい分かんだろ」
「……サタヒコに恨まれるわよ?」
「国が滅んで、弟を死なせて――リッカに恨まれても同じことだ」
はぁ、と深い溜息を吐く博士――。
彼女の返答を待たずに、『じゃ、頼むぜ』とハンドサインでお願いする先生は……、昔と変わらない間柄を維持していた。
近づきもせず、遠ざかることもなく――、
友人以上、相棒未満のまま……長い時間を経て歳を重ねた。
大人だから、感情的に目先のものを取り戻すのではなく、大局を見て未来を整える。
博士は、だから反対しなかったのだ。
「じゃあな――お茶、美味かったぜ、ありがとな」
「は、はいっ」
研究室から出る寸前で、最後に彼が言い残す。
「――二週間以内だ。それまでは俺も、サタヒコを止めておくが……それ以上は難しいな。
あいつのことだ、待ち切れずに生身で迷宮探索にいくかもしれねえよ――」
「そんな無謀なことはさすがに……。でも門番がいるでしょ?
サタヒコに、門番をどかせる力があるとは、」
「あいつも兵士になるんだぜ? 門番くらい、正面から堂々と戦って倒してもらわなくちゃな。
たとえ遠隔ロボットの操作とは言え――、試作機を何台も壊されたらたまらないだろ?
強くなってもらわねえと、探索には出せねえからな」
二週間、徹底的に鍛え上げる。
進捗次第では、二週間も経たずに門番を倒しているかもしれない……。
「……わがままな子供に力を与えてどうするのよ……」
「手綱を握るのが俺の役目だ――適材適所って言ったろ?」
今度こそ、彼は軽く手を振り、研究室を後にした。
ずかずかと入ってきて勝手なことを言い残し、自分にしか見えていない先のことを目指してどんどんと先へ進んでしまう……、指示を出していた頃と変わらない。
……学習しない。
無茶ぶりも健在だ。
その無茶ぶりでどれだけの怪童が迷宮で行方不明になったか、知っているはずなのに――。
「…………、悪意があった方が、マシだったわよね……」
悪意なんてない。
彼はいつだって、怪童の女の子が迷宮から戻ってこれるように、無茶ぶりをしていただけなのだ……。決して、陥れようとしたつもりはなかった――。
結果的に、彼は最も多くの怪童を使い捨てた神童として語られている……。
怪童を最も減らした男だが、同時に回収した秘宝も最も多かった……。
だからこそ、今の立場にいることができている。
これで戦果がゼロならば、とっくのとうに打ち首になっているだろう。
そんな制度はないとは言え……、非難の数で精神的には同じことだ。
結果を残した彼は、なんとか首の皮が繋がっている状態だった。
彼の選択は、間違っているわけじゃない……、でも、肯定もできないやり方だ。
……なにかが違っていれば……――でもなにが違っていれば?
今の博士に答えは出せなかった。
「博士、解読が完了しました!」
「はーい。いまいくわ――手っ取り早く、作ってしまいましょう」
そして、研究室は、これから徹夜の毎日が始まる……。
そして――、十日後、である。
「完成したわ……」
連日徹夜で寝不足の研究員たちは、意識を落とすように倒れ、眠っている……。
しかし博士だけは起きたまま、完成した『秘宝』のその先を見つめていた――。
『アバターズ』――。
遠隔操作ができる人型のロボット。サイズは大きめに作られている……、色々と内部に機能を搭載していたら大きくなってしまったのだ……。
もっと月日が経てば小型化できるだろうが、現時点ではこれが精一杯である。見上げるほどの巨大さにならなかったところを褒めてほしかった。
「ほお……想定外の見た目だな」
「……勝手に研究室に入らないでくれる……?
完成した連絡も入れていないのに、どうして今のタイミングが……」
「完成しそうな気がしたんでな。……二週間はかからなかったか」
小腹が空いたから冷蔵庫の中身を見にやってきた、みたいな感覚だろうか?
……博士もまさか、一番始めにこの男に見せるつもりはなかったのだが……。
見られてしまったものは仕方ない、と文句を飲み込み、受け入れることにした。
「んじゃ、一つ借りるぞ。返せるかは分からないが……」
「ちょっと待って」
博士の声に彼が眉をひそめた。
博士は、「反対意見じゃなくて」と否定し、
「ロボットと体の神経を繋ぐ必要があるの……、激痛覚悟の手術ね。
これを堪えられるのは…………、成人している子だけよ」
「未成年が手術をすれば?」
「絶対ではないけど、でも、十中八九は――死ぬ」
痛み、もあるが、どうしようもない拒絶反応だろう。
いくら本人に鋼の意思があろうと、体内がズタボロになれば生きることは困難だ。
未成年の体の頑丈さでは、受け入れることができない……。
つまり……、まだ未成年であるサタヒコは、手術を受けることができない……――同時に。
アバターズを利用することはできず、迷宮探索にいくことができないことを意味する。
リッカを――姉を、助けにいけない――。
「そうか。じゃあ、とりあえずアリンたちとは別口のヤツを最初に受けさせる……、手術に時間はかかるのか?」
「ほんの数分で……。痛みが引くのは何時間もかかるだろうけど……」
「手術の準備をしておいてくれ。受けさせたいヤツが何人かいる」
それから――、
連れてこられた男性兵士、数人に手術を受けさせ、野太い悲鳴が連続する中で、一番最初に起き上がった青年がいた……。先生は迷宮へ向かわせる兵士候補を数名に絞っており、中でも最も若い男が操縦者に選ばれた。
つい最近、成人を迎えたばかりの青年である。
「よっ、気分はどうだ?」
「…………良いわけねえじゃん……」
思わず砕けた言葉になってしまった……しかし先生は気にしない。
元々、かしこまった関係性でもないのだ。
さっきよりは治まったようだが、まだ痛みが続いているのか、顔をしかめて震えている青年……。隣にいる他の兵士は微動だにせず気絶してしまっている。
「……え、死んでんのか……?」
「バカ言わないで。気絶してるだけ……。一応、この子たちもロボットと同期は完了したわ。
ただ、意識を保ったままのあなたが、より深く同期できているってことでしょうね」
「よし、任務を言い渡すぜ――」
手術後、休む暇なくすぐさま出された任務に、文句の一つも言っていいのだが、青年は日々の癖で「はっ」と拳を心臓に叩きつけた。
――ずしん、と重く響く衝撃に内部の痛みがぶり返し、体を丸めた青年が一瞬だけ意識を落としかけた。
「大丈夫かよ」
「は、ぁぐ、い……なんと、か、」
「すぐにいけとは言わねえよ、安心しろ。痛みが引くまで――それに諸々の準備もあるだろうしな。今回のこれは特別シークレットだ、アリンの隊には知られるなよ」
「……つまり、アリン隊に関わる任務ってことですか」
「真逆の目的をお前に与える」
青年の表情から読み取れる感情はなかった。
任務、と言われた時点で私情は切り捨てたのだろう。
自身がおこなうことが善であれ悪であれ、大局を見ている先生から与えられた任務は必ず、遠くない未来で実を結ぶ――それが分かっているから。
兵士として、彼は理想的な頭を持っている――。
「迷宮内で行方不明になった【リッカ・ガーデンスピア】を、殺せ」
「……一応、理由を聞いても、いいですかね」
「生きているなら、迷宮内部で生活し続けているよりも、他国へ匿われたと考える方がベターだろ? 他国がリッカをタダで保護するとは思えない……、あいつは脅され、この国の情報を喋っている可能性がある。
既に情報漏洩がされていると見るべきだが……、既にされているからと言って、今後も継続して喋らせる意味はねえだろ。だから殺すんだ。
他国へ情が移った犬を自国に入れるつもりもねえしな――」
「それでも、救出作戦は決行するんすね」
「他国へ匿われていない可能性もあるからな。情報漏洩をしていなければ、あいつはまだ俺たちの仲間だ。国民だろ――だから目的を分散させたんだ。
アリン隊には任せられないだろ……私情が挟まって、どうしたってリッカを生かすやり方を選ぶはずだ。だからアリン隊は救出を、お前は暗殺を――その一つだけを意識していればいい」
再会することが奇跡の迷宮内で。
先に出会った方が、任務を遂行する――。
「リッカがアリン隊と再会できれば、たとえ他国の犬になっていようが連れ戻す。だが、お前と先に出会えば、たとえ迷宮内で奇跡的に生き続けていた場合でも殺す――。
リッカの運に、生死の判断を任せたってことだ」
「……そういうことなら、任務を遂行しますが――」
本当にいいのか? という最後の確認の目である。
先生は、構わず言い切った。
「殺せ――問題はねえよ。
どうせ生きるヤツはなにをしたって生きて戻ってくるんだからよ」
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